第5話
夕暮れが街を飲み込む頃、団長から集合の声がかかった。
自分の部屋でバイオリンの音を調整していたウルキは、ゾーンの丸まった背中を追いかける。これから広場で音楽団のコンサートが始まるのだ。
廊下に集まった団員を前に、団長がこほんと大げさな咳をする。芝居がかった仕草に、忍び笑いが聞こえる。
団長は片目を開けてそれを窘めると、胸を逸らして決起の言葉を発した。
「諸君、我々は少人数だが一流の音楽団である! 音楽とは人生を豊かにするものだ。その喜びの前には、生まれも人種も性別も何一つ関係ない。お客さんを楽しませることはもちろんだが、お前達も全身全霊をもって楽しみなさい」
「よっ、カッコいいぜ親父!」
「痺れちゃうわね」
ゾーンとカナンの茶々に笑い声が上がる。しかし団長の言葉は、ウルキ達の胸にしっかりと届いている。
「まったく、お前達は少しは真面目にせんか! せっかくわしが空気を作ったというのに。いつもいつもぶち壊しおってからに!」
「まぁまぁ、おやっさんそう怒らずに。僕等らしくて、いいんじゃないかなぁ」
「そうだよ。ぴりぴりした空気じゃ、音も滑っちゃうしさ。このくらい緩い方が、バイオリンも滑らかに走り出すよ」
「そういうもんか?」
「気にしない気にしない。ほら、それよりも早く行こうよ。あれだけ宣伝したんだし、お客さんが待ってるかもよ?」
「それはいかんな。さぁ、行くぞ。わし等の晴れ舞台だ!」
気を逸らさせることに成功したようだ。すっかりやる気を戻した団長は、張り切って階段を下りて行く。
カナンの後をウルキとライジュンが続き、ゾーンが最後に並ぶ。ロビーを横切り、微笑む店員に愛想を振りまきながら外に出る。ここからが本番だ。
「用意はいいな? スリー、ツー、ワン!」
歩き出した団長が後ろ背中越しに指揮をする。上げられた右手に合わせて、ゾーンのフルートが始まる。高く高くどこまでも澄んだ音が生み出すのは、音楽団の代表曲【我が愛しのジューダ】だ。
ウルキはバイオリンを構えて、ゆっくり弦を引いた。フルートに音を重ねて絡めて競うように高め合う。
二つの音がぴったりと重なると、すっと息を吸って、カナンが高音を歌い上げる。
愛しき貴方は旅立った
戦火を駆ける友を連れ
忠誠心と愛だけを
胸に刻んで去っていく
歌声に惹かれるように道行く人が振り返っていく。そして音楽団の姿を見つけると驚いたように目を丸くする。
子供がはしゃぎながら母の手を引いて家から出てきた。ウルキはわくわくする心が求めるままに演奏に熱を込めていく。曲は中盤に差し掛かり、荒々しい戦場の激しさをライジュンがオーボエで表現していく。
愛しき貴方は戦場で
戦火を治める指揮を取り
心を殺して人を捨て
悪魔と呼ばれ敵を討つ
中盤が終わったタイミングで広場に入る。
お客さんの姿はまばらだが、追いかけてきてくれた人達が合流すれば百人弱にはなっていた。
オーボエとフルートの二十奏が終わり、バイオリンが独唱に入る。ウルキは音を震わせて、戦場の無情さと物哀しさを伝えていく。
そして終盤は再びフルートとオーボエが加わり三十奏となる。カンナが甘やかな色を見せて歌い上げる。
愛しき貴方が帰るのは
戦火の終わりが届く時
何時と聞かずに待っている
貴方の口付け夢に見て
最後の一音まで大事に弾き終わると、半円を描くお客さんから割れんばかりの拍手が向けられた。
ウルキ達は全員で一列に並んで深く礼をする。
顔を上げた時、人ごみの間にエナの姿を見つけた。彼女は頬を赤くして熱心に拍手してくれていた。その熱い目は強く輝いている。ウルキは嬉しくなって大きく笑う。
団長が一歩前に出ると、始まりの言葉を告げた。
「ようこそ、我等グラッツェ音楽団のコンサートへ! 時に甘く、時に情熱的に、また貴方様の涙を誘い、ついでに笑いも誘いまして、力の限り全力で演奏致します。ぜひ最後までお楽しみください!」
うやうやしく頭を下げる団長の言葉に笑いと歓声がさっそく聞こえた。
もうお客さんの心を掴んでいる。実は団長は以前大きな商売をしていたらしく、お客さんの対応はお手の物なのだ。それがどうして音楽団をやるに至ったかは謎だが、団長がいるからウルキ達は安心して演奏出来るのだ。
団長が振り返りさっと両手を上げた。腕が震われる瞬間、ウルキは音楽の渦に飛び込んだ。
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