第27話 別れの時
【前回までのあらすじ】
サウンド担当さんがやって来た! シナリオも終わりが見えたし、何も問題ない状態。と思いきや、自分が職場で倒れた。
【別れの時】
そこは病室でした。自分はベッドに横にされて点滴を打っていた為、身動きが取れません。
この状況になる事は、身に覚えがありました。いつかこの病気が来る事は、分かっていたのです。かつて自分の兄もこの病気にやられました。遺伝的な体質も関係すると言われていたので、自分もいずれ同じ道を辿る事は覚悟していたのです。
看護士さんからは、状況が落ち着いたらCTを撮るとだけ伝えられました。そこで、その前に許可をもらい、スマホを使わせて貰う事にしたのです。
スマホからskypeにログインすると、あすかさんがオンライン状態でした。きっと今も、頑張ってシナリオを書いているのでしょう。そう思い、自分はすぐにメッセージを投げました。
「病院からなんだけど、すまん。もしかしたら、もう戻れないかもしれん」
「病院?どうしたの?」
「俺が1週間経っても姿を現さなかったら、残りの部分を頼むよ。ごめん、最後まで書けてなくて」
「やだよー、それより早く戻って来てね」
あすかさんの反応は当然です。終わりが見えているとはいえ、まだ自分のシナリオも途中なのです。他の作業まで担当したいとは思わないでしょう。ですが、それでも……自分がサークルに戻るのを待ってはいけない、そう思いました。
「それはダメだよ。で、自分が戻らなかった時は、すぐに俺をサークルから除名して欲しいんだ」
「なんで!?」
突然の話に、あすかさんが少し戸惑っているのが感じられました。ですが自分は、構わずに話を続けます。
「その時は、あすかさんがオーナーになるしかないと思う」
「どうしてそうなるの? 別にいいよ、待ってるよ!」
「いや、待つのはダメだよ。今このタイミングで動きを止めるのはデメリットが大き過ぎるから」
ゴールは見えているのです。ここで立ち止まるのは、あまりにも負の影響が大きすぎると思いました。ここまで、実に1年以上かかっているのです。そして、サークルの皆には何度も延期を経験させてしまいました。そして、やっとリリース目前という今の状態まで来たのです。今ここで停滞して、みんなの心が折れてしまったら……?
それに、自分が戻れるとは限らないのです。そのせいで開発が停滞してダメになってしまったら、それまで皆がしてきた作業は何だったのでしょうか。皆の時間と思いを無駄には出来ません。それだけは回避しなければならないのです。
「今のタイミングは、もう走り抜けるしかないよ。動けない人間を待ったらキリが無いから、俺の事は待たないで欲しい」
それは、自分が日頃から皆に言っていた事でした。「ステージから降りた人間をアテにするな」という事です。一度座ったら、立ち上がるには倍の力が必要になります。過去に「少し休みを貰います」といって場を離れた人のうち、実際には何人が戻って来てくれたでしょうか?
誰一人として戻らなかった
その事は、あすかさんも十分に理解しているはずです。今こそ、その経験を生かして、ここで冷静な判断をして欲しいと思いました。相手がオーナーであっても、特別扱いをしてはいけないのです。
「でもオーナーは大丈夫でしょ? 戻って来るんだから問題ないよ!」
「それを1週間で判断して欲しいって事さ」
もし、二度と戻らない人間の名前がサークル上に残っていて、しかもそれがオーナーだとしたら。それは確実に組織開発上の不整合、デメリットになります。開発には実質的な責任者が必要なのです。いたずらに「責任者不在の期間」を作ってはいけません。それに、自分の名前が残っていたら、新しいオーナーにとっては邪魔になります。
「大丈夫、俺がいなくても心配ないよ。あとは立ち止まらずに進めれば、必ず完成するからさ」
これは気休めではなく本当の事でした。その事は、あすかさんも実感できているはずです。ですが、あすかさんは思わぬ言葉を口にしました。
「そんな事を言ってるんじゃないよ。開発なんて、どうでもいいよ……」
夢が叶って嬉しい
あすかさんは、そう言っていたはずです。なのに突然「どうでもいい」と言ったのです。
「もういいよ、そこまでしないとダメなら、開発なんてダメになっていいよ!」
自分が想像さえしていなかった言葉に、思わず目を疑いました。ですが思い直して、すぐに諭します。
「今のは聞かなかった事にする。そういう事は二度と口にしたらダメだよ」
