三時間目 対面式

 ピピピッ ピピピッ ピp…

 朝が来たことを伝える一度目の報せが鳴り響く。

 いつもなら二度寝、三度寝をするところだが、今日は違う。

 俺はベッドの横に立て掛けている黒い鞘に納められたつるぎを手に取る。


「おはよう、カヴァリエーレ。二日もほっといて悪かったな」


 愛剣に向かってそう挨拶すると、「おはよう」と返しているかのように剣が震える。いつ見ても不思議な剣だ。まあ、慣れてしまっている俺も俺だが。

 俺は弓奈が起こしに来る前に制服に着替え、愛剣と鞄を持ち部屋を出た。


 トントントントントントン――


 階段を下り居間に入ると、隣の台所から小気味良い音が聞こえてくる。


「あら、おはよう剣斗。今日は早いわね」


 朝食の準備をしていた母さんが、俺に気づき声を掛ける。


「おはよう母さん。今日は対面式でエキシビションがあるから、少し体動かしておこうと思ってね」

「あぁ、そういえば言ってたわね。先輩で一番強い人と戦うんでしょ?」

「そうそう。掌瑚しょうこ先輩って言うんだけど、あの人尋常じゃなく強いからさ。なまった身体だとすぐやられちゃうだろうし」

「まぁ、そんなに強いのねぇ…」

「うん。だから、ちょっと庭で剣振ってくるから」

「はいは~い。美味しいご飯作って待ってるわね♪」

「さんきゅ」


 そう言い、鞄を椅子に置き居間を出ようとすると、出入り口で、ぽふっ、という音を立て誰かとぶつかってしまった。まあ、誰かと言っても一人しかいないんだけど。


「おぉぅ、ごめんな刀香」

「んん…?ふぁあ……おはよぉ、にぃに……」


 ぶつかったことなどなかったかのように、寝ぼけ眼をこすりながら可愛らしい笑みを浮かべる刀香。

 パジャマ姿なのも相まって非常に可愛い。シスコンスイッチが入りそうでヤバいです。


「お、おぅ、おはよう、刀香」

「・・・・・・ぎゅっ」


 突然俺に抱き着く刀香。


「ど、どど、どうしたんだい、まいしすたー…」


 平常心保てない俺。

 突然のことに困惑していると、


「すぅ~~~~~…はぁ~~~~~…」


 鼻で吸って口で吐く深呼吸を始める我が妹。


「すぅ~…はぁ~…んふふ、にぃにの匂いがするぅ」


 Oh Jesus!

