五時間目 冒険系科目団体実技試験

「それではこれより、冒険系科目の団体実技試験を開始する。生徒のみなは各自、自分のクラスの担任の下に集まり指示を受けるように。以上」


 グラウンドに再び整列していた2年生の生徒達は、学年主任の指示に従いそれぞれの担任のところへとこぞってゆく。

 俺達もまもり姉のところに集まり指示を仰ぐ。


「みんな集まったね。それでは団体実技試験の内容について説明します。今回の試験では5名のパーティーを組んで、学校に併設されたダンジョンに挑戦してもらいます。難易度は中級で、目標は最奥のダンジョンボスの討伐です。ダンジョン攻略が困難だと判断した場合は、迷わず途中辞退してください。辞退することで成績上の不利はありません。命あっての物種、その経験を今後に活かしてください。ちなみに…」


 まもり姉は周囲を気にすると、クラスメートたちにこちらに寄るように促したあと小声で話し始める。


「これは内緒なんだけど…ボスを倒したパーティーには、特別ボーナスがありますよ」

「「「ぉぉ…!」」」


 クラスメートたちも周りを気にしつつ、感嘆の声を漏らす。

 特別ボーナスか…

 つまりはそれだけ倒すのが大変ってことだし、気を引き締めないとな。


「それではパーティー分けを発表します。名前を呼ばれたら返事をして、向かって左からパーティーごとに縦一列に並んでね。まずはアルファパーティーです。先導せんどう君――」


 クラスメートの名前が次々に呼ばれる。

 まもり姉がテストのパーティー分けが大変だって愚痴ってたけど、何とかなったみたいだな。

 パーティーを組ませるに当たって、成績の良し悪しや生徒間の相性も加味しなきゃいけないだろうし、思ってる以上に難しいことだろう。


「――では最後に、ホテルパーティー。九魔さん」

「はいっ」

「復治さん」

「はーい!」

「盗見さん」

「はい」

「弦矢さん」

「はい!」

「そして、御剣君」

「はいっ!」

「以上の八組です。各自5分の作戦会議カウンシルを行ったあと、アルファパーティーから順にダンジョンに進入してもらいます。それでは始めてください」


 八列に並んでいた俺たちはパーティーごとに固まり、作戦会議――カウンシルを開始する。


「つーわけで、きゅうちゃん以外はいつものメンツだな」

「だねー」

「私以外の後衛組がいるっていうのは、なんか新鮮だね」

「えっ?癒衣ちゃんは後衛じゃないの?」

「ふふっ、癒衣さんの武器を見てもそう思うのかしら?」

「あぁ…気づかないようにしてたけど、やっぱりそれハンマーなんだ…」

「ハンマーじゃないよぉ!杖だよぉ!」

「…と、容疑者は意味不明な発言を繰り返しており」

「あぁっ!けんとくんひどーい!」

「ばっ、ちょっ、やめっ、んなもんブン回すなって!」

「はは…あれで戦士じゃないんだね…」

盾役タンクじゃなくて回復役ヒーラーだからね」

「ああ見えて攻撃の最中でも、負傷した味方がいたら真っ先に駆け付けるのよ」

「ふむふむ。頼もしい限りだね」


 弓奈と忍が諭し、きゅうちゃんは癒衣が僧侶であることを再確認する。


「ぜぇ…はぁ…ほ、ほら、カウンシル、始めんぞ……」

「「「「はーい」」」」


 全員が返事をし、残り時間の少なくなったカウンシルを再開する。


「まあ、カウンシルつっても、きゅうちゃんに俺らのやり方説明するぐらいか」

「そうだね。誰がどんな動きするか分からないだろうし」

「ってことで、とりあえず一通り説明するから、分かんないことあったら教えてくれ」

「うん、分かった」

「まず配置だけど、前衛が俺、癒衣、忍。後衛が弓奈と、術師だしきゅうちゃんもかな。盾役タンクがいないから、前衛が各個撃破して後衛がそれを補助するっていう形で動いてる」

