第17話 僕らのヒーロー!
――――トカゲの吐いた炎に包まれそうになっていたヒーローを見た瞬間、俺は槍を放っていた――――ヒーローに向けて。
つっても、ヒーローの服を狙ってだ。…………失敗したらどうしよう。ま、まぁトカゲに食われたって事にすりゃあいいか。
不吉な事を考えつつも、俺の狙いは外れずに、槍がヒーローを引っ掛けて飛んでいく。これで時間稼ぎくらいはできんだろ。今更、ゾンビ如きにゃあやられんだろうしな。
やられたら困るけど、助けに行く余裕はない。
強制的に選手交代をさせられたトカゲくんが激オコだからだ。
怒りのあまり、口の端から炎がチロチロと見えている。先ほどまではそんな事はなかったのだが……ヒーローとの戦いに水を差した俺によほど怒りを抱いているのか。怖いねぇ。
俺ってば、身体能力的には常人と変わらないんだぞぅ。動体視力はあがったけどな。ぶっちゃけヒーローのようには戦えない。俺があんな真似したら10秒ともたずに挽肉に早変わりしちゃいます。
グルァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ
トカゲが吠えた。
それは魂すらをも揺らし、心を恐怖へと貶める声。
圧倒的なまでの声量に地面が抉れ、体育館の破損部位が大きく広がる。
破壊と恐怖の雄叫び。
一般人なら間違いなく今ので戦意を喪失するか、吹き飛ばされて致命傷を負った事だろう。
しかし、と言うかなんと言うか……お生憎様、数葉は常人とは違った――――悪い意味で。
「うっせぇなぁ。耳栓なんてもってねぇんだぞぅ? 鼓膜破れたらどうしてくれんだよ」
平然と、雄叫びを上げているドラゴンの前にまで歩いていき、五本の槍を束ねて撃ち出した。ドラゴンの腹目掛けて。
五本を束ねた影響か、ギシリッと心臓が軋み、残っていた熱の大半が消えた。まさに乾坤一擲の大技。
至近距離での射出は威力が上がる。ゾンビとの戦闘で気付いた事だ。
しかし何故、ドラゴンの前まで歩いていったのか?
ぶっちゃけヒーローが戻ってくるまでの時間稼ぎ、牽制をするのにそこまでの威力は必要なかっただろう。だが数葉は撃った。今放てる最高の威力で。
強烈な青い光がドラゴンの腹をぶち抜く。閃光が弾け、一時的にドラゴンの姿が見えなくなる。
「あぁ……やっぱ――――ダメかぁ」
光が消えると、無傷のドラゴンが出てくる。
予想していた。
俺の力はヒーローの超能力と違い、魔法に近い分類だと。
ゾンビはヒーローよりの存在で、ドラゴンは俺よりの存在。これがどういった意味をもつのか、今ので確信した。
あきらかにヒーローの一撃を上回っていたはずの威力、それが無傷なのだ。ゲーム風に言うならば耐性。ドラゴンは魔法耐性に優れている。
つまり――――俺の力では足止め一つ満足に出来ないって事だ。
グァアアアアアアア
ドラゴンの吠え声と一緒に足を踏み出してくる。大きさの違いから、それだけでも必殺の一撃となりうる。
「おいおい、魔法も撃てなくなった俺は一般人とそう変わらんぞ?」
踏みしめた大地にあった破片、それらが飛んで来る。当たったら致命傷だ。まぁ当たったらの話だが。
飛んで来る破片の雨、それらを避けていく。一発でも当たるわけにはいかない。当たってしまえば俺の体が最高に笑える事になっちまう。動体視力が上がって助かったわぁ。
じゃなかったら今のは避けれなかっただろう。
――――ゴパッ
放たれるブレス。
大地すらも溶かしてしまう超高熱。
あんなもの、掠めただけでもアウト。近くに着弾してもダメ。
槍の残弾は0。
唯一の救いは、ブレスの速度自体がそこまで速くない事だ。つっても、50~60キロの速度は出ている。
「避けるけどなあっ」
あれに当たれば、流石の俺も死ぬ。
まぁ、当たったらの話だ。
大きさ的には1mもない球体状の炎。
避ける術などいくらでもある。
時間はあまりないので、近くに転がっているゾンビの死骸――――ドラゴンとヒーローの戦いに巻き込まれて木っ端微塵になった文字通りでの死骸――――をぶん投げブレスに当てる。
ゾンビに着弾したブレスが爆発し、火の子を撒き散らす。わりと近い位置で爆発したが、ゾンビの下に潜り込み被害は避けた。
