「人間」

 ――荒野に広がる演習場。そこへと至る西門の内側には、倉庫が並んでいた。それらは武器庫として利用されており、ソレイユが搭乗するパワードスーツに、標的となるオートマタ、武器や弾薬が保管されている。今、倉庫の一つが開け放たれ、その中から次々と武器が運び出されていた。それも、人が手にして戦うための武器が。そして、この場でそれらを手にしているのは……ビブリオの住人達だった。

「……いやぁ、安全装置のことをすっかり忘れておったわ」と、プロム。

「銃声というものには優雅さが足りないと、私は思うのだよ」と、ミュジック。

「釣りは好きだが、釣り餌になる日がくるとはなぁ……」と、ページュ。

「ああ、キツい。この軍服、ちゃんとサイズは合ってるの?」と、オルティ。

「寸法よりも大きめに作ったんだが……足りなかったようだねぇ」と、クテュール。

「ふぁぁ……実戦だなんて、アヴニールでもやらなかったのにねぇ」と、ルポ。

「ふん、命もない機械相手で実戦もあるまい。ゲームさ。なぁ、クロ?」と、ミネ。

「ゲームか……チェスなら負けるつもりはないのだが……」と、エシェック。

「今日の天気は……晴れじゃ!」と、タン。

 揃いの軍服で身を包んだ住人達は、がやがやと賑やかに言葉を交わしながらも、手にした武器……対オートマタ用グレネードランチャー……の点検に余念がない。

 住人達の陣頭に立って指揮をしているのは、車椅子に座ったペイだった。その前に、シエルとソレイユが駆けつける……目の光景に、呆然としながら。

「ペ、ペイさん! これは一体……皆さん、何をやってるんですか?」と、シエル。

「我々が時間を稼ぐ。その間に逃げるんだ。ソレイユと一緒にな。バイクで二時間ほど行けば、セキュリテという町がある。そこへ向かい、オートマタの襲来を伝えるのだ。救援は必要ない。地図はテールが用意する。その後は、君の自由だ」

 そう話すペイの言葉には張りがあり、凛とした響きがあった。寝室で言葉を交わした、寝たきりの老人だとは思えない。色の濃い眼鏡に隠れてはいるものの、その鋭さは隠しようもなかった。……これが英雄と呼ばれた男の、真の姿なのだろう。

「私も戦うよ!」と、ソレイユ。

「ソレイユ、聞き分けるんだ。勝つ見込みがないからこその時間稼ぎだ。我々は軍人だ。元、ではあるし、その息子や娘もいるがね。戦闘の訓練は積んでいる。訓練も行っていたのだよ。お前が夢の中にいる間にね。気がつかなかっただろう?」

 ソレイユはこくこくと、何度も頷いた。

「オートマタは狡猾で合理的だ。優先して狙うのは若い人間、それも女子供達だ。老人の優先度が低いのは優しさではない。放っておいても死ぬからだ。近年、オートマタの活動は沈静化に向かっているが、消えてなくなってしまったわけではない……テールの受け売りだがね。一度動き出せば、その牙は容赦というものを知らない。だが、ここに老人しかいないと分かれば、引き返してくれるかもしれないな」

「その望みは薄い。この町には生きているガルディアンがいる。オートマタの制御もできない老いぼれがね。それを放っておく手はないだろう? 苗床としてな」

 シエルとソレイユの背後から現れたテールが、淡々と言葉を繋ぐ。

「……テールよ、少しは希望を持たせてくれてもいいのではないか?」と、ペイ。

「仮初めの希望より、本物の希望の方が大切だろう?」

「その通りだ。ソレイユ。シエル。二人は我々の希望だ。人類の希望だと言っても大げさではない。それを、みすみす刈り取られるわけにはいかない」

 強い言葉。シエルが視線を巡らせると、住人達は一様に頷きを返す。その顔には笑みすら浮かべ、その目に宿る闘志は衰えの欠片すら見えなかった。幾重にも刻まれた皺は、生きてきたことの証であり、眩しいぐらいに輝きを放ってる。だが、その輝きは、死を覚悟した者に宿る輝きでもあった。残された命を燃やし尽くそうとする、覚悟の眼差し……シエルは鞄越しに、メドサンを強く握り締めた。

