前期前半

四時間目 冒険系科目筆記及び実技試験

 キーンコーンカーンコーン――


「始めてください」


 まもり姉の合図とともに、クラスメートたちは一斉に問題用紙を裏返し、答案用紙に答えを書き込んでいく。

 今は昼前最後の単位時間、4時間目だ。

 文系と理系の筆記試験が終わり、この時間は最後の筆記試験である“冒険系科目筆記試験”が行われている。




 英禰学校含め、各学校に設置されている冒険科において定められている必履修科目は九つある。

 文系科目である国語、地理歴史、公民。

 理系科目である数学、理科。

 そして、冒険系科目である探検学、戦闘学、冒険医学、迷宮言語。

 これらの科目のうち、冒険系科目について順に説明しよう。


 まず初めに“探検学”。これはダンジョンについての知識や、冒険の心得などを学ぶ科目だ。また、ダンジョンに潜むモンスターや仕掛けられているであろう罠に対する知識を深め、生存率を上げることも目的としている。


 次に“戦闘学”。こちらは各ジョブによる戦闘術を学ぶ科目で、1年生の時は担任がクラス単位で基礎を教え、2年生以降はジョブ教官が学年単位で教鞭を執る。ダンジョンでは連携を取ることが必須になるため、他のジョブの基本戦闘も学ぶ。


 三つ目は“冒険医学”。ダンジョンの罠やモンスターとの戦闘で負うであろう傷病に対する知識と処置方法を学ぶ。探検学と重なる部分もあるが、この科目ではより専門的な知識を学ぶことになる。


 最後に“迷宮言語”。この科目は、ダンジョンに生息するモンスターたちが使用する共通言語である迷宮言語の識字、及び会話の習得を目指す。ダンジョンでの謎解きはもちろんのこと、人間と友好、または中立なモンスターとの交渉等で用いるために学んでいる。


 今現在行われている筆記試験は、これら四つの科目の総合テストということだ。

 ちなみに、戦闘学の筆記試験は基礎と連携の二点に重きが置かれており、ジョブ毎に習ったことは実技試験で測られる。

 じゃないと、テスト配るとき大変だしな。




「―――よしっ」


 俺は解答用紙に答えを書き込み終え、α-jellのシャーペンを机に置いた。

 先に行われた二つの試験とは違い、解答欄は全て埋まっている。

 目の前に座っているきゅうちゃんも終えたようで、シャーペンを置いたあとに解答用紙を裏返し隅に避け、机に突っ伏してスリープモードに移行した。


「ふわぁ…寝よっと…」


 俺もきゅうちゃんに倣って机に突っ伏し、視界に暗幕を下ろした。




「―――くん…」


 ん?なんだ…?


「―――んくんっ」


 最初に優しく肩を叩かれたと思ったら、次は少し揺すられた。

 なんだよ、気持ち良く寝てるってのに…


「―――けんくんっ!」

「うおっ!?」


 両肩を掴まれ激しく揺さぶられる。

 あまりの衝撃に飛び起きてしまった。恥ずかしい…


「おはようけんくん。テスト回収するって」

「お、おう。さんきゅーきゅうちゃん」

「どういたしまして」


 きゅうちゃんの思いのほか激しめだったモーニングコールで起こされたあと、解答用紙を集めるために前の席のきゅうちゃんに手渡す。

 飛び起きたせいか、やたらと胸が脈打っている。

 気のせいか、いつもよりもきゅうちゃんが可愛く見える。これが吊り橋効果ってやつか(違


「ではこれにて、午前中の筆記試験は終わります。お昼過ぎからは実技試験です。昼休みのあと、5時間目が始まる前までには武器を忘れずにグラウンドに集合していてください」


