第26話 サウンド担当

【前回までのあらすじ】


 天国のおばあちゃんに自分の勇姿をアピールした。



【サウンド担当】


 開発が進む中で、置き去りにされていた部分があります。サウンド担当の件です。


 サウンド担当という存在は、都市伝説かもしれない。そう思えるくらい、全く担当希望者が現れない時期が続きました。既にBGMやSEはフリー素材を使わせて頂く事が決定済みでしたが、それで全てが解決とはいかないのです。


 例えば、ボイスコさんがUPしてくれた音声データ。これをノイズ除去したり、セリフ単位で切り出したり、ボリュームや音質を調整したり、更には回想シーンなどのエフェクトをかけたり……これらはボイスコさんではなく、当然サークル側が担当すべき作業です。


 これが、なかなかに時間がかかりました。膨大なセリフ数の上に、当時の自分には「音に関するノウハウ」が全くなかったのです。


 このままだと、

 わし死ぬかもしれん(^ε^ )


 ですが、どうする事も出来ません。誰も来てくれないですし、仕方のない事です。もはやサウンド担当を募集していた事さえも、大袈裟でなく「忘れ去っていた」ほどです。


 そんな時に「少女春文」さんが来てくれました。


 その当初、実際に話してみて驚いたのは「とても若い」という事。それと、ゆっくり優しく話す声が、少々不安にも感じました。何故ならば……。


 なんか普通な人だ (゚ε゚;


 サークルの皆、特にグラフィッカ陣は、普段は優しいしオモシロキャラクターです。が、要所ではかなりハッキリと物事を言う人たちでもあります。その方面の仕事をしている事もあってか、時にはバッサリかつドライだったりもするのです。


 土足で踏み込んでくる(^ε^ )


 まさにそんな感じです。これが悪いとは思いませんし、むしろ組織開発としては、常にそうであって欲しいと自分は願っています。とはいえ、あまりにも気弱な人だと思わず引いてしまうのではないか? そんな考えが自分の頭をよぎりました。


 ですが、少女春文さんは自分の主張をしっかりと持っていて、音に対する主張はハッキリと口にしてくれる人だったのです。その為、思いのほか場に馴染んでくれるのが早かった様に思います。感覚的な部分で、サークルの皆と近い部分があったのかもしれません。


 さて、サウンド担当という事でして、サンプルの曲を聞かせて頂きました。そこで自分が思った事は……!


 今って、こういう時代なの?(゚ε゚;


 想定外のクオリティに驚きました。もしも半年早く出逢えていたら、間違いなくBGMの全てをお任せしていたと思います。ですがタイミング的な問題もあって、この時は曲を頼めませんでした。リリースするまでの期間で全てのBGMを用意するのは、さすがに現実的ではなかったからです。


 その為、その当時にお願いしたのは不足分のSEなど、どうしても地味な作業ばかりという事に。何とも申し訳ない事になってしまいました。彼女はやがて、ボイスの切り出しや調整作業などの大変な部分まで担当してくれて、開発は一気に加速します。


 当時のサークルにとって、音関連は完全に弱点となっていました。少女春文さんは「突然に現れた救世主」と言っても大袈裟ではありません。自分も音関係の作業をしつつ、アドバイスを貰う事が多かったです。もし自分ひとりで全てを処理していたら、数ヶ月単位でリリースがズレ込んだ可能性があったと思います。


 そんな状況でしたが、本来であれば「サウンド担当」として曲をお願いするのがスジだと思うのです。この時に決意しました、「もしも次に何かを開発する時があれば、サウンドの全てをお任せたい」と……!


 ていうか、それ以前に今の開発が

 危うい状況だけどネ(゚ε゚;



【静かな開発】


 着々と進む開発。いつの頃からでしょうか、サークル内は安定した状態になっていました。そこで思ったのは「場の皆の意識が非常に近い」という事です。


 例えば開発ルールについて言えば、自分としては「ドライすぎる」と指摘される覚悟をしていたのです。が、むしろ「気軽でいい」と言ってもらえる事さえありました。そして気が付けば、トラブルは発生しなくなっていたのです。


 ただし、それは「開発ルールが巧妙だったから」という事ではありません。結局は「人」でしかないのだと思います。これは、誰が正しいとか間違えているとか、そういう話ではありません。


 人それぞれ、バックボーンというか、経験や考え方が違います。ですが、そういった部分を飛び越えて、相手を信頼できる強さを各自が持っている事。それが一番大切なのかもしれません。「なんだか自分は今、すごくイイ事を言っている気がするので、後でドヤ顔で日記に書いておこう」そう思いました。