「でもオーナーを除名するなんて嫌だよ。それに自分が、人を動かすのも無理だよ……」
たしかに、いきなりこんな話をされたら、誰でも慌てるとは思います。ですが、この件はあすかさんにしか頼めないと思いました。自分にはその根拠があったのです。
「心配ないさ。今いるメンバーの中で、人を動かした実績があるのは、あすかさんだけだから」
「そんな経験ないよ」
「いや。こうして、俺を動かしたじゃないか」
「え……?」
自分は希望して、この開発の場に来たわけではありません。思い返せば、自分を動かしたのは紛れもなくあすかさんだったのです。
自分は元々、こちらの世界に存在する事がなかったであろう人間です。病気がきっかけとはいえ、その場から立ち去る事になるならば……自分としては、ただそれだけの事なのです。問題ありません。
きっと上手く行くはずです。あのチームならば、もう自分がいなくても完成まで辿り着けるでしょう。ただし、このまま立ち止まらずに走り抜ける必要があります。ここで無駄なリスクを背負って欲しくないと思いました。
「わかったよ。でも、オラ待ってるから。みんなだって、ずっとずっと待ってるよ……」
その言葉に自分は、何も返信できませんでした。それまで自分は、誰にどんな言葉を言われた場合にも、全てに対して必ず理論で返して来ました。でもその時、自分は初めて逃げたのです。何も答えないままにskypeを閉じました。
待ってるよ
そんな、何ら特別ではないたった一言に、自分は言い負かされたのです。それは自分にとって、理屈を越えた言葉にさえ思えました。
「悪くない言葉だな」と、そう素直に感じました。でも、どうする事も出来ません。分かっていたのです、もう自分があの場に戻れる事はないであろう事が……。
それまで、仕事とサークルの両方の場で開発を並行する為に、かなりの睡眠時間を削る事になりました。それは少しずつ、でも確実に病気の進行を早める事になったのです。自分はもう若くありませんし、自分の想定よりも病気の進行が少し早かっただけの事です。
自分が担当した2つ目のルート、そのシナリオは未完でしたが、心配はありませんでした。あすかさんが書いてくれるはずです。どんな結末にする予定だったのかは、何ひとつ伝えていませんでしたが……。
「自分が書こうとしていた、ヒロインの未来」
あすかさんなら、きっと自分と同じ結末を思い描き、最後まで書いてくれる。そう思えました。だから何も心配はいりません。
自分はその夜、夢を見ました。それは、何も特別ではない光景です。何も変わらず、ただ普通に開発をしているだけのつまらない夢です。PCに向かうだけの、さえない自分の姿が見えました。ですが……もしかしたら、そこは自分にとって大切な場所だったのかもしれません。
それが、長い闘病生活の始まりでした。
【座薬とシナリオと】
なワケねえよなぁ~! みたいな(゚ε゚ )hahaha
いやあの、ノリでスラスラと書けちゃって、無駄に長くなっちゃった、みたいな……すみません。(゚ε゚;
で。
あすかさんとのやり取り部分はかなり話を盛りましたが、全般的にウソではないです。自分は「職場で激痛で倒れて病院行き」そして「長い闘病生活」という状態になったのです。恐ろしい病、その病名は……!
尿路結石
おい、ただの石かよ! そう思われるかもしれませんが、コイツはかなりヤバイです。マジでヤバイ超ヤバイ。命には別状ないものの、痛みにより失神する人さえいるとも言われています。言うなれば、死なないけれどすごく痛い病気です。自分の場合は1日2回程度、発作的に猛烈な痛みに襲われました。これはもう、はっきりいって……!
シナリオどころじゃねえ!(゚ε゚;
普段も「何となく痛いような気がする?」という状態。通常時は動けないワケではないのですが、何事にも集中できない感じです。ちなみに痛い時は、大袈裟でなく、それまでの人生で初めて経験するレベルの痛さでした。しかも石が自然排出されるまでには、実に半年間もかかったのです。その間、痛みを日々、薬で凌いでいました。どうしようもない時は、もはや座薬に頼るしかありません。
丹下「って状況で、もうね……」
あすか「え~座薬使ってるの? やだな~」
好きで使ってるんじゃねえよ(^ε^ )
完成まであと少しです。ここで停滞する事は、絶対に避けなければなりません。皆も作業しているのです。自分も痛みを騙し騙しで作業を続けました。
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