「結構無理矢理やってるね…」

「連携取れてるから何とか、ってところは否めないな。次にアイテム配分だけど、基本的にドロップアイテムと宝箱の中身は一旦パーティーで預かって、帰還後に欲しいものを持って帰るっていう形にしている。まあ今回は試験用のダンジョンだし、大したものは出ないだろうけど」

「ボクはそのやり方で問題ないよ。使いたい人が使った方がいいだろうし」

「ありがとう、きゅうちゃんならそう言ってくれると思ってた。最後に離脱の判断だけど、これは多数決で決めてる。同数のときは俺が最終決定するけど、今回は奇数だからやることはないかな」 

「オッケー。なんていうか、けんくんらしいパーティーだね」

「ん?そうか?」

「欲しいアイテムの自己申告制とか、採用してるとこなんて見たことないよ」

「普通は討伐した人がそのまま貰うもんね」

「まあ、それに馴染んでるワタシ達もワタシ達だけれど」

「癒衣はけっこーたすかってるよ」

「まあ、身内だからアリってことで。他になんか気になるとこはないか?」

「ううん、大丈夫」

「そうか。それじゃあ、あとは流れを見て動くってことで」


 俺が立てた作戦とも言えない作戦に各々が返事をする。

 俺たちは残りの少ない時間を雑談で潰し、いよいよ試験が始まることとなった。




「じゃあ、アルファパーティーのみんなから順に、団体実技試験用のダンジョンに進入してください。台座には必ず“団体実技試験用ダンジョンのあかし”だけを置き、他のアイテムは絶対に置かないでね」


 まもり姉が注意を促し、A組のアルファパーティーから順番にダンジョンに進入していく。

 うちのダンジョンは特殊で、入り口という入り口がない。

 その代わりにだんしつらえられており、正面にはまるで誰かに捧げ物をする為にあるかのように台座が置かれている。

 その台座に特定のアイテムを置くことでダンジョンに進入できるという、なんとも摩訶不思議なシステムなのだ。

 ちなみに、台座に置いたアイテムは、パーティーがダンジョンに進入すると同時に消失してしまう。どういう原理なのか…


「どうしたの剣斗、私たちの番だよ?」

「おぉ、今行く」


 そうこうしているうちに、俺達の順番が来たようだ。

 俺達は五人揃って壇上に立ち、俺は先生から渡された証を台座の上に置く。

 アイテムに反応して台座が淡く輝きだし、その光が壇の周辺の景色を覆ってゆく。


 その光が消えたかと思うと、景色が一変していた。

 晴れ渡る青空は消え失せ、代わりに見えるのは石造りの天井。

 人や建物は壁にすり替わり、上っていたはずの壇は石の床に変わっていた。

 陽の光は勿論無く、明かりと言えば等間隔に配置してある松明の炎だけだ。

 正面には長い廊下が続き、明かりが足りないせいか向こう側は良く見えない。


「ん~…これぞダンジョン!って感じだな」

「学校のダンジョンは久々だね」

「ダンジョンって初めてだけど、思いのほか暗いんだね」

「法乃香さんはダンジョン初めてなのね」

「あかるくする?」

「ううん、大丈夫。ありがと、癒衣ちゃん」


 俺達四人は久々に、きゅうちゃんは初めて来たことから、観光名所に到着した時のような緊張と高揚に包まれる。


「んじゃ、忍、癒衣、弓奈、きゅうちゃん、俺の順で進んでくぞー」


 四人は俺の言葉に返事をし、隊列を組んで進み始める。

 シーフ―本来は盗賊だが彼女が好まない―である忍が罠の解除や索敵をしつつ、殿しんがりの俺は後ろからの攻撃を警戒する。

 とは言うものの、学校が行う試験及び授業用のダンジョンでは、余程のことが無い限り死んでしまうようなことはない。

 学校は飽くまで冒険の基礎を学ぶ場であって、冒険をさせる場ではないのだ。

 敵はなぜか致命傷は負わせてこないし、罠は直撃しても死には至らないほどの怪我や状態異常にしかならない。

 まあ、それでも対処を間違えて運悪く死んでしまうということもあるだろうが、少なくともここ何十年と聞かない話だそうだ。

 だからと言って、気は抜かない。

 気を抜いた時の危険性を、俺は身に染みて分かっているからだ。


「――コンタクト。前方にゴブリン四体。10秒後にエンゲージ」


 忍が止まるよう合図し、全員に接敵したことを伝える。

 今歩いている通路は大人が三、四人並んで通れるぐらいの幅で分かれ道は無く、敵との交戦を回避することは出来なさそうだ。


「前衛戦闘準備。後衛の二人は誤射が怖いからとりあえず待機で」

「了解」

「分かったよ」


 俺は前に出ながら指示を出し、忍と並んで敵を待つ。

 程なくして、粗末な棍棒と木盾こだてを携えた四体の人型をしたモンスターが姿を現した。


「アディケット!オレアマク!」


 そいつらは俺達を見やると迷宮言語でそう会話し、武器を構え臨戦態勢に入る。

 だが、伊達に学校に通っているわけではない。

 俺は「アディケット敵だ!」と聞こえた時に走り始め、奴らが臨戦態勢に入る前に一体を仕留める。

 忍もそれに続きもう一体を仕留め、二つの死体は魔力の塵となって霧散した。


「残り二体、っと」


 俺と忍が残りの敵に向き直る。

 すると、ゴブリン達は来た道を引き返してゆく。

 まずい、増援を呼ばれる…!


ほむらっ!」


 瞬間、俺の横を火球が通り過ぎて行った。

 直進するそれは二つに分かれゴブリン達の背中に直撃し、その身を焦がし焼き尽くしてゆく。

 ゴブリン達はその圧倒的な火力に耐えられるわけもなく、灰になる前に消え去っていった。なんだこのオーバーキル。


「きゅうちゃん…」

「あ、ごめん…見失う前に倒さないと、って思って…」

「いやいや、ナイス判断だったよ!にしてもゴブリン相手にあの威力だと、すぐに魔力切れを起こさないか?」

「…今のは中級ではない…下級だ…」

「なん…だと…?」

「確かに…詠唱は『焔』だったもんね」




 魔法にはその強さによって階級が三段階あり、下から“下級”、“中級”、“上級”と上がってゆく。詠唱もそれに伴って変わり、先程きゅうちゃんが放った火の魔法で例えるのなら、『焔』、『業火』、『紅蓮の炎』と変化する。

 また、その詠唱を軸に様々な呪文を織り交ぜ独自の魔法を作ることもでき、それらは“特級”と呼ばれ、九魔家に伝わる九火は有名な火の特級魔法だ。

 火の下級魔法の威力と言ったら、個人差はあれどせいぜい火傷を負わせる程度のものだ。身を燃やしたり骨まで灰にするなんて、中級どころか上級でもおかしくないほどの火力だ。

