第6話

 エナと出会ったあの日、出店で買ったクッキーは奇麗な形とは裏腹に、頭が痛くなるほど甘く、塩辛いものだった。

 とても食べられたものではなかったものが、ある意味において、ザナという国の本質を正しく現したものだったのかもしれない。



 時間が過ぎるのは早いもので、ザナ国に来てから三日が過ぎた。

 ウルキはその間、毎日エナの家に遊びに行った。彼女はいつも嬉しそうに出迎えてくれた。その笑顔を見ると、彼女が本当に気を許してくれている気がして、ウルキはなんだかとても誇らしくなった。


 エナの案内で町を一緒に歩いたり、楽器店でバイオリンを試し弾きしたりと、二人は短い時間を精一杯楽しんだ。

 夕方のコンサートには広場まで連日足を運んでくれた。エナは最後まで熱心に演奏に耳を傾けてくれる。彼女の綻んだ顔を見れば、心から楽しんでいることが伝わってきた。それがウルキにの喜びでもあった。


 ただ気になったのは、いつ行ってもエナの家には人気がなく、彼女しかいないことだった。

 今日も遊びに行った家にはエナしかいない。ウルキは思い切って聞いてみることにした。


「前から気になってたんだけど、エナって一人暮らし?」


「ううん。父と暮らしています。母もいるけど、ほとんど二人暮らしみたいなものなんですよ。……母は体が悪くて、ずっと入院しているんです。もともと弱い人だったから、体調が安定しないみたいで」


「そうだったんだ。でも、キミが一人暮らしじゃなくて良かったよ。この町は治安もよさそうだけど、女の子が一人じゃやっぱり危ないからさ」


「ありがとうございます。心配してくれたんですね。お父さんは最近忙しいから、帰ってくるのも遅いんですよ。でも一人じゃないので大丈夫です」


 母親が家にいないのだから寂しくないはずがないのに、エナはそれを否定するように微笑む。とても芯が強い子なのだろう。


 ウルキは一人で生きることの寂しさを味わった。それだけに彼女がその状況になかったことに安堵した。その時、玄関が開閉する音がした。足音がリビングに近づいてくる。


「あ、お父さん」


 エナがソファから立ち上がる。ウルキが振り返ると黒いフードを目深にかぶった男が立っていた。僅かに覗く目は鋭く、どこか暗い。


「エナ、誰だ?」


「音楽団のウルキさんよ。仲良くなったの。夕方にはコンサートもしていて、とってもバイオリンが上手なのよ。お父さんも一緒に聞きに行こうよ」


「悪いが無理だ。またすぐに出掛けなきゃならん。今日も遅くなるから、閉じまりは忘れずにしっかりしなさい」


「……はい。お父さん、あまり無理はしないでね」


「あぁ。坊主、この街には何日滞在する?」


「え? えっと、後二日だけど」


 エナの様子が気になって返事が一瞬遅れる。顔を向けると、エナの父はマントの間から観察するようにウルキを眺めていた。


「そうか。なら、その間はエナと仲良くしてやってくれ」


「言われなくとも。オレ達は友達だから」


 重い空気を纏う男だが、自分の娘を思いやる気持ちはあるようだった。ウルキの返しを鼻で笑うと、煙草の匂いを僅かに残してリビングから出て行った。

 エナは見送るように暫くリビングと玄関を繋ぐ出入り口を眺めて、ソファに座り直す。


「慌ただしくてすみません。紅茶のお代わりをどうぞ」


「ありがとう。それにしても何をしに戻って来たんだろうね?」


「たぶん、玄関に置いてあった袋を取りに来たんだと思います。昨日工房で使うって言ってましたから」


「エナのお父さんは、なんの仕事をしてるの?」


「父は大工なんです。あんなに大きな身体なのに手先が器用がとても器用で、家から化粧箱まで木製のものなら何でも作るんですよ。大きな仕事が終わったばかりなので、これから工房に向かうんだと思います」


「じゃあ、家に寄ったついでに大事な娘の顔も見に来たのかな」


 半ば本気にそう言うと、エナは冗談だと思ったのか小さく笑いながら、菓子が盛られた皿をウルキの前に押し出した。


「お茶菓子もまだたくさんありますから、遠慮せずに食べて下さいね」


「やった! エナのお菓子は美味しいからいくらでも食べられちゃうよ」


 ウルキは宝の山に歓声を上げた。部屋に溢れる焼き菓子の甘い香りが、それまでの重い空気もかき消していくようだった。


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