六時間目 スーパーオベントウ大戦+α

「それでは筆記テストを返していきます。名前を呼ばれたら返事をして取りに来てね。まず最初に、猪一いのいち君」


 まもり姉が、昨日行われた筆記テストの返却を始める。

 今日は午前中に筆記テストの評価と解説、午後からは実技テストのそれらが行われる。

 テストが返却されたクラスメート達は、その場で一喜一憂するやつ、他のやつに見られないように隠しながら席に戻りこっそりと確認するやつ、予想通りの点数で特に反応を示さないやつなど様々だ。


「九魔さん」

「はい」


 そんな中、パーティーメンバーの一番手がまもり姉に呼ばれた。

 きゅうちゃんが席を立ち、まもり姉のところにテストを受け取りに行く。


「赴任前から聞いていたけど、流石の成績ね。これからも頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」


 きゅうちゃんはまもり姉の褒辞ほうじに喜色を浮かべることもなく淡々と返事を返し、俺の目の前へと戻ってくる。


「ふぅ~」

「褒められた割りには浮かない顔してんな。予想以下だったのか?」

「あぁ、いや、そんなことはないんだけどね」

「どれどれ。お兄さんに見せてみなさい」

「同い年でしょ。はい」


 きゅうちゃんは若干呆れながら、俺に返ってきたテストを手渡す。

 そして俺は、驚愕した。


「文系95点、理系93点、冒険系98点……」


 なんだこの勉強お化け…


「お化けとは失礼だなぁ。ボクは中国神話の妖怪じゃないよ」


 どうやら心の声が漏れてしまっていたみたいだ。


「ごめんごめん。でもほんと凄いな…学年一位じゃね?」

「どうだろ。座学は一年の頃にやってたけど、実技はからきしだったからね」

「あぁ、そうか。普通科だったもんな」

「そういうこと」


 普通科でも冒険家の座学に少しは触れるが、実技まではやらない。

 基礎があるのとないのとでは大きく違うだろう。

 そういう意味では、昨日のダンジョンでの活躍は素晴らしいものだったと言えよう。

 初めての実技、初めての実戦、初めての連携。

 それでも臆することなく、強敵に立ち向かっていったのだから。


「御劒君」

「はーい」


 いつの間にかマ行に到達していたらしい。

 俺はきゅうちゃんにテストを返してから、まもり姉のところまで受け取りに行く。


「冒険系でこの点数は御剣君だけよ。この調子で文理も上がると、先生は嬉しいかな」

「はーい、善処しまーす」


 俺が遠回しにやらないことを告げると、まもり姉は眉をひそめる。

 ごめんねまもり姉!

 俺は意気揚々と自分の席に戻ってゆく。


「お、満足気な顔だね。さては点数が良かったのかな?」

「んーまあ、ぼちぼちってとこだな」

「ほうほう、どれどれ」


 きゅうちゃんが俺から答案用紙を奪い取り、順に点数を確認してゆく。


「文系58点、理系42点…赤点は回避したみたいだね」


 うちの学科では文系理系がそれぞれ30点未満、冒険系が60点未満だと赤点となり、補習を受けたあとに追試験を合格しなければならない。

 もなくば、単位が取れず留年が決定する。

 まあ、留年した生徒はほとんどが自主退学してしまうけどな。


「これなら冒険系も…え?」


 途端、きゅうちゃんの目が驚きによって見開かれる。


「いや、まさか…」


 目をこすったり、睛明せいめいと呼ばれる鼻の付け根両側の経穴けいけつ、いわゆるツボを押したり、可愛らしいケースに仕舞っていた眼鏡を態々わざわざ取り出し、掛けて見て外して見てを繰り返す。

 いや、気持ちは分かるけれども、そこまでしなくてもいいのではないだろうか、幼馴染よ。


「ひゃ、100点…だって…?」


 幼馴染よ、天丼するには間が空き過ぎだ。

 ちなみに語源は、一般的に海老が二本乗ってるからだそうだ。

 これもテストには出ないぞ!