「シエル。ソレイユを頼む」

 深々と頭を下げるペイに、シエルは答えた。

「俺は、諦めない」

 ――時が止まった。それほど、シエルの一言は異質な響きを帯びていたのである。ゆっくりと頭を上げたペイは、シエルに向かって言葉を絞り出した。

「シエル、君は何を……」

「方法はあります」

「方法……だと?」

「もちろん、この町を守るための方法です」

 住人達はお互いに顔を見合わせた。先程までの決意に満ちた表情は何処いずこかへと消え失せ、大きな戸惑いに満ちている。だた、シエルはその表情を見て、ほっと胸を撫で下ろさずにはいられなかった。死を覚悟できる人間なんているはずがない。ただ、無理をしているだけなのだ……何かの、そして、誰かのために。

 ソレイユは不安げな表情でシエルの横顔を見上げ、テールはシエルの背中をじっと見つめていた。ペイは大きな溜息をつくと、重い口を開く。

「……聞かせてもらおうか。その、方法とやらを」

「テールの防衛システムを直せば、オートマタを撃退することが可能です。ガルディアンの中枢に触れるようになって、俺もテールのことを少しは知りました。テールは他のガルディアンとは違う。元々アヴニールの戦闘知性体だったんだ。そこから分離されて、ビブリオのガルディアンとなった。戦争が起こった時、ビブリオに多くの町が協力を求めた……それは軍人が作った町だからでも、英雄がいたからでもない。テールの力を求めてのことだったんですね」

「よく調べた……と言いたいところだが、別に隠していたわけではない。その情報は一般にも公開されていることだ。防衛システムを直せばオートマタを撃退できるというのも、その通りだろう。それで、君は直せるようになったとでも言うのかね? 人類の叡智の結晶、ガルディアンを。独学で、この短期間の内に、ヴァン先生でもなし得なかった事を。それができるというのなら、君は天才……いや、それ以上の存在だ。それこそ、英雄と呼ぶに相応しいだろうな。人類の新たな救世主だ」

「茶化さないでください。そんなこと、俺には、人間には無理だ。そんなことは、嫌という程分かっています。俺は自分の無力さを何度も味わってきた。もう、お腹が一杯だ。俺が言いたいのは夢物語じゃありません。もっと、現実的な話です。俺にも故障の原因を調べることはできる。基板の破損。気象制御装置の時と同じです」

「基板を交換すればいいと。それは素晴らしい。誰もが最初に考える、確実な方法だ。だが、それが簡単ではないということは、私が指摘するまでもあるまい?」

「ええ。原因と対処方法が同じでも、基板の性質は全く異なります。武力に直結するからか、非常に複雑です。個人的には、気象制御装置の方が大切だと思いますが、アヴニールの技師達は、そうは考えていないみたいですね」

「……ガルディアンの制御を離れて、野生化してしまったオートマタが存在する理由が、案外そのようなところにあるのかもしれんな。それで、どうするのだ? また、どこかの町へ基板を探しにいくとでもいうのか? 間に合うとは思えないが」

「ええ。それに先程も言った通り、防衛システムの基板は非常に複雑です。確実に直すためには、アヴニール製の基板が必要不可欠です」

「それでは、話にならん」

「だから、を使います」

 そう言って、シエルは鞄からがメドサンを取り出した。

「これはアヴニール製の機械です。それも、ガルディアンの調整や修理をその目的とした機械です。メドサンの基板を転用すれば、防衛システムを直せるはずです」

「……本当か?」

 ペイの問いは、テールに向けられていた。テールはこくりと肯く。

「アヴニールの技術は洗練されている。一つの基板に複数の機能を持たせることなど造作もないだろう。専用の基板というものは、何かと合理的ではないからな。ガルディアンにしても、諸般の事情であえて複雑化しているに過ぎない。メドサンにはアヴニールの技術が用いられている。それらを改良し、つなぎ合わせることは、私にもできるだろう。もちろん簡単なことではない。マニュアルの作成にはメドサンとの連携が必要だし、修正プログラムの入力には技師の助けが必要だ。そして当然、基板を失ったメドサンは、二度と使用できない」