 テストを回収し終えたまもり姉が注意を喚起し、俺に目配せで号令を促す。


「起立!…礼!」


 礼が終わると同時に、教室には安堵と達成感の雰囲気が満ちていた。




「ふぃんははひっひへふほほうはっは?」


 昼休み、冒険科校舎内の食堂にて。

 俺は弓奈、忍、癒衣、きゅうちゃんとともに学食で昼飯を食べていた。


「癒衣ちゃん、ちゃんと食べてから話さないとお行儀悪いよ?」

「お行儀もそうだけど、そもそも何を話してるか分からないわね」

「…ごくんっ、ごめんごめん!」


 きゅうちゃんと忍にたしなめられ、きちんと飲み込んでから謝る癒衣。


「テストはぼちぼちだな」

「えっ、剣斗いまの分かったの?」


 弓奈は食事語を解読できなかったのか、驚きつつ俺に尋ねてくる。


「けんとくんとは以心伝心の仲だからねっ!」

「距離遠ければ離れてる気はするし、目ぇつぶっても表情までは分からんな」

「オランゲランゲ懐かしいね」


 10年以上も前の曲なのに、タイムラグ無しに相槌を打つきゅうちゃん。さすが幼馴染。

 そんな世間話をしながら、俺と弓奈は弁当を、三人は学食で注文した料理を口に運んでいた。

 癒衣はハンバーグ、きゅうちゃんは鯖味噌を主食に据えた定食を、忍はカルボナーラを食べている。

 俺と弓奈の弁当の中身はというと、ご飯に唐揚げ、卵焼き。彩りにプチトマトと茹でたブロッコリーが添えられている。


「あれ、ゆんちゃんとけんくんのお弁当の中身似てるね。…というか、一緒…?」


 そう、きゅうちゃんの指摘通り、包みや箱の形は違えど俺たちの弁当の中身は一緒なのだ。


「あ、そっか、ほのかちゃんは知らないもんねっ」

「何のこと?」

「けんとくんね、ゆんなちゃんにおべんとう作ってもらってるんだよ!」

「なん…だって…?」


 某漂白漫画みたいな驚き方をするきゅうちゃん。


「ま、毎日そんな手の込んだお弁当作ってるの…?」

「学校のある日は作ってるよ。でも前の日の晩ご飯の余りを使ったりしてるし、手が込んでるかって言われると微妙だけど…」


 手を抜いていると思われるのが恥ずかしいのか、苦笑いして照れながら説明する弓奈。


「幼馴染の女の子が、知らない間に主婦してる…」

「べっ、別に主婦ってわけじゃ…っ」


 狐耳の幼馴染は激しく落ち込み、ポニテの幼馴染は激しく動揺していた。

 どうすりゃいいんだこれ。


「……決めた」


 俯いたまま、きゅうちゃんがポツリと呟く。


「ぼくも…けんくんにお弁当作ってくる…!」

「なん…だと…?」


 某漂白漫画みたいな驚き方をする俺。


「ほのかちゃん、お料理できるの??」

「うん。家で家事の仕方は一通り教えられるからね」

「おぉ~、すごぉ~い!」

「でもさすがに毎日二つのお弁当を食べ続けるのは、剣斗さんも大変じゃないかしら」

「ぐっ、たしかに…」


 透かさず忍がもっともなことを言って除け、冷静さを取り戻すきゅうちゃん。

 しかし、俺も一男子。剣の素振りやダンジョンの攻略などで体を動かしているので、弁当が一つ増えるぐらい大した問題ではない。


「別に俺は二つでm

「じゃあ、勝負すればいいんじゃないかな!」


 俺が提案しようとした声を遮って、癒衣が不穏な言葉を口にした。


「勝負…?」

「それってどういうこと?癒衣ちゃん」


 弓奈ときゅうちゃんが食いついてしまった。


「あしたのお昼にゆんなちゃんとほのかちゃんがつくってきたお弁当をけんとくんに食べてもらって、どっちがよりおいしかったかを決めてもらうのっ。勝ったほうには、次の日からのけんとくんのお弁当をつくれる権利をさしあげます!」