「まあ、覚えとかなきゃいけないことばっかりだしな」

「いや、それにしても――」

「では、返却が終わりましたので、これから総評に入ります」


 きゅうちゃんの声を遮るようにして、まもり姉が声を張り上げた。


「お話は、また後ほど」

「う、うん…」


 きゅうちゃんは少し不満が残る顔をしながらも椅子を正し、前に向き直る。


「それじゃあ文系から始めるね。まずクラスの平均点は――」


 その、学年の平均点だの最高点最低点だのが続き、途中で休憩をはさみながらテストの解説をしてゆく。


「暇だ…」


 文理は赤点じゃなかったし、冒険系は満点だし、ぶっちゃけこの午前中の時間は暇を持て余してしまう。

 人間は興味のない話を聞いていると眠くなってしまう生き物だ。


「ふぁあ……はぁ……」


 窓際である俺の席には、心地のい春の陽気が降り注いでいる。

 俺は机に腕枕を据え、それに頭を預ける。


「少し目を瞑るだけで、寝るわけじゃないぞ」


 誰に言い訳してるのか、俺はそう呟きながら瞼を閉じた。



――…… …… ……zzZ――



――ゴッ!


「い゛っでぇっ!!」


 突如、俺の脳天に衝撃の風が吹いた。


「み・つ・る・ぎ・くん?ちゃんと起きてなきゃダメでしょ~?」


 痛む頭を押さえつつ声のする方へ視線を向けると、満面の笑みを浮かべ、右手には俺を殴ったであろう出席簿が収まっている。


「…かどはさすがにダメでsy

「んー??何か言ったかな、御剣君?」

「ナンデモナイデス、スミマセンデシタ」

「よろしい」


 そう言うと、まもり姉は納得したように頷き、教壇へと戻ってゆく。

 普段はおっとりとした雰囲気とのギャップのせいか、今のやり取りを見たクラスメート達は結構動揺しているようだ。

 みんな、まもり姉は怒らせたら怖いんだゾ☆

 いやまじで、ほんとに。


「おかげで寝ずに済みそうだね」

「全くだ…」


 きゅうちゃんがにやけ顔でこちらを見てくる。

 あぁ、昼休みが待ち遠しい…




――キーンコーンカーンコーン――


「起立!…礼!」


 お、おわったぁ……

 長かった…


「さぁて、けんくん」

「いくよ、剣斗」

「え?行くって、どこに…?」

「そんなの…」

「「食堂に決まってるでしょ!」」

「お、おう…」


 弓奈の声に合わせて、きゅうちゃんと二人で綺麗にハーモニーを奏でる。


「た、たまには独り屋上でパンでもかじろうかなぁ、とか…」

「「…………」」


 御劒剣斗に逃げ場なし。

 俺は弓奈ときゅうちゃんに片腕ずつ拘束され、食堂へと連行された。




「スーパーオベントウ大戦、かいっ、せんっ!」


 癒衣の開戦宣言により、戦いのGONGが鳴り響いた。


「てか、なんだそのネーミング」

「参戦するひとが多くなってもいいようにしたの!」

「え、これ続くの?」

「第4次まではつづくかなぁ。とちゅーでEXが入ったり、αとかZとかの続編もあるよ」

「刀香がやってるゲームみたいだな」

「うん、そこからとったの」


 丸パクリ宣言頂きました、ありがとうございます。


「こほん。ではまず、弓奈ちゃんのお弁当からみていきましょう!」

「は、はい!」


 緊張しているのか、弓奈のお弁当を持つ手が震えている。

 いやいや、そんなに固くなるイベントでもないんじゃ…


「わ、私が剣斗に作ってきたお弁当は、これです…!」


 包みを解くと、いつもの弁当箱ではなく丼型をした容器だった。


「あら、このお弁当箱、最近CMでよく見る保温できるタイプの容器じゃないかしら?」

「う、うん。前から買おうか迷ってたんだけど、今日の為に買ってみたんだ…」


 忍の指摘に、もじもじしながら答える弓奈。

 昨日の慰労会のあとに買うものがあるからって言ってたけど、これのことだったのか…


「でもこれ、たしかけっこー高くなかったっけ?」

「えっと…一万円ぐらい…かな」

「「「「たかっ!!?」」」」


 いくら保温がくとはいえせいぜい三、四千円ぐらいだろうに、まさかの倍額以上である。


「で、でも、容器は魔法瓶みたいな構造だから冷めにくいし、真空密閉できるから長期保存もできて安心だし、液漏れしないしデザインは良いし、容量は1.5Lあるからお腹いっぱい食べられるし、それに、それに…!」

