第2-1話
死屍累々。普通の馬車と違い、腰かける場所もなく、床が平らの馬車の中では、過激な目覚ましを受けた団員達がごろごろと転がっている。
「あれ? ちょっとやり過ぎたかな」
ウルキはバイオリンを肩からおろすと、眉をしんなりと下げる。床力尽きていた団員達がゾンビのようにズルズルと動き出す。
「……ちょっとじゃないわよ」
「くっそ、耳痛てぇ。お前なぁ、オレ達を殺す気か?」
「あはは、強烈な目覚ましだなぁ」
赤髪を振り乱したドレス姿の美女が恨めしそうに睨めば、その隣で長袖上着にベストを重ね着ている青年が煩わしそうに顔を顰めた。白い上着の胸元に過剰なほどフリルをつけた大男は、人の良さそうな顔に困った笑みを乗せて、耳を押さえていた。
この三人はウルキが入団したグラッツエ音楽団の先輩団員だ。
美女であるカンナは、三十一歳と団員の中で一番の古株であり、素晴らしい美声の持ち主だ。その歌声で、とある国の王族から求婚されたこともあるという。
二番目に古株なのは大男のライジュンだ。厳つい輪郭とは裏腹の穏やかな細い目。金に近い茶色の髪は後ろに緩く流している。外見だけならカンナより年上に見えるが、実際は二十九歳らしい。人の良さでは団員一で、オーボエの奏者だ。よく周りからからかわれているが、のんびり笑っていることが多い。
三人目は、猫背の青年、ゾーン。灰色の髪を左を長く、右を短くしている。酒と賭けごとを好み、目付きの悪さもあるせいで粗野な印象を与えるが、フルートの腕は一流だ。
ウルキは音楽団長のジェイクに拾ってもらった孤児だ。
元は小貴族の出だったが、三年前に母が病で亡くなり、その生活は激変する。強欲な父親が金を湯水のように使うようになったのだ。
それまでストッパーになっていた母が居なくなり、箍が外れてしまったのかもしれない。屋敷で開かれる盛大なパーティは、父の虚栄心を満たしていたようだが、幾度となくつき合わされるウルキの心は次第に枯渇していった。
上等な食事と宝石の数々を身に着けた父親を見るのに嫌気が差し、幾度となく元の父に戻ってほしいと願い出た。しかし、父はそんなウルキを厭い、親子の間に生まれた溝を深くしていった。そしてある日、ウルキは母の形見のバイオリンと一緒に屋敷を追い出されてしまったのだ。
ウルキには頼るあてもなく、その日から一人で生き抜かなければいけなくなったのだ。
食べるのには苦労したが、形見のバイオリンが随分と助けてくれた。日雇いの簡単な仕事とバイオリンを弾いて小遣いを稼いで食いつないできたのだ。
「あのビールっ腹親父の命令か?」
床に胡坐をかいたゾーンが、やさぐれた顔をする。
「ごめん。団長命令には逆らえないからね。恨むならオレじゃなくて団長を恨んでよ」
実際はノリノリだったことを誤魔化して、ウルキはいかにも申し訳なさそうに弦を持った手で頭を掻いて見せる。仲間内の絆を断たないためにも、ここは団長に尊い犠牲者になってもらおう。うん、それがいい。
馬車の震動が唐突に止まる。
「あら、町についたのかしら?」
カンナがドレスの裾を慌てて直しながら立ち上がった。ライジュンがさり気なくその手伝いをしてあげているのを横目に見ながら、ウルキは弾む気持ちを抑えられずにいた。
そわそわしていると、ゾーンがあぐらの上で頬添えをついて、意地悪く口を歪ませた。
「そんなに外が気になるのか? 親父が呼ぶまで待ってろよ」
「覗くくらいならいいよな?」
「親父に怒られても知らねぇぞ」
「ちょっとだけだって」
誘惑に負けて、カーテンの隙間からこっそり外の様子を伺う。
石作りの城門には門番が左右に二人ずつ立ち、来訪者の入国をチェックしているようだった。周囲の視線を一身に浴びているのは我らが団長だ。まるで夜会でも出そうな服装が原因だろう。
ウルキ達も一般人からかなり浮いた格好をしているが、けしてそれを普段着としているわけではない。派手な服装は客集めが目的だ。音楽団は目立ってなんぼなのである。
それほど待たされずに通行所の提示を求められて、団長が懐から木版を取り出している。
ジーンズやスカートが主流の国が多いので、派手な服装に驚かれることがよくあるのだが、対応した門番は愛想良く対応してくれていた。
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