「「ほほぅ…」」


 こうして明日あす、俺の弁当を作れる権利を賭けた女の戦いが(勝手に)決まってしまったのだった。




「それではこれより、冒険系科目の実技試験を開始する。まず初めに個人実技試験を行う。各自ジョブ教官の前に集合し、教官の指示の下試験を受けなさい。以上」


 グラウンドに整列していた2年生の生徒達は、学年主任の指示に従いそれぞれの教官のところへと散ってゆく。

 俺も弓奈達と別れ、“剣士”のジョブ教官の下へと歩を進めた。


「…よし、剣士のみんなは集まったね。A組の出席番号が早い順番の生徒から始めるから、呼ばれたら先生のところに来てくれ」


 先生の指示に、俺を含めた生徒達が「はい!」と元気良く返事をする。


「それじゃあ、まず最初は…先導せんどうっ」

「はい!」


 個人実技試験受験者第一号が先生に呼ばれ、グラウンドの一角で試験が開始された。


「さって、俺は素振りでもしてるか」


 三番目である俺は、すぐに回ってくるであろう順番に備えて愛剣を鞘から引き抜く。

 その刀身は淡く光っており、まるで試験へのやる気がみなぎっているかのようにも見えた。


「よしよし。今日は存分にふるってやるからな」


 俺は相棒にそう声を掛けると、嬉しそうに剣が震え出す。いや、本当に嬉しいかは分からんけど。めんどくせぇーとか言ってたらどうしよう。

 そんなアホなことを考えつつ、俺は試験開始まで素振りをし続けた。



――10分後――



「次は…御剣だな。準備はいいか?」

「ダメって言っても準備させてくれないじゃないですか」

「ははは、よく覚えてたな。それじゃあ始めるぞ」

「はーい」


 俺は先生に付いて行き、試験会場(と言っても更地だが)に到着した。


「では試験を開始する。まずは型から始めてくれ」

「はい!」


 ここで言う先生の“型”は、学校で教わる“基礎型”と呼ばれるものだ。

 冒険科の全ての学校で必修の型で、ジョブ毎にその動きは異なっている。

 1年時にこの基礎型を習うが、2年時からは各学校で受け継がれている型を取り入れるので、冒険科卒業者が同じような戦い方になるようなことはほとんどない。


「せぃっ!…たぁっ!…」

「ふむ……」


 俺が型を続ける横で、先生がボードに何やら書き込んでいる。まあ、恐らくは型に対する評価だろうが。


「……ふぅ」


 俺は型をやり終え、剣を鞘に納めてから先生に礼をする。終了の合図だ。


「うむ。点数はまだ言えないが…完璧だ、とだけ伝えておこう」

「ありがとうございます」


 俺は高く評価してくれた先生に礼を述べ、再び一礼する。


「では続いて、冒険医学の試験を行う。ダミー」

「ハイ、タダイマ」


 先生が呼び掛けると、近くで棒立ちしていた二足歩行のロボットが動き出した。

 色は全身肌色だが、関節部が人のそれとは明らかに異なっており、少なくとも生身の人間ではないことが分かる。

 正式名称“Danger Management for Yorself”、略称“DaMY”。

 冒険医学での授業の際、疾病や怪我の症状の再現したり、それに対する治療効果の有無を判定したりして、より質の高い授業を行えるよう開発された医療用訓練機である。

 普段はロボットなので片言かたことで話しているが、いざ症状の再現が始まると並みの役者顔負けの演技を披露する。

 どんな感じかというと――