「お、おう、分かったから落ち着け、な?」

「あ…ご、ごめんなさい……」


 俺になだめられ、しゅんとする弓奈。

 まさか弁当箱で語り出すとは思わなかった。

 幼馴染でも、まだまだ知らないことばかりである。


「さて中身は、っと」


 ぱかっ、とふたを開けると、そこには――


「こ、これは…!」


 綺麗なミディアムレアに焼かれたステーキが鎮座していた。

 上には飴色あめいろになるまで炒められた微塵切みじんぎりの玉葱たまねぎが載せられており、醤油とバターのかぐわしい香りを漂わせている。


「シャリアピンステーキか!」

「ふふっ、正解」


 シャリアピンステーキ。

 この地に訪れたオペラ歌手であるシャリアピン氏の柔らかいステーキが食べたいという声に応じて作られた、牛肉を使用したマリネステーキの一つ。

 以前はこの国以外の地域ではほとんど知られていなかったが、“フードウォーズ!”という漫画に掲載され諸外国に広まったことにより、世界的にも有名になった日本特有のステーキ料理である。


 そんな美味しそうなステーキの下にはご飯があるのかと思いきや、どうやらコンビニの丼系の弁当のような二段構造になっているようだ。


「なるほど。汁気でご飯がべちゃべちゃにならないようになっているんだね」


 うんうん、と頷きながら納得したような顔をするきゅうちゃん。

 俺はそれを横目に、ステーキの入っている容器を取り外す。

 瞬間、ご飯からは湯気が立ちのぼり、まるで炊き立てのような匂いを放つとともに、ほのかに梅の香りを漂わせた。


「ご飯に練り梅…完璧すぎる…!」

「お、おいしそぉ…」

「それにしても、いくら魔法瓶構造だからって、ご飯から湯気が立つくらい保温されるものなのかしら?」

「えっとね、実は、ご飯の容器の内側に炎鍍えんめっき加工がされてるの」

「あぁ、それは確かに高いのも納得かも…」


 炎鍍加工とは、火の魔力を宿した鉱石である炎魔鉱石えんまこうせきを製錬、精錬した炎魔鋼えんまこうと呼ばれる金属をめっきしたものをいう。

 元々は炎を放つつるぎなどを作るために使われている金属だが、ある企業の御令嬢が、「塊だと熱いのでしたら、薄く延ばせば冷めるのかしら?」という一見どうでもいいような疑問を技術者達が拾い、研究を重ねた結果出来た代物だそうだ。

 その製法は特許も取得しており、似たような商品が蔓延はびこる中でも世界トップシェアを維持し続けている。


「それじゃあいただこうかな」

「どうぞ召し上がれ」


 俺はステーキが入っている容器を傾け、ご飯の上に躊躇ためらいなく載せる。

 ご飯にタレがみてきた頃合いで肉と一緒にご飯を搔き込む。


「んんっ!?」


 口に広がる濃厚な肉の脂と旨味。

 飴色になるまで炒められた玉葱の甘味、タレの香ばしさとコク深さ。

 まるで炊き立ての様なふっくらご飯と、さっぱりとした梅の香り。

 様々な要素が緻密に構築された完璧な調和は、さながら味と香りのオーケストラが、口の中で歓喜の歌を奏でているかのようだった。


「うっ、旨い…!」

「やった!」


 弓奈は余程嬉しいのか、両手で可愛くガッツポーズを作り喜んでいる。


「ふふん。勝ったつもりになるのは早計じゃないかな、ゆんちゃん?」


 そう言って不敵な笑みを浮かべるきゅうちゃん。

 ふむ、如何いかにも「我に秘策あり」って顔してるな。


「はいどうぞ、けんくん」


 弓奈の可愛らしい包みとは対照的なシックなデザインで、黒を基調に白い花の模様があしらわれている風呂敷で包まれている。

 包みをほどくと、中から現れたのは真四角の容器が二段重ねられた、所謂いわゆる重箱と呼ばれる弁当箱だった。

 こちらも黒を基調とし、金色の松の柄が高級そうな感じを醸し出している。

 大きさはよくある重箱よりも小さめで、一人で食べ切れる量に収まっている。


「うわぁー…“和”ってかんじだねっ」

「まるで高級料亭ね」


 癒衣と忍の言葉に同意しつつ、俺はその中身に期待を膨らませる。


「あ、開けるぞ…」


 想像以上の弁当箱のクオリティーのせいで無駄に緊張しながら、蓋に手を掛けみなにお披露目する。


「「「「おぉ……!」」」」


 たりな表現を用いるなら、それはまるで宝石箱のようだった。

 赤、緑、黄、茶、白、黒、紫…

 色とりどりの食材がちりばめられ、かつそれぞれが主張しすぎないギリギリのところで均整がとれている。

 二つの箱はそれぞれ四つに仕切られているため品数が多く、どれから食べようか迷ってしまうほどだ。


「一段目の左下には胡麻塩を振りかけた俵型のおむすび、そこから時計回りに筑前煮、さわらの西京焼き、春キャベツのお新香、二段目はゆかりご飯、出汁巻き玉子、牛肉の山椒焼き、そしてデザートのメロンだよ。好きなものから召し上がれ」


