第2章

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   Ⅱ


「で、どうだって?」

 ミクの質問に、携帯のディスプレーを確認しながらルシが答える。「大丈夫、ちゃんと始末してくれるそうだ」

「そ。なら、よかったじゃん」と言葉とは裏腹に、どこか神妙な顔つきでミク。それからまた新しいアルミの板を作る作業に取りかかり始める。

(じゃあこれから、亜門さんのとこっすか)。ミクほどではないけれど、同じく神妙な顔つきで太一が言った。

 ミクの方はともかく、太一までもがらしくない顔をしているのにはちゃんとした理由がある。と言うのもそれは、みんなが言う亜門さんなる人物は、栃木の山奥で独り密やかに釣堀を経営しながら暮らしている、一見人当たりのやわらかいロマンスグレーのダンディーな紳士ではあるのだけれど、それは世を忍ぶ仮の姿で、実際は太一でさえもが怯んでしまうほどの超弩級の変態でサイコパスな、ルシたちの上司の一人だからということらしい。

「そういうことだ」ルシが言った。「よし、ツバサ、太一、早速死体片すぞ」

 あいーっ、となんだかんだで、いつもと同じノリの太一が立ち上がって気をつけと敬礼をする。けれどツバサはTVの前で正座をしてうつむいたまま、まったく動こうとしない。息さえしていないように見える。

「おいツバサ」

 もう一度ルシは言ったけど、やっぱりツバサは立ち上がろうとしなかった。顔を上げようとさえもしない。

「おいこら、ツバサ──」

 立ち上がってぼくは言った。「代わりにぼくが手伝うよ」

 片眉をひそめてルシが応える。「……お前が? どういう風の吹き回しだ?」

「だってツバサ、こんな状態だしさ」

「コウヘイ」一歩近づいたルシが上からぼくの目を覗き込んだ。「一体、何を企んでんだ?」

「何も企んでなんかないよ。邪魔ならやめとくけど……」

「そりゃあ手伝ってくれれば助かる。でも、ほんとにいいのか?」

 言っとくけどわたしは絶対に嫌だからね、と横からミクが言った。おうわかってる、とぼくの方を向いたままでルシが応える。

「いいよ別に。荷物を片すのを手伝うくらい」ぼくは言った。「でしょ?」

 ルシが端正な顔を歪め、にやりと笑った。「そうか、だったら頼む。荷造りのつもりでな?」

 うんわかった、とぼく。勝手にすればー、とミク。い、いもうー、と太一。ツバサはまだじっとうつむいたままでいる。

「よし、じゃあとっとと済ましちまおうや」

 ルシが言って寝室に向かい始める。いもういもうー、と太一が小声で何度となく繰り返し、なぜかすり足でそのあとに続く。ランニングシャツの襟ぐりを引っ張り上げて、フードのように被っているところを見ると、きっとスケート選手の真似でもしているに違いない──と、いいのコヘイ、ツバサやるから、とツバサが言ったのが聞こえた。

「いいって。ぼくがやるから」

 振り返ってみると、ツバサはようやく顔を上げてこっちを見てはいたものの、立ち上がろうとする気配はまったくない。

「でもね……」とツバサ。

「マジで気にすんなって。実を言うと、ちょっと近くで見てみたかったりするしさ、死体」

 ミクが眉間にしわを寄せ、おえっという風に舌を出した。

「……ほんとに?」とツバサ。

「うん、ほんとだよ」

「だったらいいの」と、そこまでツバサが言ったとき、寝室へ続くドアまで戻ってきた太一が、んえっと言うと共に手話で言った。(コウヘイくん、ルシさんが早く来てくれって言ってるっすよ)

「わかった、すぐ行く」

 歩き始めたぼくを再びツバサが呼び止める。「──コヘイ?」

「? まだ、どうかした?」

「……ごめんね」

 ぼくを見上げてぽつりとつぶやいたツバサの顔は、ティンカーベルよりも綺麗に見えた。

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