「戦争」
――テールがオートマタの襲来を捉えてから、きっかり二時間後。オートマタの大群が、ついにビブリオへと押し寄せてきた。先陣を切る銀色の獣……その一体が、地雷を踏みつける。爆音。舞い上がる銀色の獣達。爆発の連鎖が、絶え間なく続いていく。かくして、「戦争」が始まった。
圧倒的な数。地雷で数多くのオートマタが吹き飛んだものの、「焼け石に水」という言葉がこれほど相応しいこともなかった。その大群を前に対峙する、ビブリオのパワードスーツは三機。ガラ、キュイ、ソレイユが、それぞれ搭乗していた。
「……それにしても暑いな。冷たいビールが飲みたいよ」と、ガラ。
「馬鹿! あの世で飲むつもりかい! ……ソレイユ、平気かい?」と、キュイ。
「うん! よーっし、頑張るぞーっ!」と、ソレイユ。
――地雷原をくぐり抜けたオートマタが、有効射程距離に入った。考えるよりも先に手が動き、パワードスーツが手にしたランチャーから、ミサイルが放たれる。反動。一直線に目標へと向かい、着弾。爆発。その余韻に浸る間もなく、砂煙の奥から次々と、オートマタが姿を見せる。ソレイユはミサイルを連射。オートマタの残骸が飛び散った。ガラとキュイのパワードスーツも攻撃を開始。だが、オートマタの数は増える一方で、無線で状況を連絡する暇もなかった。ただひたすら、目についたオートマタを破壊していく。周囲は舞い上がる砂煙で暗くなり、目視が困難な状況になりつつあった。ソレイユはレーダーに目を凝らす。
やがて、一体のオートマタが砂煙を抜けた。二体、三体とその後に続く。オートマタは一直線にビブリオを目指し、東門に肉薄する……と、次の瞬間、外壁の上にある三機の可動砲台が火を噴き、オートマタを撃ち抜いた。二体目、三体目のオートマタも活動を停止する。
砲台を担当しているのは、プロム、ミュジック、ページュの三名である。
「やったぞ! 想像通りだ!」と、プロム。
「銃声は好きになれない……が、爆音は
「弾薬も撒き餌も、惜しんだら効果は薄い……ほら、いくぞい!」と、ページュ。
……ソレイユ達は、奮闘を見せた。手持ちのミサイルはあっという間に撃ち尽くされ、接近戦に突入……超振動の刃で、迫り来るオートマタを次々と切り裂いていく。このような展開は、ソレイユも『それいけ!』で何度も経験していた。無限に撃てる弾薬など存在しない。そのため、訓練には超振動ナイフを用いた戦闘プログラムも用意されていたのだが、それを最も得意としていたのが……シエルだった。ソレイユはそんなシエルとの度重なる対戦の中で腕を磨き、その成果をいかんなく発揮……だが、シミュレーションとは異なる現実もあった。オートマタの動きである。
オートマタはソレイユ達が搭乗するパワードスーツからいくら攻撃されても、また、同胞が破壊されても構う素振りを見せなかった。その腕を、足を、胴体を、そして頭を切断されても、その身が動く限り、オートマタはビブリオを目指す。それは人間であれば執念と呼ぶべきものであったが、機械であるオートマタにとっては、ただそうすることしかできない、空っぽな行軍であった。ソレイユは刃を振るいながら、予想もしていなかった空しさに戸惑う。オートマタの金属の体を切り裂いても、そこに手応えはない。空気を切っているような感覚。どうしてこの子達は……。
――一方、可動砲台の弾薬はまだ余裕があったが、外壁に迫るオートマタの数は増える一方で、徐々に対処しきれなくなっていった。そしてついに、一体のオートマタが東門へと辿り着く。門は硬く閉ざされているので、オートマタは外壁に取り付き、するすると器用に上っていった。やがて、外壁の上に姿を表した途端、
築かれたバリケードから窮屈そうに半身を乗り出し、グレネードランチャーを外壁の上に向けて構えているのは、オルティだった。その周囲にはクテュール、ルポ、エシェック、タンの四名が散開してバリケードに潜み、オートマタを待ち受けている。
「どんなもんだい! 私は昔から、目だけはいいんだよ!」と、オルティ。
