第5話 書き換わった現実

 ――――あぁ、疲れた……。あんにゃろうめっ。こんな危険地帯に置いて行くとか……正気じゃねぇぞ。

 いや変質した自分に気づいねぇんだろうけど、これはないぜ。

 俺じゃなかったら死んでるところだぞ。つかよく生き残れたよなっ。


 ゾンビを転がした隙に走って撒き、なんとか逃げる事に成功した。命からがら戻ってくる事ができた。が、俺じゃなければ途中で死んでたぞ? どんだけ襲われたと思ってるんだ。

 

 ゾンビを撒いたと思ったら別の場所から来たゾンビに襲われ、遠回りになる道をひた走る事になった。



「遅かったな、どこで道草食ってたんだ?」


 ロープを登り安全と思われる体育館に入ると、ヒーローが涼気な顔で腕を組み待っていた。……にゃろう。


「おめぇちょっと来い」

「うん? なにをするんだ――えぇい引っ張るんじゃないっ」


 無理やりヒーローを引っ張り、人のいない場所まで引っ張って行く。

 ……こいつには言わねばならない事がある。ついでに一発殴りたい。


「――おめぇ、本当に理解してないのか?」


 ヒーローを睨み付け問いかける。

 返答次第ではここで殺しても構わない。そう思っている俺がいた。


「なんの事だ?」


 何も理解してないのか、俺の言葉を聞いてもわけがわからない。という顔をしている。……ふむ。面倒な事になりそうだ。

 あんまり関わる気はないのだが、こっちに被害がきたら嫌だ。仕方ないので事前に手を打つ事にした。


「明らかにおかしい力と速度、俺に分かるのはその程度だ」

「え、何が?」

「おめぇの身に起こってる現象だよ」

「はっ? ……いや、ないだろう」


 あぁ、ホントにな。

 人間を超えた力に速さ。長時間戦い続ける事の出来る体力。どう考えてもおかしい。ゾンビ共と戦い始めるまでは、強くはあったが人間離れはしていなかった。


 それがゾンビとの戦い中にどんどん強くなっていった。それも自分では自覚出来ないほど馴染んでだ。

 逃げる直前にはゾンビを素手で砕けるようになっていた。ズタボロになった死体ではあるが、別に生きてた頃と同じで脆くなったわけじゃない。


 そりゃあ、格闘技のプロとかなら出来るかもしれないが……普通の高校生に出来ていい事じゃねぇ。


「ほれ、これ殴ってみろ。全力でな」

「いいけど……」


 ドオンッ


 掲げた鉄の板を拳でぶち抜いて見せた。……わお。やるとは思ってたけど、結構厚い板だぜ? やべぇな。

 予想していた事ではあるが、背中を嫌な汗がじっとりと濡らした。……ここで手を出して反撃された場合、俺がミンチになるだろう。

 

「………」


 ヒーローは自分でやった事が理解出来ていないのか、呆然と板を眺めている。

 それも、鉄を殴って拳を痛めたくなかったから、軽めに放った一撃でだ。

 それで板を貫通させてしまったのだ。驚くな、という方が無理だろう。


「――分かったろ? お前、明らかに異常なんだよ」

「……み、みたいだね。い、いつからかな?」


 俺の言葉に顔を引き攣らせながら問い返してくる。

 ようやく自分の異常さに気づいたようだ。……と言っても、まだ自分の速さと体力を理解していない。

 このまま分からずにいたら、悲惨な事になるだろう。……戦場に仲間を置いていくとかなっ!


「言っとくけどなぁ、速さと体力も異常だから」

「えっと、安藤くんを置いてったのって……もしかして、僕?」

「もしかしなくてもてめぇだよ。あぁ、お前が速すぎんだよ」


 文字通り目の前から消えたからな? しかも、あの速度で風が起きなかったのを考えれば、現実的な物理法則を完全に無視してるだろ。


 考えられる事はいくつかあるが、妥当なのは……書き換わったルールだ。

 現実から幻想へと書き換わったルール。

 それが何かは分からないが、人が人を超えて強くなれる。ヒーローを見れば分かるが、人か否かよりも本当に生命体なのかと問い詰めたい。


 人と同じ体であれほどの力。ありえない。人体とかそういう話じゃなく、生命としてありえないのだ。

 いったい、何が変わってしまったのか。を知る術を、俺達はもたないのだ。


 どう言ったルールがあるのか、非常に気にはなるが……まぁ大体理解した。いや理解したっても使い方をだ。

 テレビやゲームと一緒だ。詳しい理論は分からないが、使い方には検討がついた。それだけだ。


 ゾンビと戦う事で強くなれる何かが手に入る。

 ゲームで言う経験値みたいなもんだろう。


 どうすれば手に入るのか、一応仮説ならある。あるが……間違っている可能性もある。だいぶ近しいとは思うが、最適解か? と問われたら首を横に振る。

 なにせ情報が少ない。少なすぎる。俺が見た知識と、ヒーローに起こった異常。これだけで仮説を作れという方が、無理がある。


 でもまぁ、この壊れた世界で強くなれるならば、倒せない化物と戦う理由にはなるだろうよ。


 しかし、6人で戦っていた一般兵達は強くなっているようには見えなかった。

 俺も強くなっているとは感じない。


 ヒーローのように自覚出来てないだけ。という可能性もあったが、戻る途中に試した結果として、ほとんど変わっていなかった。


 俺達とヒーローの違いはなんだ? 実を言えば、明確に分かっている事は一つだけある。

 ゾンビを蹴散らし一時的にでも行動不能に出来ていたのはヒーローだけだ。


 6人で戦っても、あいつらは俺と同じく動きを止めていただけで、ゾンビを行動不能にはしていない。いや出来なかった。と言った方がいいか。


 俺も同じだ。ゾンビを一時的にとは言え行動不能にする事は不可能だった。

 しかし、ヒーローはゾンビを吹き飛ばし、踏み潰して、数秒とは言え行動不能にしてみせた。

 それが、ゾンビを殺したのと同じ扱いなんだろう。

 

 ――つまり、ゾンビを殺せば経験値が手に入る。

 

 これが仮説だ。つっても、ゾンビは死なないから、一瞬だけでも行動不能にすればいい。そう言う事だ。

 あぁ分かってる。我ながらありえない仮説だ。馬鹿げている。だが、この狂ったルールの中でかつてのルールは通じるのか? 通じないだろうよ。少なくともゾンビには通じなかった。

 

 元は人であるはずのゾンビ――頭を砕いても平然と動き、心臓を穿っても何事もなかったかのように活動する。

 生命としてありえない。文字通りで現実が幻想へと変わったのだ。

 

 まぁ、それはともかく。


「いつからってのはわからねぇけど、ゾンビ共と戦ってる途中からおかしくなってたな」

「そ、そうかい?」

「あぁそうだ。……この事を皆と共有するかしないか、その判断はお前に任せるわ。俺にゃあ重い」


 ヒーローに背を向け、ひらひらと手を振りながら歩き出す。

 目的が出来た。

 この狂った幻想を生き延びる為に、必要そうな力を手に入れる好機だ。逃す気はない。……決して面白そうだからとか、良い研究材料になりそうとか、思ってねぇよ? いやマジで。


「分かった。皆に伝えよう……どこいくんだい?」

「おもしろそーな事をしに行くんですよ。ってな」


 ……まぁ思ってました! だってこの狂った幻想で生きてかなきゃいけねぇんだぜ? おもしれぇ方がいいのさ。




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る