「ぐあぁぁぁああ、あ、ぁあ、足がぁあああっっ」


 ――この変わり様である。


「試験内容は症状の診断から応急処置までの行為を5分以内に終わらせること。では、始めてくれ」


 俺は先生の合図とともにダミーに駆け寄る。


「どうしました?大丈夫ですか?」

「うぅう…あ、足がぁ…っ」


 先程も叫んでいた通り、足に異常があるようだ。

 視線を足元に移してみると、いつの間に刺さった(生えた)のか矢が右足の太腿ふとももの部分に突き刺さっていた。

 傷口からは少量の出血、患部はやや腫れ上がり打撲した時のように紫色を帯びている。


「ふむ…蛇毒へびどくの毒矢かな」

「ど、毒っ!?俺はもう…死ぬのか…?」

「大丈夫。適切な処置を施せば問題ないから」

「そ、そっか…」


 俺の冷静な態度と言葉を聞いて、ほっと息をき安心するダミー。

 それでも痛みがあるからか、顔は少しばかり引きっていた。


 俺はまず毒が回らないように患部の少し上のところを緩く縛る為、腰につけているポーチからタオルを取り出す。

 このポーチは冒険科で支給された応急処置用の道具が入ったもので、ダンジョンに赴く際には生徒全員に所持を義務付けている。

 冒険医学の実技試験は、この中にあるもので対処できる症状から出題されるので、専門的な知識が必要なものや魔法でしか対処できないものは出てこないようになっている。


「痛いと思うが、少し我慢してくれ」


 俺はタオルを縛り終えた後、毒が塗られているであろう矢を引き抜いた。

 じわぁっと血がにじんでくる傷口に水筒の中のお茶を掛けて洗ってゆく。中身のお茶は渋めに出されているもので、食堂で水と一緒に置かれていたものだ。お茶に含まれているタンニンには蛋白質と中和する性質があり、複数の蛋白質で構成される蛇毒は、タンニンと結合し中和されることで不活性化されるのである。

 ある程度傷口を洗ったあと、ポーチから取り出した吸引器で血液とともに毒を吸い出してゆく。口で吸い出しても大丈夫だが、口腔こうくう内に傷があると感染する恐れがあるので注意しないといけない。

 血が出なくなった辺りで、他の菌による感染を防ぐ為に傷口を消毒する。

 その間にダミーに水筒を渡しお茶を飲ませ、水分を摂取させる。水分を取ることで血液中の毒素の濃度を減らし、利尿を促すことで毒の排出を助けることが出来る。また、お茶に含まれているカフェインには利尿作用がある為、より一層効果があると言える。


「よっし、処置完了っと」

「あぁ…助かったよ…」

「あとは救急ギルドの人の助けを待ちつつ、鬱血うっけつしないように10分ごとにタオルを緩めて、ダミー…患者は安静に保ちます。以上です」


 ピッ、っとストップウォッチを止める音がした。


「うむ。迅速な処置だった。手順も正確で、なにより――」


 先生が視線をダミーに移した。


「――ダミーがお前を信頼し、安心している。こいつも結構評価してるってことだな」

「近年稀ニ見ル、素晴ラシイ治療デシタ。救急ギルドデ活躍出来ソウデスネ」

「ほう、中々言うな」


 救急ギルドは、一般の救急隊が入ることのできないダンジョンや危険区域に潜り人命救助をする、戦闘と救命のスペシャリスト達で構成されるギルドだ。常に構成員募集の張り紙を掲げているが、加入試験が相当難しいらしく、合格率は3パーセントと天気予報士よりも低いらしい。