 つまりきゅうちゃんは、火の下級魔法をおのが魔力調節だけで中級ないし上級並みの威力まで底上げしているというのだ。




「――ってことだよ」

「いやいやいや、そんな簡単そうに言うなよ」

「魔力調節は熟練の術師でも至難の技、と聞くものね」

「ほのかちゃん、すっごーい!」

「そ、そんなことないよ…」


 褒められ慣れていないのか、きゅうちゃんは照れながら謙遜する。


「よし。きゅうちゃんがすげぇ強いことも分かったことだし、先に進むぞー」

「も、もう、けんくん!」


 照れ可愛い狐っ娘を愛でつつ、隊列を組み直し先に進んでゆく。




「――というわけでボス部屋だな」

「サラマンダーより、ずっとはやい!!」

「『はやい!!』だけでいいだろ!」


 癒衣が変なことを言うのでツッコミを入れる。


「けど、道中は敵があんまり出なかったよね」

「最初にボクが燃やしちゃったゴブリンと、コボルト、地下ネズミ、青スライムにミミックぐらいかな?」

「数が少ない上に弱いモンスターばかりだったわね」


 確かに、ゴブリンやコボルトは粗末な装備だったし、地下ネズミや青スライム、ミミックも低レベルの冒険者が相手にするモンスターだ。

 それでも数が多ければ脅威にもなりるが、最初のゴブリン以降四体以上の集団を見かけていない。


「確かにテストにしては拍子抜けするところはあるけど、この奥の部屋にいるボスモンスターが強敵の可能性もある。気は抜かずに注意して臨もう」


 「了解」と皆が返事を返し、俺は部屋の入り口の扉を見やる。

 扉には複雑な意匠が施されており、威圧感がありながら美しさも感じる不思議な紋様だ。

 その紋様の中にあるくぼみの部分に手を触れると、その部分から扉の紋様全体に光の筋が走り全体に行き渡ると、大きな音を立てながら扉が観音開きにひらいてゆく。

 ボスモンスターが鎮座する最奥の部屋、通称ボス部屋の中央に、そいつはいた。

 自然物型しぜんぶつがた岩石様がんせきようモンスター“ゴーレム”。


「で、でけぇ…」


 無造作に転がっている体の節々のパーツ一つ一つが1mを優に超えている。

 どれが手足でどれが体かは分からないが、どの部分が当たろうとも致命傷は免れなさそうだ。


「ゴーレムは初めてだね…」

「動く前から手強そうな雰囲気ね」

「おっきぃ…!」

「魔法が効くのか心配だよ…」


 各々初めて相対あいたいする敵に不安を抱いているようだ。

 まもり姉が言っていたのはこのことなのだろう。

 ゴーレムの強さは中々に驚異的で、ベテランの冒険者でも痛手を負わされることもしばしばだ。


「つーわけで、正面突破は正直大変だと思う」

「そうね。力量の分からない敵に突っ込むのは無謀だもの」

「でも、どうする?近づいたら動き出しそうだけど…」

「弓奈よ。今日は幸運なことに最大火力の後衛がいるんだ」


 そう言いながら、俺達は揃ってきゅうちゃんの顔を見る。


「…え!?ボ、ボク…?」


 きゅうちゃんは驚愕と困惑を混ぜ込んだような顔をしていた。




「んじゃ、作戦通りいくぞー」

「「「「了解!」」」」


 皆がそう答えると、弓奈は弓を引き絞り、きゅうちゃんは詠唱を開始し、忍はお手製の手榴弾を構え、癒衣はハンマーの柄を強く握り締める。


纏鎧てんがい――」


 万が一この一撃でゴーレムが倒れなかった時のために、俺は魔法で防御を高めておく。

 これで倒せなかったら盾役タンクのいない俺たちのパーティーじゃ辛いだろうし、最悪の場合は俺が囮になり、弓奈達を逃がそう。

 あの入り口の狭さなら、図体のデカいゴーレムだったら通ることは出来ないだろう。


「すぅー…はぁー…」


 俺は一つ深呼吸をし、覚悟を決める。


「――撃てっ!!」


 その言葉を引き金に、太矢たやが放たれ、炎がおこり、轟音とともに火薬が爆ぜ、その力の全てがいわおに降り注ぐ。


「癒衣の、全力っ、ぜんっかいっ!!」

「でりゃぁー!!」


 しきる力の雨とともに、霹靂の如き大槌おおづちつるぎによる一撃が見舞われる。


「やったかな!やったよね!?」


 あ、これ倒せないやつだ。


――グォォォオオオオォォオオオオオオオ――


 咆哮とも地鳴りとも取れる不可思議な鳴動を響かせ、幾つか身体がひび割れ砕かれながらも、そいつは立ち上がり俺達を見下ろす。

