第2-2話
にこにこ笑っていた門番は、木版を一瞥して許可を出すと、しげしげと首を伸ばして、後列を眺める。
「うん、問題なさそうだ。それにしても、随分と大きな荷物を載せているようですが、商売が目的ですかな?」
「いえいえ、わし等はしがない音楽団ですよ。荷物は楽器と衣装でして。何しろ四季の衣装がありますので、かさ張りましてこのように。五年ほど前にもここ、ザナ国には立ち寄らせてもらいましたよ。いや、懐かしい」
「そうでしたか。ご存じかもしれませんが、我が国では犯罪は一切ありません。人々は笑顔が絶えない生活をしていますよ。大変過ごしやすい国です」
「おぉ、相変わらず素晴らしい国のようですな。ついでにお聞きしたいのですが、わし等みたいな者でも、手軽に泊まれそうな宿屋と演奏出来る広場などはありますでしょうか? 何しろ記憶が五年ほど前のものですからな、恥ずかしながら宿屋までは覚えておりませんもので」
「ええ、ありますよ。この先を真っ直ぐに進んで、十字路が噴水広場になってましてね。そこを左に曲がるとある、黄色い屋根が宿屋ですよ。料理も上手いし、この辺では一押しですね」
美味しい料理と聞いては黙っていられない。ウルキはカーテンの隙間からひょっこりと顔を出した。
門番と目が合う。相手の視線がずれたことに気付いた団長が背後を振り返り、ウルキは隠れる間もなく見つかってしまった。
「これっ、ウルキ!」
「怒んないでよ、おやっさん。ねぇ、門番さん。上手い料理があるってほんと? どの料理が一番上手いの? 甘いの? すっぱいの? それとも辛いのかな?」
想像するだけでわくわくする。ウルキは目を輝かせると、ジョルクの右側に腰をおろす。団長はすっかりしょっぱい顔だ。
後ろで皮肉な忍び笑いがして、カーテンを開いてゾーンが身を乗り出す。
「さっそく見つかったか。親父、もう全員出ちまおうぜ。ここで宣伝すりゃあ、ちょったあ、お客さんが増えるかもしれないだろ?」
「うーむ。……一理あるか。仕方あるまい。全員降りるんじゃ。ウルキ、お前は勝手な行動をした罰として、宿屋に着くまでバイオリンを弾け。他の者はばっちり宣伝を頼むぞ」
団長の一声に、ウルキはバイオリンを手に御者台から飛び降りた。門番の前で華麗な着地を決めて、にししと笑う。
ゾーン達が馬車の横の扉を開いて降りてくると、周囲からざわめきが起こった。列に並んでいた人々は、風変りな集団の出現に、ちらちらと様子をうかがっている。
ウルキはそんな人々ににっかり笑いかけて、高らかにバイオリンの音を響かせた。そうして、大仰な仕草で弓を空に突き立てる。
「さぁさぁ、皆様お立会! 我等グラッツェ音楽団、長旅を得ましてこの町に一音響かせようと参ったしだい。今宵広場より演奏が聞こえて来ましたものならば、どうぞお立ち寄りくださいますようお願い申し上げます!」
言い慣れた口上を述べて、全員並んで一例すると、小さな拍手が起こる。ウルキは笑顔を振りまきながら、軽やかな曲を弾きつつ、馬車の前を歩き出す。門番に軽く頭を下げて、門を抜ける。
目の前に左右に並ぶ商店が待ち受けていた。ウルキのバイオリンの音色に引かれたのだろう、店先にいるお客さんが笑顔でこちらを見ている。
後ろに続く団員が、そんな人々に声をかけていく。
「そこのお嬢さん。友達を誘って夜になったら広場においで。あんたの為にサービスするぜ? 気に入ってくれたら、お代もたんと頼むよ」
いつもより少し丁寧な口調のゾーンが愛想を振り撒けば、負けじとカンナが色気たっぷりに誘いをかける。
「あら、凛々しい旦那様。ねぇ、私の歌を聞きに広場までいらして下さいな」
ライジュンは大げさな言い回しはせずにほのぼのと一言。
「楽しい時間を約束しますよ。演奏会ではリクエストも受けとりますので、ぜひお越しください」
中央を練り歩くウルキ達を邪魔者扱いせずに、にこにこと微笑む町人。
ウルキはなんて良い町だろうと思いながら、バイオリンを演奏する腕にいっそう熱を込めた。
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