 シスコンスイッチがカチカチとオンとオフを繰り返し、俺の理性は崩壊寸前だった。


「と、ととと、刀香ぁ!にぃにはお庭で素振りしてくるから、良い子の刀香は顔洗って着替えてきなさいっ!」

「はぁい。すんすん」


 軽く俺の匂いを嗅ぎ直してから、妹は洗面台へと去っていった。

 素振りする前に、冷や汗だか脂汗だか分かんないものでびしょびしょになった。




「ふっ!…はっ!…」


 俺は何度か軽く素振りを行った後、学校で教わった型と、俺の剣の師であった父さんから教わった型を織り交ぜた独自の型で鍛錬していた。

 最初は木刀で行っていたが、10年前に父さんにこの剣―カヴァリエーレ―を託されてからは、ずっとこちらで続けている。


 何回か型を続けていると、縁側から刀香が顔を出した。


「刀香も…一緒にやる…」


 よく見ると、刀香も自身の愛刀を持ってきていた。

 ちなみにうちの庭はそこそこ広いので、2人同時に型をやったとしてもぶつかることはない。


「おう、んじゃはじめっからやるか」

「ん…」


 気のない返事とは裏腹に、目はいつにもなく真剣な刀香。

 俺たちは合図もなしに型を始める。


「「ふっ…!はっ…!やっ…!」」


 さすが兄妹というべきか、二人の動きは寸分の狂いもなくピタリと合わさっている。

 一通り型を終えた辺りで、縁側にポニテの幼馴染がやってきた。


「おはよう、剣斗、刀香ちゃん」

「おっす、弓奈」

「おはよう…弓姉ゆんねえ…」

「起こさなくてもいいとは思ってたけど、こんなに早く起きるとは思ってなかったよ」

「刀香より…早起き…」

「ということは、ちゃんと目覚まし時計で起きたんだね」


 なぜ幼馴染が俺の寝起き事情を事細かに把握しているのかは甚だ疑問だが、そこは敢えてスルーするのが正解なのだろう。


「っと、ごめん、邪魔しちゃったね。続けて続けて」


 両手を合わせ眉をひそめ、申し訳なさそうに言う弓奈。


「気にすんな。丁度一通り終わったところだったし」

「うん、ありがとっ」


 そう言いながらその場に腰を下ろす幼馴染は、俺たちのやる型を見るつもりらしい。


「んじゃ、また最初っからな」

「ん…」


 刀香がコクっと頷き、俺たちは再び型を始める。


 俺達の揃った動きと声は、母さんが朝ごはんの為に呼びに来るまで続いた。




 キーンコーンカーンコーン――


「起立!…礼!…着席!」


 俺の号令で、朝のHRが始まりを告げる。

 一昨日おとといと違うのは、みんなが各々の武器を所持してきていることだろうか。


「皆さん、おはようございます」


 まもり姉の挨拶に、「おはようございまーす」とクラスメートが揃って挨拶を返す。


「本日の予定ですが、一昨日渡したプリントに書いてあった通り、1時間目に新入生との対面式、その後はお昼前までは筆記テスト、お昼のあとに実技テストを行います」


 方々から「えー」「テストかぁ…」「いやでござる!」と言った不満の声が上がる。


「あはは…気持ちは分かるけど、みんなの実力を測ってより良い授業をするためだから…」


 苦笑しつつも、もっともなことを言うまもり姉。


「えっと、対面式ですが、体育館に移動して行います。最初に在校生の代表者の挨拶、部活動紹介を行い、最後に御劒君と3年生の徒空あだそらさんによるエキシビションで終わります。エキシビションを行う御劒君と部活動紹介を行うみんなは、新入生にかっこいいところを見せられるよう、それ以外のみんなは、新入生を温かく迎えられるよう頑張ってください!」