「それでは、検討に値しないな。メドサンを失った技師に、何ができるというのだ」

「それでも、この町を救うには、これしか方法がない!」

「いいのだよ、シエル。我々は老人だ。もう長く生きた。死ぬ覚悟はできている」

「老人だとか長く生きたとか、そんなの関係ない! 死んでいい理由なんてあるものか! ……ここはソレイユの故郷だ。俺はそれを守りたい、ただ、それだけだ!」

「……若いな。その気持ちは嬉しいが、それで失うものは、決して小さいものではない。それは、技師である君が、一番わかっていることだろう?」

 ……メドサンを失うということは、二度とガルディアンを修理することができないということだ。メドサンがあろうと、致命的な故障は修理できないが、メドサンがあれば修理できていた故障すら手に負えなくなると、技師としてできることは完全になくなる。そして、僅かな故障が致命的になるのは……時間の問題だ。

 メドサンは技師の全て……それでも。シエルはその場に座り込むと、メドサンを地面に置いた。そして鞄から工具を取り出し、分解し始める。

「シエル! 何をしている!」

「……時間が無い。上手くいかないかも知れない。それに、上手くいったとしても、その先に何があるかもわからない。だけど、そんなこと、知ったことか! 俺は今できる、可能性にかけてみたいんだ。もし何があろうと、どうにかしてみせるさ!」

 ペイはシエルに向かって伸ばしていた腕を下ろし、黙々とメドサンを分解しているシエルを見下ろした。工具を握るその手は、目に見えて震えている。

 ペイはテールに視線を向けた。テールは頷きを返す。ペイはソレイユに視線を向けた。ソレイユは両の手を握り締め、うんうんと頷く。ペイは住人達に視線を向けた。その表情から戸惑いは消え、穏やかな決意だけが残っている。

 ペイは空を見上げて小さく笑うと、表情を引き締め、高らかに宣言した。

「防衛システムが復旧するまで、我々の手でオートマタを食い止める!」

「私も戦うよ!」と、すかさずソレイユは声を上げる。

「もちろんだ。やると決めた以上、やれることは何でもやる。キュイとガラが東門周辺に地雷を仕掛けている。パワードスーツに搭乗してな。ソレイユも協力してくれ」

「了解!」

「……何としてでも守り抜くぞ。我々の故郷を。そして、我々の希望を!」

『おう!』

 ビブリオの住人達は声を揃え、手にした武器を天高く掲げた。


 オートマは東からやってくる……そこで、東門を中心にバリケードが築かれると共に、外壁の可動砲台の整備や、荒野への地雷設置作業が慌ただしく進められていた。

 その喧噪から離れた西門の演習場付近で、シエルはメドサンを分解し続けていた。太陽の光を受けながら、額の汗を拭いながら……その背後に、テールが歩み寄る。

「随分と思い切ったな」

「……仕方ないだろ。ああでもしないと、説得できなかった」

「そうだな。だが、一つ聞いていいか?」

「なんだ?」

「メドサンを分解して、どうやってマニュアルを作るんだ?」

 シエルは手を止めて、テールを振り返る。

「どうやってって、もちろん、お前が作るんだぞ?」

「君はどうも、私の話を聞いていなかったようだな」

「……どういうことだ?」

「マニュアルの作成にはメドサンとの連携が必要だ。無論、ガルディアンに関するマニュアルは私一人で作成できる。だが、メドサンの基板を流用するとなれば、メドサン自身がもつ情報を利用しなくてはならない。私だって初めての事なんだからな」

「ちょ、ちょっと待て。えっ、そんな、嘘だろ? だって……」

 シエルは正面に向き直る……そこには、分解が中程まで進んだ、メドサンが。

「防衛システムの修理にメドサンの基板を使うという、君の発想自体は素晴らしい。だが、それを私に話しておくべきだったな。こういうのを、無茶振りというんだぞ? それに、君はどの基板が必要なのか分かっているのか?」

