第16話 生命散って

【前回までのあらすじ】


 サークルに謎のグラフィッカー「くみろい」がやって来た。実はかなりエロい人だった。



【生命散って】


 混乱の中で、色々な事がありました。ある時に受けた個別チャットでは……。


 自分は「くみろい」さんの様にはできません!


 突然の事に、すぐには言葉の意味が理解できませんでした。それまで自分は、グラフィッカ同士を比較した事など一度もありません。元々、各自の水準が大きく異なる事は周知の事でした。それに各自がそれぞれ別キャラを担当しているワケで、あえて比較する必然性もないのです。


 ですが、その後も似たような話を何件か受け取る事になりました。内容はおおよそ同じで「あの基準と比べられても困ります」という内容です。ですが、そう言われても自分にはどうする事も出来ません。「気にしないで大丈夫だから」としか言い様がないのです。


 中には「必要になったら呼んで下さい」と言って、そのまま姿を現さなくなった人もいました。でも、それは発想が逆なのです。無償作業の場ですから、去った人にサークル側から声をかける事はしませんし、出来ません。「自ら作業をしたい」という魅力を感じないのであれば、そんな場所で「無償作業」をするべきではないのです。


 こうして「場」に担当者がいなくなった場合、その人から「データはぜひ使って下さいね!」と善意で言われても、現実には使えない場合がほとんどです。なぜなら、その人が残していったデータは「誰もメンテナンスが出来ない」為です。


誰かに代筆を頼むという手もありますが、余程水準の高いグラフィックでない限りは「自分が全て新しく描きたい」と言われる事の方が多いという状況でした。

※上の話とは全く別な話ですが、一般論としてはどの類のデータであっても「メンテナンスが不可能」な時点で、その価値は一気に低くなってしまうものです。


当時はまだシナリオが進行途中である為、シーンが追加される事もあります。となれば、それに付随してキャラクタ画像も増える可能性がある。なのに追加や修正が一切出来ない状況となれば、そのキャラを実装するのは非常に難しくなってしまうのです。結果としては、新キャラを立てる事になりました。


 こうして、月末の「継続メール」はどんどん減っていく事になります。結果として、グラフィッカ総数の実に7割が消滅する事になりました。ですがこの時、自分としては不思議と落胆はせず、困惑する事もありませんでした。これは不謹慎な物言いかもしれませんが……。


 少し肩の荷が下りた


 これが紛れもない本心でした。なぜならその時に、自分の中で改めて「離脱していった人たちとのやり取り」が思い出されたからです。


 服にボタンがないので描き足してくれる様に伝える。

 →だったらボツにして下さい


 基礎データが足りていないので、それを指摘する。

 →簡単に言わないで下さい


 明らかに手を抜いたであろう背景をUPして「これでいいですよね?」


 そんな対応ばかりだった事が思い起こされます。ですが……果たしてそこに、悪意があったでしょうか?


 自分は「無い」と思うのです。


 そうではなく「今まで無理をして頑張っていた」のだと感じました。その人たちは、常に背伸びをしていたのかもしれません。だとすれば、決して楽ではなかったはずです。


 自分がオーナーとして、もっと「やり様」があったかもしれません。常に最善を尽くしてきたつもりですが、目の前の現実はこの通りなのです。完成を目指して残る人よりも、去りゆく人の方が多かった。オーナーとしても自分自身としても、その点についての責任と無力さを誤魔化す事は出来ないのです。



【焼け野原に立つ人たち】


 状況を整理すると、まともに使えるのは自分のシナリオ(途中)と、あすかさん、くみろいさんの描いた画像データなどです。ヒロインのデータの半数が消失しただけでなく、BGにも影響があるでしょう。その上、自分以外のシナリオ担当さんは、まだ完成が見えていない状態です。


 炎上案件に比べれば、まともなデータが

 少しでもあるだけマシ(゚ε゚ )


 仕事柄といいますか、それが自分の感覚でした。とはいえ、この状況に動揺しない素人さんがいるとは思えません。どうにかなるさ、と自分が言った所で「気休め言うなハゲ!」と思う事でしょう。なのにそんな状況下で、普段と全く変わらない人たちがいました。