 それは岩石の柱。それは磐石ばんじゃくの壁。それは巖巖がんがんの巨人。

 俺達を圧倒するそいつは、佇むだけで畏怖の念を植え付ける。


「うそ…だろ…?」


 岩で出来た無機質な顔は、一切の辛苦を感じさせない。


 弓奈の太矢は岩をも砕く。

 きゅうちゃんの炎の威力は道中で確認済みだ。

 忍の爆弾なんてダンジョンの壁も壊すぐらいなのに…


 絶望。

 在り来たりだが、俺たちの感情を表す最たる二文字。

 それ故か、その剛腕が俺へと振り下ろされていることに気づくのが遅れた。


「――あぶないっ!!」


 誰が叫んだだろう。

 弓奈か、忍か、癒衣か、きゅうちゃんか。

 俺は目の前に大岩が落ちてくるのを、唯々見ていることしかできなかった。


『――マスター!ぼさっとすんなしっ!』


 何か声が聞こえたかと思うと、目の前で岩の腕が停止している。

 いや、何かに遮られていると言った方が正しいか。

 よく見ると、淡く光る障壁のようなものが張られていた。


「なんだ…これ…?いや、考えてる暇はないな」


 障壁には少しずつだが罅が入り始めていた。

 俺はゴーレムの腕が当たらないところまで退しさると、攻撃を防いでいた障壁は砕かれ、元居た場所に岩塊が振り落とされた。


「剣斗、大丈夫っ!?」

「あぁ、なんか不思議な力が俺を守ってくれたんだ」


 弓奈の呼び掛けに答えると、不意に愛剣カヴァリエーレが震えながら光り出した。


「お前が、助けてくれたのか…?」


 カヴァリエーレは俺の言葉を肯定するかのように明滅を繰り返す。

 ということは、さっきの声はこいつなのか…?


「剣斗…?」


 弓奈に呼ばれ、俺は移った意識を戻す。

 そうだ。今はあいつをどうにかするのが先決だ。


――グォォォオオオオオオオオオオオオォ――


 獲物を仕留めきれなかったことに対する不満の声か、怒りの籠った鳴動が部屋を埋め尽くす。


 正直に言って、怖い。

 ここまで圧倒的な力量差を感じる相手は初めてだ。

 辛い、逃げたい、帰りたい。けど…

 何故だろう。

 携えた漆黒の剣から放たれる光が、俺なら、俺達なら勝てると、不思議とそう思わせている。

 強い、負けない、諦めない。

 この剣となら、この仲間となら、どんな敵にも負けないと、そう言っている気がした。

 だから…


「みんな、聞いてくれ」


 俺が言うと、みんなはゴーレムに目を向けながらも話を聞く態勢に入る。


「相手は強い。圧倒的に強い。だからここで、離脱を宣言しようと思う」


 みんなが俺の提案の聞き、事の深刻さを再認識する。

 離脱を宣言したことなんて数えるほどしかなく、そのどれもが、提案した俺を含めた満場一致での離脱だったからだ。

 だから、そのあとに俺が放った一言は、とても狂気みていたことだろう。


「ちなみに、俺はだ」


 離脱を提案したのに、反対する。正に滑稽だろう。

 みんなの視線を感じる。それは奇異の目だ。

 そんな目に晒されながらも、俺は笑いながら無刃の魔法を掛けていた。


「剣斗が大丈夫って言うんなら、私も反対だよ」


 弓奈が俺に賛同する。


「戦いをつづけるんなら、回復役ヒーラーはひつよーだよねっ!」


 癒衣が元気一杯に答える。


「これでは、ワタシたちが賛成しても変わらないわね」

「ホントだよ」


 忍ときゅうちゃんが渋々を装いながらも、その顔には後悔の念が見られない。


「よっしゃ、いくぜぇ!!」


 俺の声を皮切かわきりに、全員が一斉に攻撃を開始する。


「でりゃぁぁあああ!!」


 俺はゴーレムの体勢を崩すために、足元に何度も斬りかかる。

 しかし手応えは無く、ゴーレムの剛腕を躱しながら、ひたすらに金属の弾く音を響かせていた。


「――っ!」


 弓奈は少し距離を詰めたところから、再び太矢を放ってゆく。

 他のところよりも脆そうな岩の継ぎ目を狙い中てているのだが、一向に矢が刺さる感じがしない。


「ここは…躊躇っている場合ではないわね」


 忍は独り、粘土状のものに何かの装置を取り付け始めた。


(何かが、何かがおかしい…)


 きゅうちゃん――法乃香は、魔法を放つと同時に考えていた。


(ゴーレムは打撃、衝撃に弱いはず。なのに、爆弾も鈍器も、僕の魔法も効かないなんて…――何か、何かあるはずだ…!)