その所為ってわけではないが、死骸だったものが半ば溶けて……悲惨な事になっている。
「あっちぃなぁおい」
直接当たってないと言うのに、周囲の温度が跳ね上がっている。
これでは軽いサウナ状態だ。ドラゴンが更なるブレスを吐いた場合、サウナでは済まなくなってしまう。
これは、あまり長い事もたねぇなぁ。分かりきっていた事だが、それでも悔しくはある。――――なんで俺がこいつと殺り合わなきゃいけねぇんだ! という、ホントに悔しい出来事だ。
基本的に俺は、雑魚専門、もしくは強敵との戦いは避ける卑怯キャラだ。そんな俺がトカゲと一騎打ちという事態になった段階で詰んでいる。
端から勝目はないし、足止めが目的だったとは言え、最初に全力だした所為で打てる手段は少ない。
グルル
「そんな慌てんなって。早い奴は嫌われちまうぞ?」
唸り声を上げ、俺を引き裂こうと爪を振るう。爪の間に入り避ける。コンクリでさえバターのように引き裂く爪、あんなものに当たってしまえばどんな装甲でも意味をなさないのだろう。
「ほれ、プレゼントだ」
昨日のうちに準備をしておいた、ティッシュを丸めて作った導火線に火を着け、鉄パイプの両端を塞いだ物をドラゴンに向かってぶん投げる。
ぱっと見何かわからないが、この状況で役に立つ物だ。……いやまぁ、爆弾なんだけども。
花火ばらして鉄パイプに押し込んだ物。かなり簡易的な爆弾だ。ぶっちゃけ、作る時に失敗する可能性のが高い、やっちゃいけない類の爆弾だ。素人は決してやってはいけない。
なんでそんなものをもっているのか? 自分で造ったからだ。外に出た時、色々と集めたりしていたのだ。
―――ドムッ
ドラゴンの翼にぶつかり爆発する。
ギャアッッ
爆風で首を揺らし、痛みに悲鳴をあげる。……顔を狙ったのだが、やはりそうそう上手くはいかないか。
きっちり爆発してくれただけでも御の字なのだが。つか、この程度の爆弾が利いて、俺の槍がノーダメージってのは腹が立つな。
ドラゴンが地団駄を踏み、巨体を揺らし暴れまくる。
どうやら本気で切れてしまったみたいだ。
案外、爆弾が利いたのが裏目に出たかもしれない。
……どうしよ、ヒーローが戻ってくるまで時間稼げるかなぁ。
ブゥオンッ
風を切る音に、しゃがみ込む。
頭上を質量感のあるモノが通り過ぎていく――― 尻尾だ。ドラゴンが暴れながら、俺に目的を定め尻尾を振るったのだ。
「や、やべぇなぁ」
ぶっちゃけもっている手段はすべて使った。さっきの爆弾が最後の手だった。このままドラゴンが暴れ続ければ、間違いなく俺は死ぬ。流石にそこまで責任は持てないのだが……。
いつくんのかなぁ、ヒーローと呟く。
あれからどれだけの間、トカゲの攻撃を避け続けたか……。時間の感覚なんてとうの昔に消え失せた。そんな事を気にしている余裕がなかった。
グルルァ
「嬉しそうに鳴くんじゃねぇよ……」
ボロボロになった俺を見て、楽しげに鳴くドラゴン。やっと俺を殺せる事に喜びを感じているらしい。
まぁだいぶ粘ったからなぁ。かなり鬱陶しかったのだろう。
尻尾を振るわれればしゃがんだり、瓦礫を使って避け。
ゾンビを飛ばされたり瓦礫を飛ばされれば、ドラゴンの巨体を利用し破片の飛ばない位置に回り込んで避けた。
爪を振るえば隙間に入り込み、地団駄を踏んで暴れれば距離を取り、ひたすらに回避に専念した。
その結果として、長い時を稼いだ。が、しかし、それも終わりだ。いくら避けるったって、限度がある。攻撃の度に細かい傷が付いていき、限界を迎えた。それだけの話だ。
そして、俺の限界を悟ったドラゴンが楽しげに鳴いているってわけだ。
二足歩行すんじゃねぇよ。西洋風のドラゴンの癖に立つとか舐めてんじゃねぇ。四足でいろよっ。
意味のない言葉を内心で吐き捨てる。
迫り来る尻尾を眺め、これは助からないと理解した。
衝撃とともに砂煙が舞い、何も見えなくなる。
しかし、俺は生きている。
俺が生き残った理由? そんなもの、一つしかないだろう。
「―――おせぇぞヒーロー」
俺の前でドラゴンの尻尾を受け止めた男―――ヒーローがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます