第19話 意外な決着

 

 ――――視界に広がる赤い色。いくら遅いとはいえ、普通の人間に避けれる速度ではない。ぶっちゃけ即行で詰んだ。


 ヒーローが戦線離脱してから数秒も経っていない。


「ぐっおおおおおおお」

 咄嗟に炎の下を潜り抜けるようにして転がる――


 ――ジュッ


 「――っ」

 背中に冷たい激痛が走り、呻き声が漏れる。

 どうなっているか分からないが、ブレスが背中を掠めたらしい。――避けれただけでも儲けモノだ。

 

 リアルで化物退治――御伽噺の英雄達はなんであんな化物に立ち向かえたのか、不思議で仕方ない。

 化物に対峙出来るのは英雄化物だけとは、よく言ったものだ。あんなものに挑める時点で人としての精神を捨てている。


 ……対峙している俺が言うのもあれだが、まともな心をもっているのであれば、あれと遭遇した時点で気絶している。


 

 グオオ

「そんなに睨むなよォ。どうせ俺にゃあ何も出来んわ」

 


 手は尽くした。しかし、どうにもならないのが現実ってもんだ。……これが現実かは、だいぶ怪しいところだがな。


 実際、こんな幻想生物は存在していなかった。

 俺の知らない所で生息していた可能性はあるが、どっちにしろ俺の知っている範囲にこんなモノはいなかった。ならば幻想でいいだろう。



 ――振るわれた尻尾が、近くの地面を抉る。

 大量の小石や土が飛び掛ってきた。俺にそれを防ぐ術はない。

 もはや諦めの境地だ。

 ここまで来れば、俺に出来る事なんてない。


 飛んでくる物を見つめながら、呟く。

「クソったれ、せめて本気くらいは出させたかったぜ――――」

 ――次々と襲い掛かる衝撃に、俺は意識を手放した。








「――――わけねぇだろ、バァカッ」


 ドラゴンを挑発するように叫び、一本の槍を展開させそれに掴まり射出する。


 音速を超えて飛ぶ槍。そんなものに掴まれば唯では済まない――普通なら。残念ながらこの槍は物理法則に囚われた存在ではない。

 物理法則どころか、この世界の法則にすら縛られていないが。ご都合主義? そんなわけねぇだろ。まったく俺の思い通りに進んでねぇよ、それどころかちょーピンチだわ。


 全身傷だらけなのは本当だぜ? 数本の槍を展開させて破片を防いだわけよ。つってもなぁ、トカゲやろうとの戦いでかなりまずい状況になった。まさかヒーローがやられるとは思ってなかった。

 逃走用に多少の力を残しておいただけで、全力とは程遠い。いいや、身体中の傷を考えれば――最高時の2割だせればいい方。




 グォォォオオオオッ


 俺を見失った事で怒ったのか、周囲すべてを破壊してでも見つけるというドラゴンの気概を感じる。

 なにせ、手当たり次第届く範囲を攻撃しまくっているのだ。ブレスを吐き出し、尻尾を振り回し、爪でそこら中を引き裂く。


 ちょー速で動き、相手の死角を取り隠れた俺を見つける事は出来ないだろう。しかし、このままここに居ても何一つ解決は出来ない。

 かと言って、隠れている瓦礫から姿を見せれば間違いなく追ってくる。戦闘用ではなく、逃走用にと取っておいた残弾は残り数発。ゾンビを駆逐し逃げる事は十分に可能だ。――――ドラゴンがいない事が全体になってくるが。むしろ、ドラゴン一匹で逃走ルートの大半は使えない。



 戦う?


 そんな考えは微塵も浮かばない。

 何故なら、奴はまるで全力を出していない。と言うよりも、奴の領域は空だ。常に地上にいるが、それは俺達を、敵として見ていないからだ。

 奴からしてみれば、俺達が命懸けでしているこの抵抗は遊びでしかない。それほどまでの戦力差がある。


 しかし、逃げるにしてもドラゴンが邪魔すぎて、ルートのほとんどは無意味なものと化している。凄い迷惑な存在だ。



 そもそも、信条に反してまで戦ったのだ。

 作戦の要であるヒーローは敗れた、あれから姿を見せない。ゾンビでもやられたか、あるいは逃げたのか……。まぁ前者だろう。あいつが皆を見捨てて逃げるとはいくらなんでも考え難い。




「さっきの一撃で、死んでる可能性もあるんだけどな」

 

 むしろ、あれで死んでなかったら完全に化物だ。いや、英雄とは化物と同格の存在だが。――死んでない気がしてきた。

 

 俺の方へと群がってくるゾンビ共を見やり、場所を変える。いつまでも同じ場所でのおしゃべりは危険だ。残った槍を下手に使うわけにはいかない、意外と面倒な事になった。




 

 英雄の勝利に賭けた俺達の負け。

 それがドラゴンとの戦いで起きた現実。


(まぁ一矢どころか、それなりに嫌がらせをしてやったがな)


 力が足りなかった。それだけの話だ、俺にしても、ヒーローにしても、な。

 後数日あれば勝てたかもしれない。

 だが、ドラゴンは今日攻めてきた。運が悪かった、あるいはドラゴンに見つかったアホ共がいた。


 ――――今頃アホ共は大変だろう。


 なんせ拠点を失ったも同然だ。ヒーローと言う派閥のリーダーであり最大戦力を失ったのだ、いくら蛇でも建て直しには時間が掛かる。その間に再度ドラゴンが攻めて来れば終わりだ。ヒーローもいなければ俺もいない、立ち向かう方法がない。もし立ち向かうにしても精神的支柱のヒーローはすでにいない。蛇のカリスマでは支えきれないだろう。


 俺はどうするかって? 逃げるさ。体育館あそこの設備は地下に集中していた。今や1階に空いた穴からゾンビが侵入し、1階は完全に制圧されている。別個の防壁がある為、2回と地下には侵入していないだろう。

 つまり、ライフラインが使えない。食料もない。そのうち、有志を募って地下に向かうだろうが――――戦える者はすでにいなく……皆を率いる事が出来る蛇は、戦闘に集中出来ないはず。それでは完全に詰んでいる。


 俺が戻れば今までの事から、絶対に歓迎されない。どころか殺しに来たっておかしくない。ハブいていた奴がライフラインを握るのだ、それを許容出来る者は少ないだろうよ。

 体育館を防衛した俺を目撃した奴は多い、それなりに助けてやったし。その為、もし殺されなくても――確実に使い潰される。戦えると分かった存在を利用しない手はないからなァ。

 良くて色仕掛け、アホで脅し、愚物な一般兵が期待という名の愚かしいモノを押し付ける。拒否すれば――期待はずれ、戦えない奴はいらない。という愚か、としか言えない行動に出るだろう。

 ……愚物は愚かな行動を、自分では愚かだと気付かないから愚物なのだ。



「さて、逃げるとするか。元々あそこがどうなろうとも、俺にゃあなんの関係ねえわな」


 ぽつりと呟き、ドラゴンに見つからないよう瓦礫から瓦礫に隠れながら移動していく。ヒーローもいなくなり、完全に勝機が失せた戦い。俺だけでは負けると分かっている。確実に死ぬ、と言う事も。



 ――――ならば、逃げるしかないだろう?

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