第3話
門番に教えられた宿屋は、木製の二階建てだった。敷地内には厩舎があり、ウルキはその大きさに目を丸くする。
三十頭近く入りそうな厩舎は、旅途中に立ち寄った町の中でも一番広い。屋根の上には馬のシルエットを模した風見馬まであった。
ウルキ達が店の前に着くと、外を箒で掃いていた青年がウルキ達の恰好に驚くこともなく出迎えてくれた。そのまま馬車ごと馬を預けて、宿の中に通される。
「女将さん、新期のお客様がいらっしゃいましたよ」
青年の声を受けて、店の奥から頭に白髪の混じった女性が出てくる。年は四十代半ばくらいだろうか。痩せ型で、おっとりした雰囲気をしていた。
「いらっしゃいませ。団体様ですね。ご宿泊をお求めですか? それとも食堂をご利用ですか?」
代表者としてジョルクが前に出る。差し出された帳簿に名前を書きながら答えた。
「宿に五日ほど泊まりたい。彼女は一人部屋。わし等は一緒に入れる部屋があればそこにお願いしたい」
ゾーンが不満そうに靴で床を叩く。
「野郎に囲まれて寝るなんてぞっとするぜ。親父、たまには二つに分けてくれよ。ウルキ、お前はオレと相部屋な?」
肩に腕をまわされて、ウルキは口をとがらせる。
「えー? 皆一緒でいいじゃん。カードゲームするにも、カンナさんを呼ぶだけだから、皆を集める手間がはぶけるし、いいことだらけだよ?」
「これだからガキは。……菓子買ってやるから、黙ってオレの言うこと聞いとけ」
耳元にささやかれて、ウルキは目を瞬かせた。今月のお小遣いはもらったばかりでまだ余裕があるが、いつ欲しいものが見つかるかわからない。
「おやっさん。やっぱオレもたまには違う部屋で寝てみたい」
「なんじゃ、ウルキもか? うーむ。しかし、お前達だけで本当に大丈夫か?」
「よせよ親父。オレ達だってもう二十二と十六だぜ。テメェのケツくらいテメェで拭える」
「そりゃあそうかもしれんが……」
なにか気懸りなことでもあるのか、言葉を濁したジョルクは、カンナとライジュンになにやら目配せしている。
カンナが呆れたと言わんばかりの顔で腰に両手を当てて緩く首を振る
「団長、ゾーンは言い出したら聞かないわ。ここは折れておきましょ。それより荷物を早く片付けて、明日の計画を立てたいわ」
「僕もそれがいいと思うなぁ。お腹も空いたしね。あぁ、そうだ。女将さん、食堂で宣伝させてもらってもいいかな?」
「他のお客様の迷惑にならない程度でしたら、よろしいですよ」
快く頷いてくれた女将さんに、ジェイクは顔をほころばせる。
「ありがたい。では、シングルを一つとダブルを二つ、お願いしよう」
「はい、先に代金のお支払をお願いしますね。宿泊代が二万クルです。一階はこの奥が食堂、二階は宿泊施設になっております。ご用がありましたら、なんなりと声をおかけくださいませ」
ジェルクが代金を払うと、代わりに番号がついた鍵を三本渡される。
頭を下げる女将に手を振り、ウルキ達は右脇にある曲がり階段を上がっていく。
二階の廊下に出ると、左右に部屋が五つずつ並んでいた。
ドアには番号がそれぞれ振られており、鍵に目を落とすと、入口から一番近い部屋がウルキとゾーンの部屋。向かえがカンナ。隣がジョルクとライジュンになっていた。
「夕方までは自由行動としよう。だからと言って、あまり羽目を外しすぎんようにな。五つ鐘が鳴る頃には宿に戻ってくるんだぞ。食堂で何曲か演奏して明日の宣伝をするからの。それから──食事は各自に任せるが、部屋にキッチンがついとるはずだ。食堂は止めとけ」
ジェルクは周りに誰もいないことを確認すると、全員に顔を寄せるように手招きして一際声を潜めながらそう言った。
料理で頭を一杯にしていたウルキは、これには唖然と顔を崩す。
「えぇ? なんで? オレ凄く楽しみにしてたんだけど。門番さんがここのは美味しいって言ってたじゃん」
「お綺麗過ぎて胡散臭い町だとは思ってたが……やっぱりか」
嫌そうながらも納得した様子のゾーンに、ウルキはますます話についていけなくなる。
「え、ゾーンはわかったの? どういうこと?」
「綺麗に見えるものが、汚れてないとは限らねぇってことさ」
「さすがに君は悟るのが早いね。ウルキ、ここはね、けして優しい国なんかじゃないんだよ。僕等は二度目だから、それをよーく知ってる」
「そう。この国が見かけ通りだと思わないことね」
赤いルージュが引かれた唇が、毒々しくつり上げられる。真面目な光を宿す目が、不満の言葉を飲みこませた。
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