第3話 老狩人

「弟が生まれるの?」

結衣姫は、目を輝かせて言った。父は、結衣姫を撫でながら「ああ」と言った。その日から、食卓にもう1つの椅子が用意された。結衣姫が用意した。

 母は、寝室に籠もっていた。父は時折、寝室に入って母を看ていたが、結衣姫は寝室に入れてもらえなかった。

 結衣姫は、昔与えられたおもちゃを探して、学校の教材を押し入れから引っ張り出して、準備に大忙しだった。結衣姫にとっては、家族が幸せの全てだったから、その幸せが増えると考えたら、いてもたってもいられなかった。弟のために自分はなにができるだろう。

 しかし、結衣姫はたまに父が暗い顔を見せることにも気づいていた。でも、見ていないふりをした。きっと、父なりに疲れることもあるのだろう。


 弟は、生まれなかった。なぜ? と聞いても、父は曖昧な返事をかえすばかり。母はしばらく養生した後、無事、いつも通りの母に戻った。なぜ、弟が生まれなかったのかは、聞けなかった。母の背中が、聞くなと語っていた。結衣姫は食卓の椅子を1つ、片付けた。




 ふらふらと奈落を歩いていると、車椅子に乗った老人が視界に入った。

 老人は、虚ろに、空を眺めていた。奈落の空は赤く、黒く、暗い。天界から哀れみのように光が差し込んでいるのだ。その光は、死者を火葬する火の光。

「お嬢ちゃん。天界の人だね」

老人が呟いた。老人と結衣姫は、10メートルほど離れていた。しわがれ声だが、ハッキリと聞こえた。結衣姫は不思議に思いながら、小さく「……はい」と返すが、その声は小さく、老人には聞こえていないだろう。

 老人は、車椅子をカラカラと鳴らしながら、こちらへと近づいてくる。車椅子の背もたれには、いくつかの銃が掛けてあった。散弾銃、短銃、銃剣…。どれも古びて、錆びている。

「私は、かつて天界で狩人をやっていてね」

老人はボソボソと呟く。だが、やはり不思議とハッキリ聞こえる。

「ふとした間違いで人を殺めてしまった。気づいたら、ここにいたのさ」

老人は、背中に……手を回す。

「同じ天界にいたモノ同士のよしみ。1つ、良いことを教えてやろう」

「奈落から出るためには、天使と認められなければならない」

「天使とはすなわち、悪を狩るモノだ」

「悪とはすなわち、奈落にいるモノだ」

「だから私たちは、永遠に狩りを続けるのだろうねえ」

轟音がなった。老人が、散弾銃を発砲したのだ。

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