 両手をぎゅっと握り、可愛く激励を送るまもり姉。

 そのおかげか、温かく迎える為に何を頑張ればいいんだ?、という疑問は全く挙がらなかった。


「あ、御劒君。武器忘れないようにね」

「はーい」

「それではHRを終わります。この後は廊下に並んで待機していてください」

「起立!…礼!」


 号令が終わり、俺たちはぞろぞろと教室を出て順番に並びだした。




「えーではこれより、英禰学校の新入生と在校生との対面式を行います。新入生が入場します。在校生の皆さんは温かい拍手で迎えてあげてください」


 教頭の前振まえふりを合図に、冒険科の吹奏楽団が演奏を始める。

 音楽に負けんばかりの拍手の波の中、体育館の入り口から担任の教師を先頭に新入生が入場してきた。


「ほほぅ、新入生のおにゃのこたちのレベルが非常に高いでござるな…」


 後ろにいる御宅みやけ貴茂たかしげが俺に話しかけてくる。


「昨日先に見たけど、それは俺も思ったわ。そのあと家族にたしなめられたけど…」

「それは美人母娘おやこがいるのに色目を使った御劒氏が悪いでござるよ」

「いやでも…ほら、あの、昨日も思ったけどむっちゃ可愛くね?」


 目立たないように指しつつ同意を求めると、「おぉ、確かに…」と激しく頷く同志御宅。


「お、今目が合った!手でも振ろう」

「さすがのそれがしもドン引きでござる」


 御宅に引かれながらも手を振ると、顔を赤くさせながらにこっと笑ってくれた。


「おぉ、照れてる、可愛い!これは脈アリかな、むふふふ…」

「くっ…これがイケメン補正というやつでござるか…ぐぬぬ」

「顔だけならお前もイケメンだと思うけどな」

「冗談は顔だけにするでござる」

「んだと、こら!」


 悪友とアホなことをやっていると、やや後ろを歩いていたいもうとぎみがジト目をしながらこちらをご覧になっていた。

 すぐさま目を逸らし口笛で誤魔化す。


「御劒氏、それは誤魔化せないやつでござる。というか、無駄に口笛上手いのが癪でござる」

「それだけ口笛吹いてるってこったな」

「それだけ誤魔化そうとした機会があった、と」


 不意に吹奏楽団の演奏が止んだ。

 不毛な会話を繰り返している間に、新入生が並び終えたようだ。


「えーでは最初に、在校生の代表者より、新入生の皆さんにお祝いの言葉を送ります。在校生代表の的当美狙楽さん、お願いします」

「はい」


 静かながらも良く通る澄んだ声だ。

 新入生と在校生の間に立つと、教頭からマイクを手渡される。

 先輩はカンニングペーパーを持っておらず、やはり全文を暗記してきていたようだ。


「新入生の皆さん、初めまして。在校生代表で、英禰学校生徒会長の的当美狙楽です。この度は、ご入学おめでとうございます」


 マイクを伝いスピーカーから先輩の声が流れる。その綺麗な声は、機械を通してもこもることはない。


「恐らく入学式でたくさんの祝言を頂いたでしょうから、私からは敢えて厳しい言葉を投げかけます」


 お、去年と同じ感じか。


「私達冒険科の学生を含め、冒険者は常に“死”が待っている職業です。モンスターに攻撃されて死にます。冒険者崩れに物を盗られて死にます。毒でもがき苦しみながら死にます。落とし穴に落ちて助けが来ず飢えながら死にます。剣で切られ、矢に刺され、槍で貫かれ、炎で燃やされ、氷で冷やされ、雷に打たれ…数えきれないほどの多種多様な“死”が待っています」


 最初に聞いたときは、冒険者を辞めさせたいのかと思ったな。しかし、崩れのとこのはさすがになくなったか。


「私たちも学生だからと言っても冒険者。授業でダンジョンに潜りますし、休日に自分の力試しをする生徒も出てくるでしょう。授業を受け、実戦をこなし、力をつけることは大変良いことです。そして力を身につけることで生まれるものが二つ。“自信”と“慢心”」