 あすか「次はどのキャラを描くといいかな?」

 丹下「おっぱいキャラを優先しよう」

 くみろい「15禁はどこまでOKか良くわからん」


 開発は続きます。なぜなら、その場の誰も「出来ない」とは口にしていないからです。ならば、そのまま進むだけです。


 みんな頭がおかしい(^ε^ )


 特にくみろいさんは謎でした。この人の強さというか、何が起こっても周囲には一切影響されずにブレない雰囲気。それが何なのかは、その後に知る事になります。ある意味では、自分と近い立場の人間……彼もまた、本職のグラフィッカーだったのです。



【復興の兆し】


 メンバー数が一気に減ってしまったのですが、残っているのは常にバリバリと実作業をしていた人たちです。その為、skype上の会話数は特に変化がない感じでした。ほぼ毎日skype上で彼らの事を見かけます。


 この人たちは暇なの?(゚ε゚ )


 そのせいもあってか、気持ち的に凹む事はなかったです。ポジティブに考えれば、ここで企画自体の内容や規模を見直して調整をする、そんな機会になったと言えます。現実を見据えつつ、大幅にリスケジューリングを実施する他ないのです。慌てずに行きましょう。


 それ、気楽すぎだろ(゚ε゚;


 そう思う人もいるかもしれません。でもまあ、いいじゃないですか。ここで慌てふためき、とち狂って尻を丸出しにした挙句にバシバシ叩こうとも現実は何も変わらない。深刻になっても無意味であれば、普通でいいと思うのです。それに趣味の活動と企業での開発を比べた場合、趣味の方が圧倒的に有利な点もあります。それは「時間」です。


 当たり前の事をドヤ顔で

 言う俺カッコイイ(゚ε゚ )


 極論を言えば、いくらでも時間をかけられる。言い換えれば「無尽蔵にコストをかけられる」という事です。理論上は、永遠にプロジェクトが収束せずに継続し続ける、なんて事さえも可能なワケです。


 とはいえ、それではゾンビ化する可能性があります。時間が無尽蔵といっても、スケジューリングは重要です。自分たちがアンデッドになる前に完成させたいので、データを精査してみました。


 あれ? そんなに

 大変でもなくね?(゚ε゚ )


 改めて見てみると、実は画像データとしては、それほど悲観する必要はない状況である事がわかりました。というのは、元々あすかさんが描いたデータが大部分を占めていたからです。


 それと、あすかさん自身の変化もありました。「この人ヒマなのか?」と思う程に、毎日欠かさずに画像を描いていた様子ですが……その結果、作業速度もクオリティも、開発当初よりも格段に向上していたのです。


 自分の方はといえば、シナリオについて機械的に書く方法を固めた頃でした。これについては後で触れるかもしれませんが、大した話ではないのでここでは割愛します。


 それまで1日3時間程度、とにかく延々と書き続けていました。ダメだと思った時には、書いたものをザックリと捨てて書き直す時もありましたが……気が付けば、それほど苦心せずにシナリオを書ける様になっていたのです。これは我ながら不思議な感覚でした。


 本物のシナリオ担当さんがサークルに来てくれた時点で、自分は書くのをやめる予定でした。その頃においても、自分はまだ「シナリオを書く事」について全く興味がなかったのです。あくまでも、誰も来てくれなかった場合の保険としか考えていませんでした。いつでも廃棄OK!そんな感覚です。ゆえに、シナリオ担当は常時募集中の状態。ですが、正直に言ってしまうと……。


 自分よりも書ける人が

 来てくれない(゚ε゚;


 いつの頃からか、そうなっていました。ごく一部の人を除いて、実装できるレベルのシナリオを書けないのです。ですが、そこは何度か修正する事を前提に、焦らずまったりと書けばいいじゃない? という話にしました。


 こうしてサークルの状況は落ち着き、少しずつ上向きになったのです。ですが、それを狙い撃ちするかの如く事件は起こりました。

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