第22話 英雄との一騎討ち


 ヒーローとの戦いは激戦を極めた――いいや、そんな生易しい言葉では表現できない。ヒーローが一度力を振るえば、あっさりと大地が砕ける、二度振るえば地面が震え、三度振るえば土地が割れた。

 

 おかしい。俺はこんな戦いを望んではいない。できるならば、今この瞬間でさえ逃げ出してしまいたい。本来、俺は強敵と戦う事を否定する。勝目があるなら分が悪い賭けでも乗るし、自分を囮に時間稼ぎくらいはしてみせる。


 

 ――だが勝目の消え失せた、あるいは最初から存在しえない戦いに参加するつもりはない。精々上手く負けてある程度の損を覚悟で撤退する、それが俺のやり方。むしろ、勝てないとわかった段階で無様に生き足掻こうとするのが俺だ。



「マもルンだアアアアアアアッッ」


 頭のネジが1本どころか100単位で抜けてるヒーローの急加速――からの一撃。世界そのものが揺れたと勘違いするほど破壊力。馬鹿げている。奴の力はどれほどにまで上がっていると言うのか……ドラゴン戦の途中で強化などさせなければ良かった。後悔しても既に遅い、彼は化物と成り果ててしまった。


「――のっ馬鹿力が!」


 圧倒的なまでの破壊を込めたヒーローの一撃、当たったらただでは済まない。ならば、と――――槍を使い後方に避ける、そして言葉を吐き捨てる。背中に展開している槍をヒーローに狙い定め放つ。2本の青き閃光がヒーロー目掛けて駈ける。


「――――ウアアアア!!」

 ギャギンッ


 青い閃光がヒーローに直撃する――――――いや待て、あれは何をするつもりだっ!?

 青い光に手を伸ばす。光に腕を削られながらも構わず伸ばし――到達する。……嘘だろおいっ? いくら化物でもそれはねぇって! つか避けれるんだから素直に避けとけっ。なんで態々俺の槍を受け止めた!?


 青い光が掻き消え、ヒーローは2本の槍を引っ掴み見事受け止めてみせた。



「おいおい、何するつもりだぁ?」


 頬の筋肉を引き攣らせ、ヒーローを見る。ぶっちゃけ受け止める意味なんてない。ないはずだ。なのに受け止めた。ならばそこに何かしらの理由がある、と考えた方が合理的だろう。ただし、どんな理由があるかなんて俺にわからない。当然だ。俺はヒーローでもなければゾンビになったわけでもない。

 

 何をする? 

 身体が緊張に震え、僅かばかりの恐怖心が俺の身体を縛り付ける。

 

 いつ以来だろうか、これ程までに己の心身を焼き尽くそうとする恐怖は、楽しくない。つまらない。面白くない。



 ――――だが、心の中のどこかでずっと望んでいた事でもあるのだ。



 矛盾した思考回路? 当たり前だ。俺は根っからの快楽主義者だ。基本楽して楽しく生きられればいいって舐め腐った考えの持ち主だ――だからこそ、俺はスリルに餓えていた。

 ぶっちゃけどんな出来事であろうが、一定以上の結果は常に出る。当たり前だ。誰かの真似事してりゃあそれだけで多少の事はできるようになる、それが世界の真理だ。つまるところ、世界は欺瞞と偽造、そして模造品で出来ている。それを悪い事だとは思わない。過去の人は、そうやって世界を積み上げてきたのだから。むしろ凄い事だとさえ思う。


 しかし、同時に感じてしまうのだ。


 ――――俺は何の為に生きている?


 すべてが虚構の世界。何をなそうとも結果は変わらない。どれだけ鮮烈に生きようとも、すべては死というたった一つの正解に収束する。路上でゴミのように生活するホームレスと劇的に活躍するスポーツ選手。どちらが勝ち組で負け組みなのかは言う必要すらないだろう。だが、俺はふとした瞬間に思ってしまうのだ。

 

 なんで死ぬために生きてるのに、そんなに頑張るの? と。


 どんな生き様であろうともいずれは死ぬ。生命限りその宿命からは逃れられない。ホームレスであろうともスポーツ選手だろうとも変わらない。人は結局死ぬ為に生きている。よく綺麗事で――最高の死を飾る為に今を生きる!――みたいな青臭すぎる言葉を聞くが、それはつまるところ――死ぬ為に生きているんだろう?


 ならば。今この瞬間を全力で楽しまなければ損じゃねぇか。



 ――カチリ。

 脳の片隅で、俺の中のスイッチが切り替わった。





 ヒーローが高速で放つ槍。青い光が消え、黒に近い赤へと染めあがった2本の槍が――一瞬で俺の元に到達する。秒単位すら遅い、コンマの世界。避ける事は不可能、迎撃も無理、視認すら不可能な速度――しかし、俺には見えている。はっきりと。だが、見えたところで、遅い。遅すぎる。俺に出来る事はない。あの2本の槍が突き刺さりゾンビの仲間入りを果たす事となるだろう――――本当にそうか? 止まった世界で何かが語りかけてくる。……いいや、俺の思考が加速しているだけだ。走馬灯と変わらない。実際、身体は一切動かない。声も出せそうにない。



『やあ、2番目の適合者くん』

 誰だてめぇ、とか。これって走馬灯じゃねぇの? とか、色々と言いたい事はあるが……口は動かない。無論、言葉も出ない。


『あぁ、先に言っておくけど、今の君は静止世界にいるんだ。動けないよ』

 だからなんなの!? なんでこんなタイミングで出てきたのっ? つか怪しいなんてモンじゃねぇんだけど!?


『ふむ、何かを言いたいんだろうけど……僕にはわからないかな。心を読むなんて高度な術式は、魔法型の僕には不可能だしね』

 なんか凄い複雑な事情を暴露されてるんだけどっ? クソッせめて喋れたらっ。


『じゃ、本題に入るね。僕はメッセンジャー。この一週間を生き延びた適合者に幻想のルールを告げる存在さ』

 ――――1週間だって? ドラゴンとゾンビ共が学園に湧いてからまだ、5日しか経ってないぞ? どう言う事だ? ……――――まさかっ。


 自分で気づいてしまった事実に驚愕する。こいつが言った期間は7日、だが現実として俺が過ごした日数は5日。この足りない2日間を実に簡単に説明出来る。自分でも言っていた事だが、この世界の現実は幻想へと切り替わった。だが、それは俺の認識できる周りの現実だけだ。これは予測に過ぎないが……俺が把握できない場所で、すでに幻想の侵食が始まっていたのだろう。



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