第4話 老狩人戦

 一陣の風が、凪いだ。

 それは、結衣姫が奈落の底で出会った、醜い亡者だった。 

「我が名は……ノエル」

散弾銃を身に浴びたのは、亡者ノエルだった。銃弾はノエルの内臓によって、その速度を失った。

「……!!」

結衣姫は、突如起こった出来事に驚いたが、声はあがらなかった。

「……お前さんも、天界の子か」

お前さんも、というのは明らかにノエルのことを指していた。

「捨て子どもめ」

憎々しく吐き捨てる老人。老人は、ゆっくりと車椅子から立ち上がる。散弾銃は、ガシャリと音を立てて変形し、杖になった。杖をつき、車椅子から老人が離れると、車椅子は機械的な音を発した。ガシャン、ガシャン、と瞬く間に人型の機械へと変わっていく。背もたれはそのまま背に。椅子と足かけ部分が足になり、車輪2つは腕となった。車輪の輪が外れ、1本の鞭のように伸びる。背にはいくつもの銃を背負っており……椅子は、短銃を手に取り…撃つ!!!!

 弾丸はノエルの額に直撃した。銃を持っていない腕で椅子はノエルを掴み、首を絞める。もう片方の腕で持った銃で何度も何度も、何度もノエルを撃つ!! 血しぶきが舞うように吹き出す。

「……や、やめて……」

結衣姫は己の無力を感じながら、力なく叫ぶ。

 カチャリ。結衣姫に銃を向けたのは老人だった。散弾銃。老人は杖をつきながらも、素早く結衣姫へと間合いをつめていく。

 結衣姫が絶望を感じたその時。

「逃げ…て!!」

ノエルが叫んだ。見ると、ノエルの頭の鼻から上半分は既に肉片として消し飛んでいた。それでも、椅子はノエルの全身の細胞を銃弾で書きかえてしまうがごとく、ノエルを撃つ。

 しかし、今、椅子はノエルをいたぶるのに夢中だが、いつなにをするかわからない。ノエルを撃つのをやめて、結衣姫に銃を向けることもできるし、車輪が1本に伸びた腕は、かなり長い。しかし、長い腕に持っているのは長い銃身の狩猟銃。つまり、懐に入り込めば入り込むほど、狙いづらくなるだろう。

 一方、老人は杖をつきながらの移動で、速度は遅いものの、散弾銃は至近距離であると、多少の誤差があっても確実に銃弾を浴びてしまう。

 ならば。

 結衣姫は、椅子に向かって走り出す。椅子は、伸びた車輪…銃を持つ腕で、結衣姫を薙ぎ払う。結衣姫はその動きに合わせて、跳躍する。

「これでも、運動会で1位だったんだから…」

絶望に暮れていた結衣姫が、少しずつ過去の記憶を思い出す。今まで、自分がどう生きてきたのか。なにができるのか。

 すると、ノエルがその隙を見て、つるぎを構え、左の車輪を断ち切る。ノエルの傷がだんだんと修復される。まるで、細胞が再生するのを早送りで見ているかのように! 眼球、まぶた、まつげ、額、そして頭。それは人間のものとは思えないほど醜い、焼けただれ、腐ったものだったが…再生されていく。

 つるぎで、もう一方の車輪を切るノエル。無駄な動きは一切ない。結衣姫は、椅子の背後に回って、そこから短銃を引き抜く。老人に向かって構え、威嚇する。

「……どこかに、行って」

 老人は、にやりと笑った。

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