 狐耳の才媛は、忙しなく思考を繰り返す。


「活性っ!」


 癒衣はハンマーで殴りつつ、魔法で剣斗と自身のスタミナ回復に努めていた。

 自分でも頭の悪さを自覚している癒衣は、打開策を見つけることは剣斗と頭の良い法乃香に任せ、自身はただひたすらに仲間を支えることに専念する。


「ったく!ゴーレムってのは、こんなに硬いもん、なのかっ!?」

「あはは!じつは、ゴーレムじゃ、なかったりしてねっ!」


 俺の疑問に癒衣が変な答えを返す。


「ばっか!ゴーレムじゃなかったら、なんだっ…て…」


 その時、抜け落ちていたピースが全てまった。


「きゅうちゃん!」「けんくん!」


 どうやらきゅうちゃんも気づいたらしい。


「弓奈!太矢じゃなく鏑矢かぶらやの準備!」

「わかったよ!」

「忍はセムテックスな!」

「今やってるわ!」

「癒衣は俺の合図で一緒に距離取るぞ!」

「うん!わかった!」

「きゅうちゃんは任せた!」

「ボクだけ雑だね…けど、任されたよ!」


 俺の指示の下、弓奈は先程の太矢とは違い、先端に鉛が仕込まれた円筒状のやじりがついた鏑矢を番える。

 狙いを付け放たれたそれは、甲高い音を上げながらゴーレムに突き進み、その右肩を粉々に吹き飛ばした。


――グォオオオオオッ グォォオオオアァァアアアアア――

 それでもゴーレムは体を再生しようと飛び散った石ころを寄せ集め、敵意の全てを弓奈に向ける。


「余所見をする余裕なんてないわよ?」


 忍がそう言い放つと、準備を終えた新たな爆弾をひけらかす。


 “セムテックス爆弾”。

 テロリストのC-4とも呼ばれる、可塑性かそせい爆薬を使用したプラスチック爆弾である。

 その威力たるや、飛行機をたった250gの爆薬で爆破させることが出来るほどである。


「癒衣!逃げるぞ!」

「はーい!」


 俺達が距離を取ると同時に忍は爆弾のピンを抜き、ゴーレムに向かって投げつける。


――ガアァッ アアァァアアアアア――


 苦悶の叫びを上げながら、再生するために集まっていた石諸共右半身を削られてゆく。


あかほむら。敵を貫きその身を焦がせ。それは、炎神えんじんの槍。槍焔そうえん――っ!」


 きゅうちゃんがそう唱えると、大きく鋭い炎の槍が顕現する。

 それは凄まじい速度でゴーレムを貫くと、体の内側から爆発を食らわせた。


――グァアァァア ガァッ ァァアアア――


 きゅうちゃんの一撃で体の大部分が砕け散り、内側から青白く輝く球体が現れた。

 やはり…“ウィル・オー・ザ・ウィスプ”…!