 俺はきゅうちゃんに促されるままに、出汁巻き玉子を口に運ぶ。

 こ、これは…!


「柔らかいながらもしっかりとした弾力…!ひとたび噛むと溢れ出る出汁の香りと旨味…!卵の豊潤な味わいと淡い醤油の風味…!その全てが混ざり合って、一つの完成されたハーモニーとなって体中を駆け巡る…!美味…!圧倒的美味…!」

「ほっ…」


 俺の言葉に安堵の息を漏らすきゅうちゃん。

 自分でも不器用だって言ってたけど、料理だけは得意なのかな?

 俺はきゅうちゃんの意外な才能に疑問を抱きつつも、絶品な料理たちを次から次へと食べ進めてゆく。


「想像以上のレベルね」

「りょーてーの料理人さんみたい!」

「うぅ……」


 忍と癒衣が驚いている横で、涙目になりながらも弁当から目を離せない弓奈。

 俺は弓奈の弁当も同時に食し、みなが食べ終わる頃には二つのお弁当を綺麗に平らげていた。

 弓奈の弁当は新調した弁当箱のおかげか、いつも以上に美味しかったし、きゅうちゃんの弁当は癒衣も言ってた通り、まるで料亭の味って感じのクオリティーだったし。


「ん?料亭、料亭…」

「剣斗、料亭がどうかしたの?」

「あぁ、いや。そういえばきゅうちゃんの家って料亭もやってたよなぁ、と思ってさ」

「ぎくっ!?」


 途端、きゅうちゃんが冷や汗を搔きながらあたふたし始めた。

 ほほぅ…


「あ、知ってる知ってる!駅の近くのとこだよね」

「そうそう。それで、いつぞやネットサーフィンしてるときにそこの料亭のホームページを見てたんだけどさ、ランチのメニューがこの弁当と結構似てr

「わぁぁあああああああああああああ、ストップストーーップ!!」


 もがもが。

 きゅうちゃんに後ろから口を塞がれる俺。

 両側に弓奈ときゅうちゃんが座っていたのだが、弓奈と話していた為に前からでは塞げず、結果的にこういう形になったのだろう。

 なんだろう。きゅうちゃんの手からいい匂いがするっていう情報しか入ってこない。


「ど、どうしたの、きゅうちゃん…?」

「い、いやぁ、あはは…」


 すーはー、すーはー。

 これは呼吸。生きる為なんだ、仕方ない。

 すーはー、すーはー……


「というか、ほのかちゃん!さっきからけんとくんとくっつきすぎぃー!」

「剣斗さんもだらしのない顔をしてるわね」

「わわっ!?ご、ごめんっ!!」


 悲報:ユートピア終了のお知らせ


「こほん。それじゃあ、けんとくんには判定をしてもらいましょう!」


 気づけば昼休みも終わりに近づいており、食堂にいる人の姿もまばらになってきていた。


「ほのかちゃんか、ゆんなちゃんか…けんくんの弁当の命運を握るのは誰だ――」

「いや、俺だろ」

「はい、おねがいします!」

「お、おう。ええ、今回の勝者は…――」


 結果を待つ二人が両手を合わせ、天に祈ってる。


「――弓奈っ!」

「やったぁーっ!」

「むうぅ……」


 弓奈はぴょんぴょんと可愛く飛び跳ねながら勝利を喜び、事情が事情なきゅうちゃんは何とも言えない表情で俯いていた。

 そんなきゅうちゃんに、俺は周りに聞かれないように声を掛ける。


「次こそは、きゅうちゃんの手作り弁当が食べたいかな」

「…うん、わかった。ボク、頑張るよ…!」

「期待してる」


 要領の良いきゅうちゃんのことだから、きっとすぐ上達することだろう。

 現時点でのSKILLのレベルが分からないから、なんとも言えないけど…

 とはいえ、今回の騒動はこれでおしまいだ。


――さらば、スーパーオベントウ大戦+α――




「それではこれより、実技試験の評価を行います」


 昼下がり、いつもの倍の弁当を食べて胃袋に血液が集中しているこの時間。

 午前の授業に引き続き、テストの評価を行っている。

 さっきさらばと言ったな。あれは嘘だ。

 もうちっとだけ続くんじゃ。

 だがしかし、昼に騒いだのと食後のせいで無茶苦茶眠たい。


 ――…はっ!