「テスト受かる気しないっす」

「うちの学校で合格者が出てくれれば、先生も鼻高々なんだがな」

「勘弁してくださいよ…」


 加入試験の内容も公表されないから対策の仕様がない。そんな難所に突撃するのは、余程のやる気がないとダメだろう。俺にはない。


「まあ、ダミーも推してることだし、興味があったら言ってくれ。ではこれにて試験は終了だ。おつかれさん」

「ありがとうございました!」


 俺は先生に一礼し、剣士ジョブの集団に戻っていった。




―Yunna's side―




 私は剣斗達と別れ、弓師のジョブ教官のところへと急ぐ。

 弓師の教官の下には、和弓やロングボウなどの大弓おおゆみを持つ人、小弓こゆみや短弓を持つ人、やクロスボウを持つ人と実に様々だ。


「みんな集まったわね。それじゃあ、A組の乙矢おとやさんから順番にやるから、呼ばれた人はすぐ来るようにね」


 みんなが教官の言葉に返事を返すと、同じクラスの乙矢おとや甲矢手はやてが教官に連れられる。


「頑張ってね、甲矢手!」

「うん、ありがとー弓奈ちゃん」


 私は試験に向かった甲矢手を見送ると、備え付けられている弓立てに二張ふたはりある自分の弓の内の一張を置き、もう一張を手に取る。

 今手に取っている弓は“ゴム弓”と呼ばれるもので、弦の部分がゴムのチューブで出来ている。

 本来はもっとコンパクトな形をしているのだが、私のものは普段使っている弓と弦の部分が違うだけで、長さや材質は同じものになっている。


「ふぅ……」


 私は一呼吸置くと、弓道八節きゅうどうはっせつの動きを矢をつがえずに行ってゆく。

 足踏あしぶみ、胴造どうづくり、弓構ゆがまえ、打起うちおこし、引分ひきわけ、かいはなれ、残心ざんしん

 一つ一つの動きをしっかりと、かつ流れるように淀み無く。


「……よし、次っ」


 何度か弓道八節を繰り返したあと、学校で教わった型を始める。

 こちらは弓道八節とは違い実戦的な動きを取り入れていて、連射や速射、近接格闘といった弓道とは真逆を行くようなものとなっている。


「はっ!…せやっ!…」


 私は尚も矢を番えず、先程よりも激しい動きに少々息を切らしながら集中を高める。

 実物の矢を飛ばす代わりに気迫の矢を飛ばし、あるはずの無いところに浮かべた架空の的にててゆく。


「はぁ、はぁ…ふぅ……」


 型を終え息を整える。

 再び弓道八節に戻し、数回行った後に型を始める。

 この一連の流れを繰り返し、只々先生が呼ぶのを待っていた。


「次は…弦矢さーん」

「はい!」


 先生に呼ばれた私はゴム弓の弦を外してから弓立てに置き、代わりに最初に置いていた竹の和弓を持ち、竹矢が入った矢筒を肩に掛ける。

 準備を整えた私は、先生とともに試験会場へと向かった。




「…以上です」


 私は先生にダミーへの処置が完了したことを告げる。


「うん、上々ね。的確で迅速な処置だったわ」


 先生にそう言われ、恐縮してしまう。

 剣斗だったら、もっと上手くやれたんだろうなぁ…


「それじゃあ続いて弓術の試験ね。目標は五つ、矢は十本、制限時間は1分よ。その場から移動することなく狙い撃つこと。準備が出来たら教えてちょうだい」

「はい。…すぅ~…はぁ~…」


 私は深呼吸をして心を落ち着かせ、緊張で強張った体を解してゆく。


「…よし。大丈夫です、お願いします!」


 私は弓を構え、的を真っ直ぐに見据える。


「では…始め!」


 私は弓に矢を番え、手近な的を射抜いた。

 残り四つの内、動いていない二つの的をそれぞれテンポ良く中ててゆく。

 今のところ三つ全てが正鵠を射ている。

 残りは二つ。そのどちらもが動いており、一方は壁から出たり引っ込んだりを繰り返していて、もう一方は縦横組み合わさってはいるが規則的で、数字の8を90度回転させた“∞(無限)”の記号をなぞったような動きをしている。