「……軍服が破れてるよ。あんたはもっと痩せた方がいいねぇ」と、クテュール。
「ふぁぁ……こう騒々しいと、おちおち昼寝もできないねぇ」と、ルポ。
「今、オルティが撃ったから、次はオートマタの攻撃だな」と、エシェック。
「今日の天気は……晴れじゃ!」と、タン。
オルティの砲撃を皮切りに、外壁の上に次々とオートマタが姿を現す。それに向けて、住人達はありったけの擲弾で応戦。爆音が響き渡り、黒煙が上がった。そんな光景を、少し離れた場所に築かれたバリケードの影から眺めているのは、ミネである。
「……やれやれ、始まっちまったかい。あんたは逃げないのかい?」
呼びかけられた黒猫は頭を上げたが、すぐに毛繕いを再開する。
「ふん、とんだ大物だったね、クロは。そして、あんたも」
ミネが振り返ると、車椅子に座ったペイの姿があった。膝の上にはハンドガン。
「オートマタってのは存外、馬鹿だねぇ。西門はガラ空きだっていうのにさ」
「奴らは急ぐ必要がないのだよ。目的さえ果たすことができればね」
「それにしたって、銃の一つも持って来ないなんて、気が利かないじゃないか。こっちは老体に鞭打って、バリケードを築いたってのにさ」
「オートマタは兵器である前に労働力だ。武器など必要ない。町も、ガルディアンも、オートマタが作った。そんなことも忘れてしまうのだから、人間は度し難いな」
ミネは鼻を鳴らすと、杖を突いてペイの車椅子に近寄りって、その手を握った。
「あんた、震えてるね」
「……初めての戦場だからな。英雄と呼ばれても、私はただの臆病者だ」
「あんたは宇宙軍の大佐だった頃、何度もアヴニールの危機を救った。テールと一緒に。戦争が始まる前にね。戦場で誇れる事なんざ何も無い。だからあんたは英雄なんだ。そんなあんただから、みんな従ってるんだよ。あんたの作った町だから――」
爆音が轟き、ミネは振り返った。外壁が銀色の輝きで覆われている。
「やれやれ、大詰めだね」
ミネはバリケードまで引き返すと、グレネードランチャーに手を伸ばした。
――もう、限界だった。
「戻るよ!」
無線からキュイの声が届くよりも先に、ソレイユは動き出していた。外壁にはオートマタがびっしりと張り付いている。パワードスーツの車輪が唸りを上げ、前を行くオートマタを次々と追い越し、次なる動作に備え、ぐっと膝を落とした。
「シエルは! テールはまだなのか!」
ガラの悲痛な叫び。外壁が目前まで迫り、ソレイユのパワードスーツが大地を蹴った。そのまま外壁を飛び越える……ことはできなかったが、その半ばまで到達し、外壁を登りつつあるオートマタを足場代わりに踏みつけ、掴んで、這い上がり、外壁を越え、ビブリオを見下ろす。町の中にはすでに多くのオートマタが侵入を果たし、バリケードに潜む住人達に迫りつつあった。
……もう迷ったり、立ち止まったりしている暇はなかった。ソレイユのパワードスーツは駆け出し、外壁の上から飛び出した。――浮遊感。やがて全身を襲う、凄まじい落下の衝撃。操縦席にけたたましく警報が鳴り響いた。移動不能。ソレイユは息を詰まらせながらも、もがくようにしてシートベルトを外し、キャノピーのロックを外して押し上げ、搭乗口からその身を外にさらした。――それが、どんな効果を生み出すかを承知の上で。その瞬間、周囲のオートマタの頭が、一斉にソレイユへと向きを変えた。無数の赤いレンズが、ソレイユを捉える。
『ソレイユ!』
住人達が口々にその名を叫ぶ。オートマタがソレイユへにじり寄る。ソレイユはハンドガンを抜き放った。住人達も一斉に擲弾を発射。――だが、数が多い。オートマタは止まらない。ソレイユはハンドガンを構えながらも、ずっと考えていた。……シエルの事を。すると、体が動いた。自然に、自分の進むべき道へと。怖くなかった。だから……ソレイユにオートマタの影が落ち、その振り上げられた腕を見た時も、ソレイユは最後まで、目を閉じることはなかった。
――シエル!