 謎の悪寒を感じて視線を戻すと、まもり姉が出席簿片手に笑顔でこっちを見ていた。

 こ、怖えぇ……

 またかどで殴られるのは御免なので、ちゃんと話を聞くことにしよう。


 最初に行っているのは個人実技の評価だ。

 先の筆記試験の時とは少し変わっていて、ジョブ毎にまとめて生徒を呼び出し、評価が書かれた用紙をそれぞれに手渡している。

 評価は五つにランク分けがされており、上から“秀、優、良、可、不可”となっていて、ジョブ毎に設定されている試験、通称“ジョブ試験”と“冒険医学”のふた項目にそれぞれ評価がなされている。

 それらを配り終えると解説が始まるのだが、この解説はジョブ毎に試験内容が違う為に結構時間がかかる。


「ふあぁ~…っあぁ……」


 有難いことに、どちらの評価も“秀”を貰っている俺は暇を持て余していた。


『ちゃんと聞いてないと、またセンセに怒られんよ?』


 ん?

 辺りを見回すが、俺に話しかけている様子のやつはいない。

 眠気で幻聴でも聞こえたか…?


『え?シカッティーとかマジありえんてぃー。あ、これ韻踏んでんじゃん。神ってない?』


 幻聴にしては騒がしいな。

 てか、よくよく聞くとダンジョンで聞いた時の声と似てるような…


『ファミチキンください』

『こいつ直接脳内に…!』

『おぉ!やっとマスターと喋れた!』


 まさかこのネタで脳内会話ができる日が来るとは…


 感覚としては、口を動かさずに頭の中で言葉を思い浮かべて会話をするといった具合だ。

 最初は戸惑いもあるが、じきに慣れるだろう。


『というか、マスターって俺のこと?』

『カヴァリエーレのマスターはマスターしかいないっしょ?』

『なるほど、お前が喋ってたのか』


 視線を少し落とすと、立て掛けてあった愛剣が明滅している。


『マスターっていつも誰かと一緒にいるから、話しかけるタイミング無さ過ぎてマジバビるわ~』

『てか、なんで喋れんの?』

GMじーえむ。カヴァリエーレが“三聖器さんせいき”なのショナイだからさ、教えてあげれないんだ』


 あ、こいつアホの娘だ。


『三聖器ってやつだから喋れんの?』

『へぁっ!?な、なんでカヴァリエーレが三聖器だってこと知ってるの!!?』

『ふふふ…俺に隠し事は通用しないのさ…』

『マスターがこんなマジパない人だったなんて…わかった、全部話す』


 いいのか、それで…

 そう言って、カヴァリエーレは三聖器について話し出す。


『まず三聖器って言うのは、カヴァリエーレを含めた三つの武具の総称のこと。聖魔剣せいまけんカヴァリエーレ、聖貴弓大日孁御弓せいききゅうおおひるめのみたらし聖神刀遠呂智御刀せいじんとうおろちのみかたな、この三つが三聖器それぞれの正式な名前』