 どちらも動きは早くはないが、問題は距離と大きさだ。

 壁の的までの距離はおよそ30m、的の大きさは40cm程だろうか。

 比べて無限の的は距離およそ60m、大きさは60~70cmといった感じだ。

 壁の方はまだしも、無限の方は驚くほど小さく見える。しかも動いてるし…


「20秒経過」


 いけない。じっくり考えてる暇はないもんね…

 私は四本目の矢を番え、壁の的に狙いをつける。

 焦っちゃダメ。だけど思い切り。


「――いまっ」


 壁から出てきたところに矢を放つ。

 私の放った矢は、まるで的に吸い込まれるように正鵠を射抜いた。

 あと一つ…

 私は間を置かずに最後の的に狙いをつけ、そのまま放った。

 だが焦りからか、矢は的のわずか左を通り抜けた。


「ふぅ…集中」


 私は目を閉じ、一度心を落ち着かせる。


「40秒経過」


 先生の言葉に意識を向けない。

 頭にあるのは、的に中てるという強い意志だけ。

 目を開ける。

 的を見据え、中てるための情報を全て読み切る。動きを、風を、自分の調子を。

 弓を構える。

 少し遅れて矢を番え、弦を引き、弓を引き絞る。

 訪れる静寂。一瞬の


「――っ」


 弦の弾く音。矢が風を切る音。そして――


 ――タンッ


「そこまで。外した一矢いっしが惜しいほどの腕前ね」

「ありがとうございます」


 最後の的も正鵠を射ることが出来た。

 六射中五射的中。的中は全て正鵠。本当は誇っても良いことなんだけど、


「はぁ…」


 私は落ち込んでいた。

 土壇場で焦ってミスするのが、私の悪い癖。

 今は小さなミスで済んでるけど、いつか大きなミスになりそうで少し怖い。

 そういうところをカバーし合うのが仲間だ、って剣斗は言ってたけど、治せるのならそれに越したことはない。


「どうにかならないかな…」


 私はそうぼやいたあと頬を叩き、来たる団体実技の為に思考を切り替えた。




―Shinobu's side―




「あら、ただの鍵開けかと思ったら謎解きもあるのね」


 ワタシは盗賊(この呼ばれ方は好きではないけれど)の個人実技試験で、宝箱の鍵開けを指示された。

 ピッキングは得意だからすぐに終わるかと思って箱を開けたら、お次は電子制御の鍵もあるなんてね。

 いつもならクラッキングツールで対処するのだけど、今回の試験への持ち込みはピッキングツールだけだった。


「まあ普通に解けばいいだけだし、問題はないわね」


 無いもの強請りをしても仕方がないので、ワタシは書かれている問題文を読み解く。



 以下の暗号を解き明かし、答えを導き出しなさい

 Solve the following cipher and derive the answer


 ([仕事]-[尋ねる])+([現実]-[高架鉄道])+[いいとも]



