最終話

 音楽団が無事に町を離れた頃、群衆による決起の声が聞こえてきた。

 きっとその中心にいるだろうエナの父と、彼女の気持ちを思い、ウルキはじっと馬車の中から遠くなる街を眺める。


「やれやれ、何とか巻き込まれずに済んだわい。お前さんのおかげだよ、ウルキ」


「たまたま知っただけだよ」


「それでもお手柄だぜ。昨日の情報じゃあ、まだ五日は猶予があったはずだからな。のんびりしてたらとばっちりを受けてたとこだ」


 団長とゾーンに褒められて、ウルキは複雑な気分で首を振った。けして自分の手柄ではないのだ。音楽団が逃げられたのは全てエナのおかげだった。


 エナと別れてすぐに宿屋に戻ったウルキは、まず事情を知るゾーンを叩き起こした。そして二人で他の団員を起こして周り、手早く荷物をまとめて町を出たのだ。


「うっ、飲み過ぎたわ。おやっさん、あんまり揺らさないで、気持ち悪い」


「カナン、馬車は揺れるもんじゃ」


「そんな正論聞きたくないわ。うっぷ、吐きそう……」


「大丈夫かい? だからあそこで止めようって言ったのになぁ。ゾーン、酔い止めの薬って、二日酔いにも効くと思う?」


「同じようなもんだろ、取り合えず飲ませとけよ」


「薬箱、薬箱、どこにあったかなぁ」


 真っ青な顔で口元を押さえるカナンを、ライジュンが甲斐甲斐しく世話している。呆れながらも探す手伝いをするゾーン。

 ウルキは家族のやり取りに小さく笑う。沈んでいた心がいつもの日常を目にして、少しだけ救われた気がした。


「友達の為に、弾いてやったらどうじゃ」


 団長が気遣うように見ている。昔からウルキの心を一番慰めてくれたのは、音楽だった。母が死に、父に追い出され、たった一人で生きなければいけなかった時も、バイオリンだけは手放さなかった。だからこそ、音楽で伝えることの尊さを知っていた。

 

 ウルキはケースを開いて、バイオリンを手に取る。肩にかけて、構えた弦をゆっくりと引いていく。

 

 愛しき貴方は旅立った

 戦火を駆ける友を連れ

 忠誠心と愛だけを

 胸に刻んで去っていく


 愛しき貴方は戦場で

 戦火を治める指揮を取り

 心を殺して人を捨て

 悪魔と呼ばれ敵を討つ

 

 愛しき貴方が帰るのは

 戦火の終わりが届く時

 何時と聞かずに待っている

 貴方の口付け夢に見て


 最後の一音まで丁寧に弾いて、もう一度、繰り返す。

 今、戦いの中にあるだろう町を思う。そこに住む人を思う。そして、エナを思った。


「──いつか、もう一度」




 

【我が愛しのジューダ】を、戦火の友に捧げる。

 

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グラッツェ音楽団──戦火の友── 天川 七 @1348437

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