『聖魔剣とかかっこいいな』

『あ、ありがと…』


 面と向かって話しているわけではないので顔は見えないが、俺の言葉に照れているであろうことが読み取れる声色こわいろだった。

 剣なのに可愛いな、こいつ。


『そ、それで、三聖器には使い手を補助する聖なる人格、“聖格せいかく”が備わっていて、今マスターと喋れているのはこの“聖格”のおかげなの』

『ふむふむ、なるほど』


 製作者の真の意図は分からないが、そのおかげでこうして退屈を凌げているのだし感謝せねば。


『そういえば、説明してるときは普通に喋るんだな』

『はあ!?べっ、べつにっ、たまたまだしっ!勘違いすんなしっ!』


 どうやら素はギャルの方ではないらしい。

 見えないところでいそいそとギャル語を勉強してるのかと思うと、中々に萌えるシチュエーションである。


『とりま、カヴァリエーレがマスターとダベれるのはそういう理由ね』

『うん、それは分かったんだけどさ』

『ん?なしたん?』

『いや、一人称がカヴァリエーレって長くない?って思ってさ』

『しゃーないじゃん、名前呼びしたらこうなるんだもん』

『“私”とかじゃダメなの?』

『あんま好きくない』

『うーん…あ、じゃあ“リエ”ってのは?』

『リエ?』

『そうそう。“カヴァーレ”だから“リエ”。愛称みたいな感じだし、何より女の子っぽいと思うんだけど、どう?』

『女の子……』

『やっぱ安直すぎたかな?』

『…ううん、これからリエのこと、リエって呼ぶ』

『じゃあ改めて、よろしくな、リエ』

『うん!よろっ、マスター…!』


 その、個人実技試験の評価が終わるまで色んなことをリエと喋った。

 日頃もぐっているダンジョンの話、座学の間はリエが暇を持て余している話、人間の暮らしに興味があるという話、昨日の試験の話、そして、父さんの話。

 父さんは世界で最も有名な冒険者アドベンチャラーだった。

 自然災害レベルの強大なモンスターを一人で倒してしまったり、前人未到の迷宮をいくつも踏破して見せたりと、父さんが成し遂げた偉業の数々は枚挙にいとまがない。

 その中でも、父さんの代名詞でもあるジョブ“覇者”は、冒険に携わる者なら誰もが知っている称号だ。

 覇者――それは、すべての武器、技能を極めし者。未だかつて一人しか名乗ることを許されていない幻の称号だ。

 だが、名実ともに最強であるはずの父さんは、俺に剣を託した次の日、依頼の為にダンジョンに向かってから今日こんにちまで帰っていない。

 その有望性から、冒険者を統括している冒険ギルドが捜索隊が派遣するという異例の事態になるも、遺品も遺体も見つけることが出来なかった。

 今考えると、父さんは自分がいなくなることが分かっててこの剣を託したかのようにも思える。

 父さんは、なぜ俺にこの剣を託したのか。

 リエならその理由を知っていると思ったのだが、どうやら長年、父さんの手で聖格を封印されていたらしく、またその封印が解けたのも俺の手に渡ったあとだった為、リエにも分からないとのことだった。

 リエは『ごめん』と謝っていたが、封印されていたのだし仕方のないことだ。


「父さん――」


 俺の小さな呼び掛けは、窓の外に映る、どこまでも続く青空に吸い込まれていった。




 放課後。俺は弓奈に連れられ、迷いの森のお礼と称した逢瀬にも似たデートの様なそうでない様なサムシング的なものをしている。

 場所は、駅から少し歩いたところにある商店街、“九魔小路”。

 はい、そうです。お察しの通り、きゅうちゃんの家が管理しています。


 この商店街、以前は自治体が管理していたのだが、駅前にショッピングモールが出来たことにより客足が低迷した為、経営権がオークションに出されることとなった。

 様々な有名企業が競り合う中、最後まで札を下げずに競り落としたのが九魔グループだった。

 最初は九魔グループに怯えていた商店街だったが、九魔グループは商店街の継続を表明。

 むしろ、打倒駅前ショッピングモールという無謀にも近い目標を打ち立てた。

 それを聞いた商店街の主人たちは一致団結し、今まで以上に奮闘。

 九魔グループも数々の対策を講じた。

 結果、買い物客を取り返すどころか、観光名所として名を馳せるまでになった。

 客足が遠退いたショッピングモールは撤退を余儀無くされたが、そこに忍び寄る九魔グループの魔の手。

 格安で物件を買い取り、外国人観光客向けの免税店、電車を利用する学生から若者向けのショップを取り揃えたものに一新し、商店街とは住み分けをしっかりしつつ新たな名所として確立させた。

