第4-1話

 整備の行きとどいた街並みに、昼の日差しが照らす明るい清潔な露店。ゴミ一つ落ちていない道には、人々が楽しそうな顔で町を歩いている。


「良い町、だよなぁ」


 ウルキは露店を冷やかしながら、町並みを観察していた。

 少し前までゾーンと一緒にいたのだが、約束通りに菓子を買ってくれた後、行く場所があると言うので別れた。

 一人でいると宿を出る前のやりとりが思い出される。どうにも納得出来なくて、探るように見てしまう。

 

 しかし、どれだけ眺めてもウルキには少しも不審なところなど見つけられなかった。むしろ、せっかくの自由時間を無駄にしていることに気付くと、見つけてやろうという気も失せる。

 

 歩き続けて足も疲れてきた。ウルキはどこか座れる場所はないかと周りを見回した。すると目を向けた先で、髪の長い少女が荷物を落とした。布袋から野菜が路に飛び出して、ごろごろ広がる。


「大丈夫?」


 ウルキは慌てて駆け寄ると、転がったジャガイモを拾い集めた。

 そこでふと違和感を覚えて手を止める。周りに手伝おうとする人が誰もいないのだ。道行く人は足を止めることもなく、笑顔で通り過ぎていく。


「何だよ、冷たいな。少しくらい手伝ってくれてもいいのに」


 まるで二人がそこに存在しないかのような態度に腹が立ち、ウルキは手は止めずにボヤいた。


「すみません。ありがとうございます」


 近くで同じように腰を屈めながら野菜を拾っていた少女が話しかけてくる。

 ウルキは顔を上げると集めたジャガイモを差し出した。その時、初めて目が合う。ぱっちりした二重の奥で茶色の瞳が瞬く。


 素直そうな顔立ちをしている。年はウルキと同じくらいだろうか。白い花柄のワンピースが清潔感を感じさせた。


「これで全部だな。よければ家まで運ぶの手伝うよ?」


「えっ?」


 少女は口をぽかんと開けて、驚きを全開にしている。大きな反応を返されて、仁は困ってしまった。

 ちょっとした親切のつもりが、迷惑だったのかもしれない。


「この荷物じゃあ、また落とすかもしれないだろ? 君が嫌なら止めるけど……」


 言葉尻を濁して少女の反応を伺うと、少女は目をぱちくりさせて、慌てた様子で両手を前に出してぶんぶん横に振る。 


「嫌だなんてとんでもない! ありがとうございます。あの、わたしエナって言います。迷惑じゃなければ、頼んでもいいですか?」


「もちろん。オレはグラッツェ音楽団のウルキだよ。よろしくな」


ウルキはエナににっかりと笑いかけた。



 ****



 商店が立ち並ぶ道から少しはずれるど、民家の密集地があり、その一つ、煉瓦造りの一軒家がエナの家だった。


 荷物を玄関先に置いて帰ろうとしたウルキはエナに呼び止められた。


「ぜひ家に寄ってください。大したものはありませんけど、お礼がしたいんです」


 微笑む彼女にどぎまぎしながらも、ウルキはその熱意に押されるように頷いていた。


「座って楽にしててください。すぐにお茶の用意をしますね」


 エナが足早に奥へ消える。ウルキは勧められソファに腰を下ろしながら、部屋の中をくるりと見回す。


 玄関を入ってすぐがリビングで、ソファの前には足の短いテーブルと暖炉がついていた。

 この地方では冬になると雪が積もるらしい。ウルキの生まれ故郷はここより東にある大きな街で、気候が安定していた。そのため、家がなくとも外で眠ることができたのだ。


 もし、この町で生まれていたら、子供が一人で生き抜くのはさらに難しくなっていただろう。そうなれば、ジェルクに拾われて音楽団に入る未来もなかったかもしれない。

 ぞっとしない予想に、ウルキは密かに自分の幸運を思った。




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