グラッツェ音楽団──戦火の友──

天川 七

第1話

 森を左側に、湖をぐるり半周する形で続く細道。その幅いっぱいを陣取って、のんびり進む小山が二つあった。

 後列には大小様々なトランクが山のように積まれおり、ロープでぐるぐる巻きにされたそれは前列の馬車にと繋がっていた。


 前列には体格のいい二頭の馬。御者台に座る恰幅のいい男がその手綱を掴んでいる。樽のような胴体に、口元に生えたちょび鬚、場違いにも蝶ネクタイに燕尾服を身につけている。随分遠くから来たのだろうか。その黒い服とシルクハットは砂埃を被り白く汚れつつあった。


 のどかな天気と、緑の濃い匂いにうつらうつらとしてきたのだろう。男は眠そうに目を瞬かせると、首を背後に巡らせてどら声を張り上げた。


「眠くて構わん! おーいっ、おまえ等起きとるかぁ? このままじゃ、湖に突っ込みそうだ。眠気覚ましに一曲聞かせてくれ!」


 男の背後で赤いカーテンが波打つと、ひょっこりと少年が顔を出した。小麦色の良く焼けた肌に茶色の髪。短パンをサスペンダーで吊った少年はにししと笑う。


「おやっさん、起きてるのオレだけだよ。みーんな暇すぎて寝ちまった」


「ウルキ、団長と呼ばんか。まったく、なんて奴等だ。わしが一人寂しく御者の真似ごとをしとるってのに、呑気にもほどがあるぞ」


「それはほら、おやっさんがポーカーで負けたから」


「くぅ! なんじゃいお前まで。わしの味方はおらんのか。よーし、こうなったら全員道連れだ。わしが許す。とびっきりの騒音で叩き起こしてやれ!」


「そうこなくっちゃね!」


 少年─ウルキは弾むような口調で返事をして顔を引っ込めた。それから間をおかず、板を爪でひっかいたような音がして、阿鼻叫喚な悲鳴が聞こえてきた。


 悲鳴を背に、男は野太い笑い声を上げる。


「全員飛び起きたな! お? ありゃあ次の町か。タイミングのいいこった」

 

馬車の進む先に、石を積み立てた巨大な城門が見えてきていた。


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