第24話 さらばヒーロー。



「――――やらせろっ」

 グンッと引張り寄せられる感触と共に、視界に流れる速度が戻ってくる。唐突に広がった世界。本来なら見えない世界の速度をみる事ができている――――これが、奴の言っていた力の一部とやらか……とんでもねぇな。


「――チッ。防げっ」


 元々展開されていた槍が、俺の命令に従い迎撃に出る。当たり前だが、ヒーローの力で放たれた槍の方が強い――俺の槍にヒーローの力が上乗せされたのだ。そりゃあ、俺単体では勝てる道理がない。そう、俺単体では。



 ――――――キャリリリリリリンッッッ



 激しい摩擦音。まさに金属同士がぶつかった時に鳴り響く不快な音だ。それを伴い馬鹿みたいな光量を放ち、世界を赤と青に染め上げていく。その他の色を駆逐し混じりあった赤と青――世界は光に呑まれた。



「……あぁやってらんねぇ、マジでクソだな。この喧嘩は、俺とお前――2人だけのモンじゃなくなっちまいやがった。つまらねぇモンになっちまったよ……そう思うだろ?」


 光の世界に話しかける、まるでそこに誰かが居るかのように――――


「――……ル、マ……ルッ!」

「なんだ、自我を失っちまったのか……くだらねぇ」


 光の中から歩いてきたボロボロの男――ヒーロー、いや間 緋色だ。だが、出てきた男は理性を失っていた。元からなくなってはいたが、本人が望んだ守るという意思はあった。何を守る気だったのかは、今となってはわからないが。だけど、今のあいつには瞳に光がない。意思がない。周囲に転がっているゾンビと変わらなくなってしまった。


 本当の意味で、俺達のものではなくなってしまった喧嘩に、俺は本気を出せるほどまともな精神をしていない。こうなってしまえば他のゾンビより速くて力があってタフなだけだ。鬱陶しいことに変わりはないが――――奴から渡された力を使えばすぐにでも決着がつく。



「クソが……終わらせてやるよ」

「うぅぅまぉる、だ!」


 高速で近づいてくるヒーローを、なんて事はないかのように殴り飛ばした。凄い勢いで空を舞い、吹き飛んでいくヒーローを眺めながら呟く。


「今のお前相手に力はつかわねぇ、使う価値もない」

 

 背中に展開していた槍をすべて収納し、拳を構える。もちろん、奴から渡された力なんて使わない。元から使う気がないが、ヒーローを見てから、されに使いたくなくなった。


「ぅあぅぅぃぁ?」


 何が起きたのか、理解できないヒーローはのそりと立ち上がりこちらを見てくる。理性はないくせして、疑問をもつ程度のお頭はあるらしい。


「ま、関係ないがね」


 別にトリックがあるわけじゃない。ただ殴っただけだ。それこそ、技術もくそもない、というかここまでの高速戦闘で技術なんて邪魔になるだけでしかない。


「ほら、早く来いよ。俺にだってあんまし時間はねぇんだ。終わらせるにゃあ早い方がいい」

 

 中指を立て挑発する。


「あああああぁぃあぃぁあぅっ?」


 何を言われているかまではわからなかったのか、首を傾げてた直後――――爆発したかのように加速する――どうやら、まだ速度があがるらしい。馬鹿みたいな身体能力だ。他のゾンビ共を巻き込んだ戦いをしているから、だいぶ強化されているようだ。――――面倒だ。


「死んどけって」

「――――ぁばっ?」


 一瞬で俺の懐に入り込み、俺を殴ろうとして――――地面を大袈裟に転がっていくヒーロー。疑問に首を傾げながら、地面の上を滑るようにして転がっていく。滑った跡が摩擦熱で融け、ツルツルとしている。……どれだけの速度で突っ込んで来たのか、もはや呆れるしかない。


「だぁから無駄だっての。いや、力を使わないっても無理なモンが一つあったのは悪いと思ってんぜ? でもよぉ、これの動体視力はどうやって消せばいいんだよ。つーことでまぁ、わからなかったんだわ」

「うあおぇあ?」

「で、無茶苦茶速いお前が見えても対処できないんだが……まぁその辺は教えてやんねぇ。自分で見つけてみせろヤッ!」

「ああああああああぁああぁぁぁああああぁぁぁあぁあ」


 ヒーローは吠えて、吠えて、吠えて――今まで以上の速度をもってして近づいてきた。


「――――ダボが」

「――――あぁぇ……?」


 ぶつり、不吉な音を発てヒーローの首が吹き飛んでいく。身体と分離した状態――斬り飛ばされた姿で。首の無くなった身体は、ふらふらと数歩だけ歩み、地面に倒れた。ボトリ、と首も地面に落ちる。そこそこ高く舞っていたようだ。



「――――ゾンビのお前じゃなきゃ、俺は負けてたぜ」


 倒れてもまだ、這い続ける肉体に槍を展開し――射出する。それこそ、身体が微塵も残らないように撃ちだし続ける。

 その状態で「あぁーぁーぁぁ」と唸っている頭に教えてやる。


「俺が勝ったのは単に、相性の問題と――力の質だ」


 ゾンビに堕ちた事で、ヒーローの属性はよりゾンビよりになった。これがドラゴンよりになられてたら俺にはお手上げだったぜ。まぁゾンビになっちまったお前には、槍じゃなくても――俺の肉体そのものが弱点みたいになっちまったのさ。ただの殴りや蹴りでお前を吹き飛ばせるくらいにはな。もっといやぁ、馬鹿の所為で動体視力もあがりまくってな……おまけに消せねぇし……。でだ、近づいてくるお前を一方的に殴って蹴った。それだけだ。普段のお前なら絶対に気づいたろうよ。最後だけ槍をだしたけど、許せよな。延々と殴ってもお前死ねねぇし。やってられないっつの。


 それに――自分で守りたかったモノを襲う前に殺してやったんだ、感謝しろよな。


 言い終えると――背に束ねた5本の槍を展開する。束ねられた槍は、それぞれが発する青い光を交わらせ極大の光――青き光の柱となる。


「じゃあな。お前のこと、わりと好きだったぜ……――――」


 背中を向けてヒーローの頭にぶち込む。周囲に満ちた光は、背中を向けているはずの俺にまで影響を及ぼした。

 これは、光に目をやられたから流れる涙だ――決して、奴を思ってないたのではない。

 自分に言い聞かせて、空を仰ぐ――そこには、晴れた空が広がっていた。

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