 そう、俺達が戦っていたのはゴーレムではなく、それに擬態していた別のモンスターだったのだ。

 ウィル・オー・ザ・ウィスプは物理耐性が非常に高いモンスターだ。

 つまり、最初の一撃からきゅうちゃんの魔法ぐらいしか攻撃が通ってなかったことになる。

 いくらきゅうちゃんの魔法が強いとはいえ、ボスモンスターには致命傷にはなり得ない。

 だが、物理が効かないと分かればこちらのものだ。


「癒衣、あいつには物理が効かない!聖魔法で殴ってくれ!」

「がってんしょーち!聖球せいきゅう!」


 癒衣が詠唱すると、ハンマー…もとい杖から、聖なる力が込められた光る球体が放たれる。

 魔法がウィル・オー・ザ・ウィスプに直撃すると、周囲に纏っていた岩は崩れ出し、本体だけの姿となった。


「よくも梃子摺てこずらせてくれたなこんにゃろう。装雷そうらいっ!」


 俺は魔法でいかづちを愛剣に纏わせる。


「こいつで、終わりだぁぁああああ!!!」


 全身全霊の一撃を敵に叩き込む。


――アァァ…ァァアァァァ……――


 輝く球体はその身を小さくしてゆき、やがて弾けて消え去った。

 ウィル・オー・ザ・ウィスプが居た場所には、拳ほどの大きさのガラス玉のようなものだけが残っていた。


「やった…――」




「――やったぁぁああああぁぁあああああ!!!!!」

「やったね、剣斗!!」

「だーいしょーり!」

「今回も勝てたわねっ」

「これが…ダンジョン制覇なんだ…!」


 俺達は、強敵に勝利した喜びと達成感に打ち震えていた。




「起立!…礼!」


 俺の号令で、クラスに活気が戻ってくる。

 テストは終わり。明日からは通常運行だ。


「あぁ~終わった終わったぁ」

「お疲れけんくん」


 前の席のきゅうちゃんが俺を労ってくれる。


「いやホント疲れた…一回死にかけるし」

「学校のダンジョンだから多分大丈夫なんだろうけど、あれはひやっとしたよ」

「そうそう。剣斗には反省してもらわないとね」


 そう言いながら、弓奈達も合流する。


「でも、癒衣もあのときは手も足もでなかったよ…」

「そうね。そこはワタシ達も反省しなければいけないところだわ」

「うっ…確かにそうだね…」


 実際あのときは俺を含め、誰も動くことが出来なかった。


「まだまだひよっこってことだよなぁ…」


 はぁ、と俺は溜息を吐く。


「まあまあ、とりあえず無事だったんだし、今はそのことを喜ぼうよ」

「そっか…そうだよな、うん!」


 きゅうちゃんのおかげで元気出てきた。


「そういえば、ドロップアイテムはどうするの?」


 この話は終わりとでも言うように、弓奈が話を変える。

 ウィル・オー・ザ・ウィスプを討伐した時に落としたガラス玉は、宝玉というなんとも稀なドロップアイテムだった。

 あの時はテスト中だったこともあり、一旦俺が預かっていたのだ。


「あぁ、それなんだけど。ダンジョン初制覇ってことで、きゅうちゃんに贈呈しようかと思うんだ」

「え!?そんな、悪いよ!」

「でもウィル・オー・ザ・ウィスプの宝玉なら、質の高い杖が作れるんじゃないかしら。法乃香さんは杖を持っていないみたいだし、ちょうどいいんじゃない?」

「うーん、でも…」


 きゅうちゃんは九魔の血筋ということもあり、杖などの媒体を持たなくても高威力の魔法を放つことが出来る。

 もちろん媒体があれば威力を高めることが出来るのだが、きゅうちゃんは自身に合う媒体が見つからないでいるらしい。


「だったら、グローブにしたらいいんじゃないかな?」

「グローブ?」


 癒衣の提案に、きゅうちゃんが疑問を返す。


「そう、グローブ!つかってる人はあんまりいないけど、杖があわない人とか魔法闘士の人とかがつかったりしてるよ」

「グローブか…使ったことはなかったなぁ…」


 きゅうちゃんは顎に手を添え思案する。


「まあ、明日にでも試してみて、肌に合ったら加工してもらえばいいんじゃないか?」

「そうだね。そうするよ」


 黄龍広場には武器屋もあり、そこで武器の試用や加工の依頼ができる。

 冒険する為の設備が一通り揃っているのが、冒険科のある学校の良いところだ。


「んじゃ、玉渡しとくぞ」

「失くさないようにしないと…」

「剣斗ならともかく、きゅうちゃんなら大丈夫だよ!」

「信用ねえな、俺…」


 まあ何はともあれ、無事にテストが終わって良かった良かった。


「んじゃ、駅前のどっかの店で今日の慰労会でもやりますか!」

「「「「ごちそうさまです!」」」」

「ワリカンだっつの!!」


 今は、この楽しい時間を謳歌しよう。





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