第11話 現状を考察する

「お前って奴は……」

 目の前で蛇が呆れていた。どうやら、俺が突っ込んだ事に何か思う事があるらしい。


「まぁそう言うなって、俺のおかげで駒を捨てずにすんだろ?

「……あぁ」

 おぉ、蛇が苦虫でも噛み潰したような顔をしている。なんて珍しいんだ。


「で、蛇さん。やっぱり変わってなかったか?」

「変わってない。断言してやる、今のところおかしなところはない」

 やっぱりか。自分でも試したけど、鉄の板殴ったら拳が痛かっただけだし。走る速度も計算したけど、速くなっていなかった。

 ゾンビと戦っている時にも感じたが、ヒーローのように体力が無尽蔵にあるってわけでもなかった。


「仮説が違うのか? いや、でも」

 この体に流れる熱いモノはなんだろう? ゾンビと戦っていたからハイになっただけと思っていたのだが……戦闘が終わってからも、この熱は引いてない。今だ心臓を熱く燃え滾らせている。


 ゾンビを殺した事と何かしら関係はありそうなんだが、いまいちはっきりしねぇ。そりゃあ戦っている時にこうなり始めたんだ。絶対に関係あるだろうよ。


「まぁいい。今度からは突撃する前に言ってくれ。撤退のタイミングが面倒だった」

「あいよ。今度からは気をつけるさ」

 蛇の苦言を適当に聞き流し、思考の海へと落ちる。

  

 ――――無音の世界。意識を集中させすぎると、こうなってしまう。


 周囲の音が何も聴こえなくなり、一つの物事に対して極端なまでの集中力を発揮できる。

 と言っても、あんましいいもんじゃねぇ。第一、周りの音が聴こえなくなるって事は必然的に周囲の警戒が落ちてしまう。

 それに集中したからって何かいい事があるわけじゃない。精々、動体視力が良くなり、物事を深く考えられるようになるだけ。

 分かり易く言えば、イヤホンを耳に当て音楽を聴きながら勉強をしていると、周りの音が聞こえなくなるだろ? ようは、それを何の補助もなしで出来る程度の事だ。大した事じゃない。




 でだ、俺はこの心臓に感じる熱こそが俺の力だと確信している。残念な事にヒーローと違って分かり易い力ではないらしい。そもそも使い方すら分からない。


 ファンタジー要素溢れる魔法か? それともヒーローのような超能力か? 判別のしようがない。

 しかし、分かっている事はある。

 それは単純な分類だ。少なくとも2種類の力がある、という事だ。


 仮に、ヒーローの力を身体能力の拡張とする。力の基本ベースはヒーローの肉体だからな。まさしく超能力っぽい力だ。鋼鉄製のスプーンでも軽々と曲げてくれるだろうさ、握力で。


 で、俺だ。心臓に感じる熱が力の源だとは思うのだが……逆に言えばそれだけしか分かっていない。精神がハイになったのも関係しているか? いや、あれは単に熱を感じて気分が高揚しただけだ。力とは関係ないだろう。

 ……完全に否定できるわけじゃないが、なんとなく違うって気がする。

 


 力の解明を急がなきゃやばい事になる。いや、確信があるわけじゃない。だが、ドラゴンがいてゾンビがいる。

 そんな幻想の中で、何故それだけしかいないと言い切れる? むしろ、今よりも酷い存在が来てもおかしく事ではない。

 いや、来る可能性の方が高いと俺は思っている。


 しかし、体育館という安全な場所に引き篭もってしまった彼らには想像力というモノがない。……そう言うと酷だが、ようは安全な場所があるのに態々危険を犯す意味はあるのか? って話だ。


 その事に気付いているヒーローと蛇、この二人は現状の危険を理解し行動しようとしている。

 しかし、これだけの大人数を背負って行動を取れる人物ってのはいない。実績とカリスマ、二つをもって率いてはいるが、体育館の外に出ようと思う人間は少ないはず。実際、10人を選出する時も揉めていた。

 ヒーローは自分で参加する事によって不満を収め、蛇は恐怖で収めたが。


 そんな危険すぎる状況で、鷹派を死なせたのはいい手だ。何も、鷹派が邪魔だからと言う理由だけで見殺しにしたわけじゃない。

 自分達の危険を伝える意味もあったのだ。これで体育館にいる奴らは気付いただろう。自分達も――死ぬ。という事に。


 この状況下で尚も体育館に残ろうとする奴らは蛇に粛清されるだろうな。ヒーローが止めるかもしれないが、いても邪魔にしかならない。



 ―――だからこそ、生き延びる為に力が必要となる。



 ヒーローは純粋に皆を救おうと足掻くだろう。実際に救えるだけの力をもっている。……だが、それは現状ではの話だ。

 ドラゴンの襲撃を受ければあっさりと敗北する。

 しかし、しかしだ、これからもゾンビを倒し続けて経験値を溜めていけばどうなる? 今でさえゾンビを圧倒し、人間を超えた力をもっているんだ。いずれはドラゴンにさえ到達するのではないか?


 ヒーロー本人は、自分が可能性の塊である事を気付いていないが、蛇は気付いている。だからこそ、自分でも力を手に入れようとするはず。しかし、ゾンビを倒した俺を見て考えが変わったはずだ。


 ――力とは、身体能力の拡張以外にもあるのではないか? と。


 たぶん、正しい。実際俺もその結論に達した。

 ……蛇はこの体育館の支配を求めているが、何も虐殺がしたいわけじゃない。たぶん、そのうちヒーローと同盟でも組んで一緒に戦うだろう。


 まぁ俺に取ってはどうでもいい話だが。


 俺は自由に生きたい。

 この狂った世界で。壊れた世界で。もう二度と元には戻らない幻想を。


 自由に生きられたら、それだけでいい。

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