 シエルの顔がみるみると青ざめ、ガタガタと震えだした。覚束ない手つきで部品を手に取り、再び組み上げようとするが、どこをどう戻せばいいのか、見当もつかない。様々なケーブルも滅多に引き抜かれていた。それに……そうだ、基板さえあればどうにかなると思っていたが、その取り出し方一つとっても、こんな強引で良かったのだろうか? そういえば、取り外す時に鈍い音もしていた。もしあれで壊れてしまったとしたら……考えれば考えるほど、頭の中で渦が巻き、くらくらと目眩がする。シエルは頭を抱え、がっくりと項垂れた。

「……そうだよ、俺は……何をやってるんだ? これで終わりなのか? そんな馬鹿な! いや、馬鹿は俺だ! くそ、なんで、単純な、くそ! くそ! くそ!」

「シエル、落ち着け」

「これが落ち着いていられるか! ああ……うぅ」

「いいから」

 シエルは頬をぎゅっと両側から柔らかく押さえつけられたかと思うと、ぐいっと持ち上げられた。――深紅の瞳。桃色の唇。正面にはテールの顔……があった。以前に見た引きつったものとは違う、正真正銘の笑顔が。

「安心しろ。アヴニールの機械はそうやわじゃない。そのまま分解を続けるんだ。ケーブルは全部抜いていい。よく分からないものは、そのままにしておけ。何があろうと、私がどうにかする。私を信じて、作業を進めるんだ。いいな?」

 テールはシエルの頬から手を離した。毒気が抜かれたような顔で肯くシエル。

「よし、良い子だ」

 テールはシエルの青黒い髪の毛を、その手でぐしゃぐしゃとかき混ぜる。その感触にシエルは懐かしさを感じたが、シエルが何かを思い出すよりも先に、テールの手は離れた。テールは曲げていた膝を伸ばし、その場から立ち去る。シエルはその背中をしばらく見送っていたが、はっと我に返り、メドサンの分解を再開するのだった。

 テールのお墨付きをもらったことで、分解は大いにはかどった。細かい基板やそれを繋ぎ止めていたネジ、ケーブル類が、白日の下にさらされる。あの小さな箱の中にこれ程の数の機械が詰まっていたとは、分解したシエルですら驚きだった。いくつか、これ以上分解していいものか迷うものもあったが、それはテールが戻ってから確認すればいい。そう思っていると、テールの姿が目に入った。その腕の中に、色褪せた紙の束を抱えている。それを見たシエルは……安堵の溜息をついた。

「……なんだ、テールもちゃんと考えてたんじゃないか」

「私じゃない。ヴァンだ」

「先生が?」

「防衛システムがそう長く保たないということは、ヴァンも気付いていたのだよ」

「……ということは、八年前に?」

「ああ。まだ完全には壊れていない、壊れかけという状況でね。メドサンの基板を利用すれば修理できるかもれないと、私にマニュアルの作成を依頼したのだ」

「さすが先生だ。でも、修理はしなかったんだな」

「ああ。まだ機能はしていたし、メドサンを失うわけにはいかなかった」

「無理もないさ。もし先生が八年前にメドサンを失っていたら……いくつの町が滅んだか知れない。俺だって、こんな状況じゃなければ……とても無理だ」

「事情や状況は違っても、ヴァンが成せなかった事を、君は成そうとしている」

「……何だか、不思議なもんだな」

「私は、そうは思わない」

「えっ?」

「なぜなら、それが人間というものだからだ」

「テール……」

「さぁ、急ぐぞ。プログラムを入力しなければならない。分解したものは全てなくさないようにな。そうやわじゃないとは言ったが、なくしてしまっては元も子もない」

「ああ、分かっている。でも、プログラムはどうやって入力するんだ?」

「それも心配するな。入力だけなら、中枢でもできる」

「そうだったのか……まだまだ、知らないことだらけだな」

「知らなければ学べばいい。だから、今やるべきことを履き違えるな」

 テールはシエルに紙の束……マニュアルを差し出した。シエルはそれを受け取り、パラパラとめくる。……想像していたより、ずっと手順が多い。だが、やるべきこと、なすべきことは分かった。それはつまり、できるということ。

「やってやるさ」

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