 あすか「平和すぎて物足りないな~」


 不吉なコト言うな(^ε^ )


 自分はボイスコさん達と連絡を取り合いつつ、プログラムを修正しました。ボイス用にサウンドバッファを追加したり、小さな不具合を修正したり。シナリオも進めていましたが、この時点で、もはや自分の担当ルートについては心配ない状態まで進んでいました。終わりは見えています。



【最後のルート】


 あすかさんの方はといえば、担当していたシナリオについて終わりが見えていました。苦しみながらも書き続けて、ついに完遂しようとしていたのです。これは凄い事だと自分は思います。


 あすかさんは純粋なグラフィッカなのです。そして過去に、目の前で多くのシナリオ担当が挫折し、投げ出して来た。その様子を何度も見てきたはずです。なのに、自らシナリオを引き受ける事を名乗り出て、しかも完遂させようというのですから。


 そこには、魂とも言うべき何かがある様にさえ感じました。ここまで来たなら、最後までやりきって欲しい。あと少し頑張れば、きっと終わるはずです。そう思いつつ、自分はあすかさんのシナリオを読んでみました。


 飛び込んできたのは、子犬がヒロインの股間に顔を埋めてハフハフしているシーンでした。


 これは!? あがががが……(゚ε゚;


 一体どんなシチュエーションなのでしょうか。どうして、こうなった……? いや、ですが構いません。話全体を読めば、相応に起伏もあり、悪くないと感じました。なので、サラリと文章的な部分をチェックする事にしました。


「○○牛のトンカツ」牛なのに、トンカツ……(゚ε゚;

「高値の鼻」ワザと間違えてる?そうなの?(^ε^ )


 あすか「読んでみた? どうかな?」


 どうもこうもねえよ(^ε^ )


 とはいえ、それらは想定内でした。脚本的には実装できる水準になっていると確信したのです。文章表現や誤字については、後で自分が全てチェック・修正するという約束になっていました。つまり、話全体として矛盾なく読める内容であれば、細かい部分は問題ではないのです。むしろ自分がチェック役という点が危険な気もしますが。


【理想郷】


 開発は進みました。サークルとして初めて開発するのが大規模なノベルゲーム、しかも女性キャラ全員をフルボイスにするという無謀な試み。ですが今度こそ本当に、不安要素は見当たりません。


 自分の方は、シナリオは順調に進んでいます。あすかさんのシナリオも、苦心しつつも立ち止まらずに進んでいました。シナリオが完成したら、ボイスコさん達がUPしてくれたデータを実装すればいいだけです。


 あとはただ、完成させればいい。


 かつて、過去の自分が望んでいた組織開発の姿が、そこにはありました。やりたい人が、自ら望んで、自分の責任で。そして、自分のペースで開発を楽しむ場所です。


 ですがこの場所は、自分が作り出したワケではありません。みんなが集まって、少しずつ自分の時間を出し合って、そんな努力の上に築かれた場所です。忙しいけれど静かな時の中で、時おり皆で雑談をしながら作業を進めました。


 あすか「オラ、ずっと心残りだったし、夢だったよ。途中で辞めちゃったから……」


 かつて学生の頃に、その方面の学校に行っていた。あすかさんは、そう自分に話してくれました。ですがワケあって、志し半ばで辞める事になった。そんな事を、少し照れくさそうに言うのです。


 あすか「だから、すごく嬉しいよ。こうして夢が叶って……」

 丹下「終わりが見えてきたなぁ」


 たかが趣味のゲーム開発で「夢が叶った」とは、随分と大袈裟な物言いだと思いました。でも、そんな一言で自分が救われた気がしたのも事実です。


 その頃の自分は「ただ作って完成すればいい」という感覚では無くなっていました。その少し先、とでも言えばいいのでしょうか。この場で頑張っている皆に報いるには、ただ完成して「お疲れ様でした」では足りないと思い始めていたのです。何かしらの成果を挙げて、報告できる形にしたい……などと、ちょっと気負っていた時期でもあります。


 何も問題なく静かな時間でした。ですが、自分個人として気になる事が出てきた頃です。


 丹下「!! また来たか……」


 日常生活の中で、時々、腹部に走る痛み。それは鋭く差し込む様でいて、でもしばらく耐えれば、何事も無かったかの様におさまるのです。そのため、騙し騙しで過ごしていました。


 もうすぐ開発も終わります。全てが終わったら病院へ行こう、そう思って過ごしていました。ですが、ある時……自分は激痛に襲われて、職場で倒れたのです。

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