――シエルも戦っていた。その戦場はビブリオの地下深く、ガルディアンの中枢。敵の名はプログラム……いや、入力間違いだった。この期に及んで、無情に吐き出されるエラー。ソレイユは間違いを見つけるのが上手かった。こんなことなら……いや、そんなこと関係ない。ただ、側にいて欲しかった。あの笑顔に。
ソレイユは、地上で頑張っているはずだ。あのパワードスーツに乗って、全力で。無茶をしているかもしれない。いや、しているに違いない。
……もう迷ったり、立ち止まったりしている暇はなかった。シエルはエンターキーを押す。エラー。画面とマニュアルを照らし合わせる。
その間、テールはシエルの横に座り、作業を見守っていた。シエルはガルディアンに備え付けられたキーボードを叩き続ける……歯を食いしばり、必死の形相で。
「シエルは八年前の事、よく覚えていないのだろう?」
「……突然なんだ? こんな時に!」
「こんな時だからだよ。何だか、懐かしくてな」
「懐かしい?」
シエルは戸惑いながらも、その視線が画面とマニュアルを離れることはなかった。
「この感覚を説明するのは難しいな。私と君では、生きている長さが違う」
「……それは、辛いことなのか?」
「懐かしいことが? それとも、生きている長さが違う事が?」
「両方だ」
「……まぁ、悪くは無いかな」
「それなら、いいんじゃないか? ガルディアンに、懐かしむ思い出があってもさ」
「……思い出か。私は今、思い出に浸っていたのかもしれない」
「のんきなもんだ。まぁ、それは俺も同じか」
「理由を教えてやろうか?」
「理由? 一体何の……おい、話は後だ。今後こそ頼むぞ、おい!」
シエルはエンターキーを押し、固唾を呑んで画面を見つめる。エラーはなかった。「完了」の文字。シエルはテールを振り返る。その表情を見て、テールは八年前を鮮明に思い出した。八年前、自分を熱心に見つめていた、少年の眼差しを。
「私のことばかり、ずっと見ていたからだよ」
――吠え狂うような銃声が鳴り止むと、周囲の景色は一変……オートマタには無数の
ガチャガチャという物音。はっとして、ソレイユは振り返った。新たなオートマタが外壁を乗り越え、次々と向かってくる。――再びの銃声。ソレイユは両手で耳を塞ぎながら、轟音の主へと目を向ける。それは、黒光りする巨大な砲台だった。
――耳から手を離すソレイユ。耳鳴り。濃い硝煙が目や鼻、喉にしみる。手を振ってみたが、効果はない。ソレイユはパワードスーツから滑り下り、地面に立った。
ガチャガチャという物音。はっとして、ソレイユは振り返った。今度の物音は外壁からではなく、町の中から聞こえてきた。まさか、西門から……ソレイユは緊張する。強い風が硝煙を吹き払った。現れたのは銀色の体。紛れもなくオートマタだった。隊列を組み、規則正しく行進している……東門へと向かって。ソレイユは逃げることも忘れ、その光景を見つめていた。
『安心しろ。それは私のオートマタだ』
どこからともなく、テールの声が聞こえてきた。辺りを見回しても姿は見えない。
「テール! どこ?」
『待たせたな。後は私に任せろ。ソレイユ、そこにいては危ない。バリケードに隠れるんだ。耳を塞いで、伏せていろ。何、すぐ終わるさ』
ソレイユがバリケードに目を向けると、オルティが手招きしている。ソレイユは行進を続けるオートマタに目をやりながらもバリケードへと向かい、その裏に体を滑り込ませた。耳を塞いで体を伏せると、その上にオルティが覆い被さる。……ちょっと、苦しい。次の瞬間、再び銃声が鳴り響いた。空気はおろか、大地を揺るがすような大音量。ソレイユはひたすら地面に伏せ、その音が鳴り止むのを待った。そしてまた、唐突に静寂が訪れる。
オルティの重みが消え、ソレイユはほっと息を継いだ。ゆっくりと身を起こす。再び辺りは硝煙に包まれていた。げほげほと、オルティがむせる。ソレイユは煙が晴れるのを待ち……見通しが良くなってきた……東門の方を見て、目を丸くした。
「開いてる……」
今や東門は大きく開け放たれている。そして、そこには大量のオートマタが詰めかけているのだった。門の外……荒野へと出るために。
『町中のオートマタは殲滅した。次は外にいるオートマタを片付ける』
テールの声が響き渡る。だが、相変わらずその姿は見えなかった。オルティがバリケードの外へと這い出したので、ソレイユもそれに続く。立ち上がって見回すと、他の住人もバリケードの影から出てくるところだった。皆一様に呆然としており、言葉は無い。オートマタの驚異は去った……ような気がするが、状況はいまいち分からなかった。確かなのは、町中に散乱するオートマタの残骸と薬莢。そして、行進するテールのオートマタ……ソレイユがぼんやり行進を眺めていると、「うわっ、なんだ!」という声が聞こえた。ソレイユは声がした方に向かって、全速力で駆け出す。その先にはオートマタの行進に目を丸くするシエルの姿があった。
「シエルーっ!」
ソレイユはシエルに飛びついた。シエルは倒れそうになるのを、何とか堪える。
「……っと、いきなり、何をするんだ、お前は!」
「上手くいったね! 偉い偉い!」
「あ、ああ、何とか間に合った……んだよな? これ?」
シエルはソレイユの肩に手を置いて、辺りを見回す。
「うん! 凄かったんだよ! あれとか、あれとかが、にょきにょきと生えてきてさ! ダダダーって、すっごい音で! みーんな、やっつけてくれたんだよ!」
「これが……町全体が、ガルディアンの防衛システムなのか」
「すっごいよねー! あとね、これもみーんな、テールのオートマタなんだって!」
「……どっから湧いてきてるんだ?」
「うーん……あっ、そうだ! 壁の上から見れば分かるかも! 行ってみようよ!」
「壁の上って、大丈夫なのか?」
「平気だって! 何かあっても、テールが助けてくれるよ!」
『ああ、任せろ』
突然聞こえたテールの声に、シエルはきょろきょろと辺りを見回す。ソレイユはそれを見てくすくす笑うと、シエルの手を取って駆け出した。
「おお、二人とも! 無事だったか!」
階段で外壁の上にやってきたシエルとソレイユを、プロムが出迎える。プロムは可動砲台から下り、帽子を手で押さえつつ、外壁の縁から荒野を見下ろしていた。
「さぁ、こっちに来て、見てごらん。想像を絶する光景だぞ!」
シエルとソレイユは招きに応じて外壁の縁に立った。――無数の足音。砂煙の中、眼下で繰り広げられているのは、オートマタ同士の戦いだった。膨大な物量と物量のせめぎ合い。そこに銃声はなく、金属と金属が殴り合い、潰し合う、鉛色の旋律だけが、大音量で響き渡っていた。
「これは……どっちが優勢なんですか?」と、シエル。
「分からんが、テールだと思いたいね」と、プロム。
「あれ? あの門の前にいるの、ガラとキュイじゃない?」と、ソレイユ。
シエルが顔を向けると、周囲のオートマタとは姿形が異なる機体が二機、目に入った。次々とテールのオートマタが吐き出される門の前で、立ち往生している。
「……入れないんじゃないか? オートマタが道を塞いでるからな」
「それなら、西門に回れば良いのに……おーい! ……って、聞こえないか」
シエルとソレイユは、町の中へと目を転じる。すると、テールのオートマタがどこから現れたのか、一目瞭然だった。図書館前の広場がぽっかりと穴を開け、そこからオートマタが湧き出ている。シエルは顔の前に手をかざし、目を細めた。
「……あんな所に出入り口があったのか」
「それにしても、すっごい数だよね。これって、今作ってるのかな?」
「どうだろうな。全部をしまっておくには、数が多過ぎる気もするが……」
「テール? ……ここじゃ聞こえないのか。後で聞いてみようっと」
「被害は東門の周辺で済んだようだな。……おい、ソレイユ、あれ、お前のパワードスーツ、なんであんな潰れてるんだ?」
「ああ、あれね、壁から飛んだら壊れちゃった」
「壁って……お前、無茶するなよな! 大丈夫だったのか?」
「平気平気! でも、ああでもしないと、間に合わなかったんだから!」
「……他には無茶なことをしてないだろうな?」
「そ、そんなこと……あっ、ほら! みんなが集まってるよ! 私達も行こう!」
ソレイユは逃げるように階段を駆け下りていった。シエルとプロムも後に続く。
足が潰れたソレイユのパワードスーツが、まるでオブジェの様に佇むその前に、ビブリオの住人達が集まっていた。そこにはガラとキュイの姿もあったが……西門まで迂回した途端、オートマタの行進が途切れるという間の悪さである。
「だからさ、俺は待ってればいいって言ったろ!」と、ガラ。
「何さ! 早く帰ってビールが飲みたいと煩かったのは誰だい!」と、キュイ。
そんな二人のやり取りを見て、住人達は笑い声を上げた。表情を取り戻した住人達は、堰を切ったように喋り出し、お互いの無事を称え合う。和やかな雰囲気。その輪の中心にはシエルとソレイユ、そしてペイの姿があった。
「シエル、よくやってくれた。君のお陰でビブリオは救われた。ソレイユもだ」
「そんなこと……皆さんこそ、無事で良かった」
「やはり、若さだな。シエル、ソレイユ。君達こそ、本当の希望だ」
「……でも、メドサンを失ってしまった」
