第16話 英雄とドラゴン


 数葉がゾンビを蹴散らし、ドラゴンの元へと向かう。

 その時より少しだけ遡る。





 僕は、飛び散った瓦礫を眺めぽつりと呟く。

「やってくれたね」


 視線を前に戻す、圧倒的なまでの感じる。

 目の前に佇む強大な存在。

 仮称―――ドラゴン。


 奴と対峙する為に僕は、外に飛び出てきた。



 グゥルアア

 こちらを見つめ、唸り声をあげる。

「あぁ、君の相手は僕がしよう―――っ」

 大地を踏みしめ、駆ける。

 ドラゴンの足元に辿り着き、砕かれた防壁の破片でドラゴンの足を殴りつける。全力でだ。防壁の破片っても鉄の棒にコンクリの塊が付いた凶悪な代物だ。

 

 ―――パアンッ―――と大きな炸裂音がして、破片が砕け散る。


 グゥゥオオオオオオオオオオッ


 鼓膜が破れそうなほど大きな悲鳴をドラゴンがあげる。よほど痛かったのか地面を転がり暴れ狂う。足元にたくさんいたゾンビが、ぶちぶちと蟻のように踏み潰されていく。まさに像と蟻だ。体格差が違いすぎる。


 今の状態で下手に近づけば僕もただでは済まないだろう。あそこまで見境なく暴れられてしまっては、打つ手がない。それに、奴にとっては大したダメージではないようだ。

 殴ったはずの場所を見やれば、鱗一つ剥がれてない。

 つまりは、奴にとっては僕の全力の一撃も、箪笥の角に小指をぶつけたようなモノらしい。


「しかも、一発殴れば武器がダメになる……」

 根元を残してバラバラに砕け散った破片を見つめる。……破片が砕け散るって、何か笑える。状況的に笑えないけど。



 グオオオオオオオオ

「うわっもう立ち直ってきた!」


 尻尾でゾンビを薙ぎ払い、僕の方に飛ばしてきた。音速を超える速度で。もちろんゾンビは不死であっても頑丈な体はしていない。当然ながら空中で引き裂ける。

 ゾンビがバラバラに裂けながら飛んでくる。さながら散弾だ。


「厄介なっ」

 僕は飛んでくるゾンビの破片の間を縫うように駆けて、ドラゴンへと近づいていく。


 グゥルァッ


 ―――ダアンッ―――と、ドラゴンが地面を足で踏みしめる。

 その余波は広がり、局地的な地震が起きた。


「――うっ」

 いきなり揺れた地面にバランスが取れなくなり、盛大に転ぶ。それもかなりの速度で走っていた。体が空中に投げ出される。これはまず―――


 ―――尻尾がぶち当たり、僕の全身がバラバラになっと思うくらい強い衝撃が襲った。


 どうやら、意図的に地震を起こし僕を吹き飛ばすつもりだったのか……やられた。まだ体が痺れて動かない。いや死んでないだけでも凄いのかもしれないけど。確かに、これは安藤くんの言った通り化物の体だ。でも、今はありがたい。この力で皆を守る事が出来そうだ。ぼやけた頭でそう思う。

 だったら、いつまでも寝てらんないよなっ―――



「―――らっああああああああああああああ」

 吠える。吠えて、意識をはっきりさせる。


 感覚のない体を、意思の力だけで動かしていく。

 化物の体なんだろう? だったら動けよっ。僕の思い通りに動いてみせろよっ。


 近づいてきていたゾンビを、近くに落ちていたを持ち上げて吹き飛ばしていく。そう、持ち上げたのは瓦礫だ。つっても、先ほどまでは大きさも重さも、まったく違う。先ほどまでのも大概だったが、今回は次元が違う。なにせ持ち上げたのは―――2~3mはあろう巨大なコンクリの塊だ。砕かれて剥き出しになっていた鉄パイプを引っ掴み、暴れる。暴れ狂う。ぐちゃぐちゃに潰れてたゾンビを跳び越えドラゴンに向けて駆け出す。


 飛んで来るゾンビの散弾を上に跳んで避け、ゾンビの胴体を踏み付け更に跳んで、ドラゴンの頭上にまであがる!



「せりゃあああああっ」

 グオオオオオオオ

 

 ―――ゴパッ


 当たるっ、と確信した瞬間―――ブレスを吐かれた。

 炎の塊。直撃コースだ。空中だし回避できないっ。

 これはちょっと、耐えられそうに―――


「―――っ」

 死を覚悟して両目を閉じる。


 これが噂に聞く走馬灯なのか、世界が緩やかに流れていく。

 あぁ、安藤くんには勝てないって言われたんだっけ。

 でも誰かが戦わなきゃ、皆が死んでしまう。それは嫌だった。僕は守りたかった。昔、見捨ててしまった彼女の笑顔が頭から離れない。僕は彼女を助ける事が出来たはずなのに、それをしなかった。

 それが僕を苛む。それは後悔、それは罪の意識。だからこそ、僕は人を助ける。彼女の笑顔に報いる為。


 思考が纏らない。過去と現在が混じりあって、思考が薄れていく。なんだろう、最後に思い浮かんだのが、彼女の笑顔だった事を喜ぶべきか、結局変われなかった自分を嘆くべきか。あぁ分からない、でも……そろそろ終わりかな―――


 両目を開くと、ゆっくり近づいてくる炎が視界一杯に広がる。いつだって、化物の末路は火刑と決まっている。僕には勿体無い死に方なのだろう。


 

「――――――っ」

 

 僕は、炎に包まれる瞬間―――急激な加速を感じた。


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