 その多大なる功績に感極まった商店街の主人たちは、救ってもらった商店街の名前に“九魔”の名前を入れるよう九魔グループに頼み込んだ。

 最初は断り続けていた九魔グループだったが、最後には折れて主人たちの要求を受け入れ、今の名前に改名したのだった。


「まさかきゅうちゃんが生粋のお嬢様だったなんてなぁ」

「あとから知ってビックリだったよね」


 俺達はそんな雑談をしながら、九魔小路にある目的の店へと向かう。


「それで、今から行く店ってどんな店なんだ」

「ふふーん、よくぞ聞いてくれました!そのお店はね、羊羹ようかんの専門店なの!」

「へぇー、珍しいな」

「でしょ?ずっと行ってみたかったんだけど、機会が無くって」


 そう話す弓奈の顔は、ここ最近で一番楽しそうな顔をしている。

 余程楽しみだったんだな。よかったよかった。


「あ、ここだよ、ここ!」

「おぉ、ここが…」


 店名:鋼の救世主メシア


「…なんか、固い羊羹売ってそうだな…」

「あはは…確かにちょっと変わった名前だけど、味はいいみたいだから…」


 俺は少し身構えつつ、自動ドアをくぐって店内に入った。

 入ってすぐ左には、小豆で作られた一般的な煉羊羹ねりようかんから、抹茶や栗、白餡しろあんで作られた羊羹など、様々なバリエーションが取り揃えられている。

 右側にはレジカウンターとリーチインショーケースがあり、中には水羊羹や芋羊羹などの冷やして食べるもの、日持ちのしにくいものが並べられている。

 奥にはイートインスペースも設けているようで、善哉ぜんざい汁粉しるこ、あんみつなどの小豆を使ったスイーツが食べられるようだ。


「うわぁ~……!」


 弓奈が宝物を見つけた子供みたいに目をキラキラさせている。かわいい。

 視線を弓奈から値札に移すと、一棹ひとさお6000円とか書いてある。

 羊羹たけぇ…とか思ってたら、重さが1.3kgと書いてあり、どうやら一番大きなサイズのようだ。

 こりゃあひとりで食べ切れる量じゃ…いや、弓奈ならいけるか…


「剣斗剣斗っ!これ可愛い!」


 おまかわ。

 弓奈が手に持っているのは、一人でも食べ切れるミニサイズの羊羹だった。


「おぉ、これはいいんじゃないか」

「でしょでしょ?」

「じゃあ三つまd

「あ、全種類入ったやつもあるよ!?」


 視界の端に入っていて見ないようにしていたのだが、弓奈はとうとう見つけてしまったようだ。

 羊羹ミニサイズ 250円

 羊羹の種類   20種類

 弓奈の笑顔   プライスレス


「ありがとうございました~!」


 店を出てホクホク顔の弓奈。

 俺達は店先にあるベンチに座り、弓奈は買ったばかりの羊羹を眺めながら「どれにしようかなあ」と呟き、最初に食べる羊羹を選んでいる。

 明日はマジでダンジョンもぐらないと…


「やっぱり最初は小倉だよねっ」


 どうやら決まったようである。

 俺はというと、レジカウンターで売られていた煎茶をすすっていた。

 厚手の紙コップにトラベラーリッドで蓋をしてある、テイクアウトでよく見かけるタイプのやつだ。

 所詮テイクアウトと侮っていたが、茶葉がいいのか淹れ方が上手いのか、中々に美味である。


「いただきます」


 包みをがした羊羹を両手で持ち、口に運ぶ弓奈。

 二、三回もぐもぐと口を動かし、


「んふふ~♪」


 これ以上なく幸せそうに破顔はがんしていた。


「そんなに美味いの?」

「うん、すっごく!剣斗も食べてみなよ!」

「どれどれ…」


 弓奈が差し出す羊羹に、俺は迷い無く齧りつく。


「もぐもぐ…おぉ、こりゃ美味いな」

「でしょ?あ、剣斗のお茶も飲ませてよ」

「おう。熱いから気をつけてな」

「ありがとっ」


 今度は俺が差し出す煎茶を、躊躇ためらいも無く口をつける。


「はぁあ~。美味しいねぇ、これ」

「だろ?」


 その時、俺達は気がついていなかった。

 向かいの店先のベンチに、おばちゃん二人組がいたことに。


「あらあら、お熱いこと」

「若いっていいわねぇ」


 俺達は失念していた。

 幼馴染ゆえに、こういうことに慣れ過ぎていたのだ。

 それまでは何も気にしていなかったのに、他人の言葉で我に返り、体は急激に熱を帯びてゆく。


「お、お茶飲んだら、なんだか体があったまってきちゃった!」

「そ、そうだな!春先なのにあっちーわ、マジで!」


 俺達はパタパタと手で風を送り、オーバーヒート寸前の頭を冷やした。

 一通り落ち着いたあと、手に持っていた煎茶はすっかり冷めてしまっていたが、顔を熱くさせるには十分な温度だった。





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