「覚悟の上だろう? どうにかしてみせると、君は言ってのけたじゃないか」
「シエルなら大丈夫だよ! うんうん、何とかなるって!」
「……お前のその前向き過ぎる性格、俺にも少し分けてくれないか?」
ペイはそのまま言い合いを続ける二人を見て、小さく頷いた。
「テール、戦況はどうだ?」
『あと一時間もあれば、外にいるオートマタも全て駆逐できるだろう』
ペイの呼びかけに、テールの声が答える。
「では、一件落着だな」
『いや、まだだ』
続くテールの返答に、シエルとソレイユは顔を見合わせた。
「まだって、どういうことだ?」と、シエル。
『拠点がまだ残っている。それを叩かない限り、何度でもやってくるぞ』
「それじゃ、どうするの?」と、ソレイユ。
『
――その言葉に応じるかのように、大地が鳴動した。細かい揺れが積み重なって、やがて確かな地響きとなって大地を揺るがす。住人達は周囲を見回し、ソレイユはシエルの腕にしがみついた。シエルは足を開いて踏ん張りつつ、空に向かって叫ぶ。
「おい! テール! この揺れはなんだ!」
「ねぇ、シエル! 見て! 巨人の山が!」
ソレイユが指さす。――山が揺れていた。その岩肌には黒い亀裂が幾重にも走り、見る間に崩れ落ちていく。シエルの脳裏によぎったのは……「噴火」の二文字。
「……オーディンを使う気か」
ペイは山を見上げ、呟く。シエルは山を凝視したまま、ペイに問いかける。
「おーでぃんって、何です?」
「テールの兵装だよ。ガルディアンになる前……アヴニールの戦闘知性体だった頃のな。汎用人型戦闘モジュール……早い話が、巨人だ」
ペイの言葉通り、巨人の山は、今まさに巨人として、立ち上がろうとしていた。どうやら、今までは膝を抱えるようにして座っていたらしい。両手を大地に突き、前屈みの状態となり、そこから腰を上げ、ゆっくりと、立ち上がった。白銀の巨人。同じ人型とはいえ、オートマタとは比較にならないほど、人間に近い容姿をしていた。筋骨隆々な男性……もっとも、頭には目も、鼻も、口もなく、つるりとしている。
装飾の類いが一切認められない裸体。光沢のある体が日差しを反射し、眩しいほどに輝いている。シエルは顔の前に手をかざし、目を細めた。
「……あれで、戦闘用なんですか?」
「ああ。構造は限りなく人間に近い。人間そのものといってもいいだろう」
「それは、ど――」
シエルの言葉が、地響きで中断される。立ち上がった巨人が、歩き出したのだ。一歩、また一歩と、人間そっくりな足取りで、ビブリオに近づいてくる。その大きさ、迫力は、何かの冗談だとしか思えなかった。ソレイユは自分の頬をつねり「いたた」と顔を
「こ、今度は何なんですか!」
「ああ、武器を抜こうとしているんだよ」
「武器? あれって、武器なんですか?」
「グングニルだ。普通のミサイルと違い、推進力はついていないのだが、オーディンが地上で投げることにより、百発百中の遠距離兵器になる」
……投げるだって? シエルは耳を疑った。その間にも、鉄塔……グングニルは、引き抜かれていく。それにつれ、グングニルの周囲を取り囲んでいた螺旋階段も崩れ落ちていく。……寝椅子や、日傘と共に。それを見て、ソレイユは寂しそうに呟く。
「ああ……お昼寝の場所が……」
やがてその全てが抜き取られたグングニルは、まさに鋭い槍だった。オーディンはそれを肩の上に構える。そして、大地を蹴って助走を始めるのだった。
その足が着地する度に、大地は大きく揺らいだ。巨大な足音に、巨大な足跡。その一踏みで、ビブリオは壊滅するだろう……そう思わせるに十分な迫力。徐々に速度を上げ、オーディンは左足を踏み切った。槍を後方に引き、胴を捻る。みしみしという音が聞こえてきそうなほど、全身の筋肉……それは筋肉と形容するしか他になかった……を使って、むち運動でグングニルを投げ放った。一条の光と化したグングニルは、あっという間に虚空へと消え失せる。……それだけだった。いつまで経っても、何の変化も訪れない。ただ、グングニルを投げた直後の姿勢で固まっているオーディンの姿が、遠くに見えるのみであった。
『命中。拠点を完全破壊した』
テールの宣言があっても、シエルとソレイユは顔を見合わせるばかりだった。
「これで……終わったのか?」と、シエル。
「そう……なのかな?」と、ソレイユ。
「終わったな」と、ペイ。
『ああ、終わった』と、テール。
シエルとペイはその後も空を見上げていたが、ソレイユはパンッと手を叩いた。
「よーっし! じゃあ、後片付けをしないとね!」
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