 問題文の下にはキーボードがあり、様々な言語が打てるようになっている。


「ふーん、なるほどねぇ…」


 ワタシは大した時間も掛けずに、キーボードで答えを入力する。


「T・R・E・A・S・U・R・E、っと…」


 ピッ、と機械的な音を上げ、電子制御で鍵が掛けられた蓋が独りでに開いた。

 中には『Congratulations!』と書かれた紙だけが置いてあった。


「さすがは盗見君だね。君なら解けると思っていたよ」

「Thank you Mister. But I was boring because it was so easy for me.」


 ワタシは先生にそう告げ、みんなのいる元居た場所に戻っていった。




―Yui's side―




 僧侶のテストはすごくむずかしい。

 何がむずかしいかというと、戦闘学のテストと冒険医学のテストを同時にやるところかな。


「…っ!………っ…………っっ!!」

「まってね!いま治すから!」


 癒衣はダミーさんにそう話し、発言の魔法を掛ける。


「うっ、腕が…っ!ぐっ…噛まれて…!」


 ダミーさんの声が出るようになった。

 やっぱり沈黙の状態異常が掛かってたみたい。

 ダミーさんの言った通り、腕にはするどい牙でかまれたあとがあった。


「むらさきいろに腫れてる…解毒しなきゃ!」


 癒衣はすかさず解毒の魔法をつかった。

 すると腫れは治まり、色もはだいろに戻ってゆく。


「あとは止血して、っと…」


 患部に直接布をあてておさえながら血をとめる。

 血がとまったら包帯をまいて傷をおおう。

 仕上げに回復魔法を掛け“しぜんちゆりょく”をたかめる。


「…これでよし!」


 テストだけど、またひとり助けられた。

 ダミーさんもうれしそうな顔してるし、もうだいじょぶそう。


「癒衣ちゃんは魔法も応急処置もバッチリね~」

「いいえ、まだまだです!もっといろんな人を助けられるように、もっともっとがんばります!」

「うんうん、その意気よ~」

「はい!」


 そう、もっと…もっとがんばらないと…

 いつか、あの魔法をおぼえるために……




―Honoka's side―




 魔法を主に使う術師のジョブ試験は至ってシンプルだ。

 自分の撃てる全力の魔法を見せること。


「――赤き炎、紅きほむらあかき業火。火は燃え盛り、焼灼しょうしゃくし、全てを灰燼かいじんさん。火よ、我が九魔の名に於いて命ず。出でよ、九火きゅうび!」


 ボクがそう叫ぶと、頭上高くに九つの大きな炎の塊が浮かび上がる。

 それらは円状に並び、標的を打ち滅ぼさんと意気込んでるかのように激しく燃えている。

 この魔法がボクにとっての最大の魔法、“九火”。

 九魔家に代々伝わる魔法で、極めた時のその威力たるや街を丸々一つ滅ぼすほどだそうだ。

 残念ながら(?)、ボクはそこまで習熟していない。


「ふむ、素晴らしい魔力量だ。扱いも正確で、魔法も安定している。九魔家のご令嬢だというのを抜きにしても評価に値するよ」

「ありがとうございます」


 それでも威力は十分だったようだ。

 ボクは魔法を解き、先生にお礼を告げる。


「これで冒険医学の方も完璧なら言うことはないんだけど」

「あ、あはは…」


 そう、術師の戦闘学の試験は良くても、冒険医学の試験はかんばしくなかった。

 ボクは元々不器用な人間で、細かい動きや丁寧な作業が苦手だ。

 実家で教わっている家事も、正直何とか及第点を貰っていると言っていい出来だ。

 その代わりと言っては何だけど、魔法の扱いだけは昔から得意だった。

 魔法なら細かい調整も利かせられるし、同じ魔法でも僅かな威力の差異を出すことも容易だ。

 これは九魔家の血も関係してるとは思うけど、それとは別に肌に合っているというか向いているというか、自分には合っている気がしている。


「そう思うと、ゆんちゃんに料理勝負を挑んだのは間違いだったなぁ…」


 試験が終わり戻ったボクは、そう独り言を呟いた。




―Kanade's side―




 ♫君の喜ぶ顔も 怒っている顔も

  哀しそうな顔も 楽しそうな顔も

  闇に覆われたこの瞳では 

  もう 映し出すことは出来ない

  締め付けられるような 胸の苦しみは

  暗く 深い海の底にいるようで

  一層 このまま 溺れてしまいたい♫


「状態異常発生。憂鬱、暗晦あんかい及ビ窒息」

「素晴らしいな。奏者が弱体の演奏をするのも難しいのに、一つの曲で三つの弱体を掛けられるなんて…」


 ダミーに歌を聴かせ、その結果に満足したように頷く先生。


 音楽とは文字通り、音を楽しむこと。

 それはつまり、人の心を高揚させるものであり、消沈させることを目的とはしていない。

 だから、奏者は味方を強化させても弱体させるなんてもってのほかだし、ましてや敵を弱体させることなんて容易ではない。

 敵が演奏する曲や歌を聴き入ることなんて、まずないことだからね。


「歌を聴いて落ち込まれるっていうのも、歌い手としては複雑な気分ですけどね」

「ははっ、それもそうだな」


 アタシは苦笑いを浮かべながらも、まあそういう目的で作った曲だし仕方ないか、と心の中で呟いた。


「しかし、随分と効果に指向性が高いね。先生も悲しい気持ちにはなったけど、弱体の効果が出たわけではないし」

「アタシ、歌うときに相手の目を見るようにしてるんです。少しでも心に響くようにって」

「ほう、なるほど。それが結果として指向性を高めている、というわけか」

「たぶんですけどね」


 歌いたいだけならカラオケでいい。

 聞いてくれる人がいるからこそ、その人に届く歌い方をしなきゃいけない。

 そう思ったら、自然と相手の目を見ていた。


「剣斗とカラオケ行きたいなぁ…」


 同じ価値観を持つ同志のことがふと頭によぎる。

 アタシはテスト終わりが待ち遠しくて仕方がなくなった。





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