 先輩が指で一つずつ数えながら説明する。

 ここは去年と違うな。


「これから学校生活を送る新入生の皆さん、自信は持っても慢心は捨ててください。でなければ――」


 瞬間、空気が張り詰める。


「――貴方で仲間が死にますよ」


 体育館の室温が2度は下がった。それぐらいゾクッとした。


「それでは、新しい学校生活を満喫してください」


 マイクのスイッチを切り一礼する先輩。

 皆が呆気に取られる中、俺は先輩に拍手を送る。

 それに釣られるように拍手が伝染し、最終的に大きな拍手となった。

 マイクを教頭に返し、元居た列に戻ってくる先輩を見ながら拍手していると、去り際の先輩と目が合った。

 その時の先輩は、嬉しそうにしながらもどこか憂いを帯びた、そんな曖昧な笑みを浮かべていた。




 その後、新入生代表の挨拶が終わり、部活動紹介で奏が新曲を披露したりしながら、あっという間に最後のエキシビションまで式は進んだ。


「えーでは最後に、在校生の各学年実技試験最優秀生徒によるエキシビションを行います。生徒が準備しますので、生徒の皆さんは最後方まで下がり、その場に座ってください」


 教頭がそう言うと、生徒達は移動を開始する。


「んじゃ、いきますかー」

「おー頑張れ剣斗」「やっちゃえやっちゃえー」「死んでこいでござる」


 クラスメート含め、2年にやつらが応援の声を上げる。

 最後に何か不穏な言葉が聞こえたが、聞こえない振りをしておいた。

 俺は愛剣を手に体育館の中央に移動する。

 俺と同時に中央へ移動したのは、ケモ耳と尻尾が生えた女子生徒だ。


「は~い、みっちー。元気してる?」

「えぇ、おかげさまで。掌瑚しょうこ先輩もお元気そうで」


 彼女が今日のお相手、徒空あだそら掌瑚しょうこ先輩。

 制服の上着を脱ぎネクタイを緩め、着崩したワイシャツからは谷間が顔を覗かせている。

 軽く日焼けをしたような小麦色の肌と、ボーイッシュな栗毛のショートウルフカットの髪が、快活としたイメージを持たせている。

 そしてケモ耳と尻尾。尻尾は虎のそれだが、黄色ではなく白と黒で彩られていて、耳は虎耳状斑こじじょうはんの基部が黒いことから、ライオンの耳であることがうかがえる。


「ちょー元気。昨日は興奮して眠れなかったぐらい」

「それにしては眠くなさそうですね」

「ふふ~ん、みっちーと戦えるって思ったら眠気なんてイチコロよん」


 そう言い、右の拳を左手に打ちつけ拱手きょうしゅの形にし、すでにやる気満々であることを示す。

 その両手には手甲てこう、両足には脚甲きゃっこうがつけられている。


「ははは。お手柔らかにお願いしますよ、先輩」


 そう答えながら、愛剣カヴァリエーレに“無刃むじんの魔法”を掛ける。

 本来は斬撃が有効でない敵に対し、刀剣などでも刃毀はこぼれを防ぎつつ打撃を与えられるようにする為の魔法なのだが、今回は殺傷能力を低下させるために使用している。

 まあ、基本致死攻撃の際は寸止めなんだけど、念の為ってやつだな。


「またまた~、手加減したら勝てないって」


 話している間も、プリティーな尻尾が左右にぶんぶん振られている。

 猫は犬と違って左右に振ってるときは、闘争心の表れだそうな。

 逆に嬉しいときは尻尾を垂直に立てるらしい。


「ハンデを貰おうとしたんですけど、無駄でしたね」

「正々堂々、やらなきゃダメっしょ」

「では、本気で」

「もっちろん」


 準備は整った。


「えーではこれより、3年生代表徒空掌瑚さんと、2年生代表御劒剣斗君とのエキシビションを行います。ルールは致死攻撃の寸止めを行う、もしくは相手方が戦闘不能と判断された場合に勝利とします」


 先輩は拳を、俺は剣をそれぞれ構える。


「勝負は一本勝負!よーい…はじめっ!」


 開始の合図とともに、俺たちは揃って飛び出した。


「まずは一太刀…っ!」


 俺は右脇腹を目掛けて右薙ぎを繰り出す。


「ふっ!」


 キン、という金属音が響く。

 インファイトに持ち込む為、けずに手甲で剣を弾き、先輩は間合いを詰めようとする。


「させるかっ!」


 透かさず左足で中段に横蹴りを放ち距離を取ろうと試みるが、先輩は左にかわし深く沈み込むと、攻撃の構えを取ろうとする。

 俺は足を戻す反動を利用し、そのまま先輩の足元目掛け回転斬りをお見舞いするが、先輩はそれを跳んで避けつつ、まさかの顔面へのローリングソバット。

 俺は慌てて上体を反らし、ソバット終わりで体勢が崩れているであろう先輩へ反動が乗った素早い唐竹からたけを叩き込む。


「「「おおぉぉぉおぉぉおおぉおおお」」」


 直後、周りの生徒、教師から歓声が上がった。

 それもそうだろう。真剣白刃取りなんて、まず現実じゃお目に出来ないのだから。

 結構な力を入れるが、先輩も負けじと押し返している。


「…せんっぱい…っ」

「なぁっ…にぃ?みっちぃぃ」


 俺はこの均衡を崩すため、心理戦にシフトする。


「ソバットの…ときっ…見えっ…ましたよ…ピンクのぉ…レー…スッッ!」

「うそっ!!?今日スパッツ穿いて・・・っ!?」


 俺は先輩が力を緩めた隙を見逃さず、足払いをして転倒させた。

 そう。事実先輩はスパッツを穿いており、ピンクのレースを穿いているかどうかなんて分からない。それがならば、の話だが。





 先輩は普段、スパッツを穿いていない。

 誤解の無いように言っておくが、年がら年中先輩のスカートの中を覗き見ているわけではない。これほんとまじで。

 ではなぜ知っているかというと、偶然か必然か、先輩のパンチラ率が異常に高いせいだ。

 …あれ、これは結局見ていることになるのか?

 訂正。年がら年中“能動的に”先輩のスカートの中を覗き見ているわけではない。


 話を戻そう。

 先程も言ったが、先輩はパンチラが多い。

 初めて会ったときは階段の高低差でパンチラ。先輩を呼びに教室に行くと、机の上に座ってる先輩が足を組み替えてパンチラ。ダンジョンなどでの戦闘中にパンチラなどなどなど…

 あまりのパンチラの多さに、「スパッツ穿かないんですか?」と聞いてしまうほどだった。

 その答えはというと、「だってみっちー、うちのパンツ好きでしょ?」だった。

 そんなこと耳元で囁かれたら、はいかYESしか選択肢はないだろう。

 しかし同時に俺は思った。どこぞの馬の骨おとこ共もこの絶景パンチラを見ているのだろう、と。

 俺はその日のうちに先輩を連れ、スパッツを購入しプレゼントした。せめて戦闘時だけでもつけてくださいとお願いしながら。

 「パンツ好きなのに?」とか訳の分からないことを言い始めたので理由を説明すると、


「じゃあ、他の人一緒に戦うときは穿くようにしよっかなぁ」

「そうそう、分かってくれれば……も?」

「これ大事にするね、みっちー」

「アッハイ」


 それが言葉のあやだと思ってた時が、俺にもありました…


 まあ、そんな経緯があり、先輩のスパッツ事情を把握しているというわけだ。

 ちなみにパンツを言い当てたのは、パンチラで見たのがレース生地のやつだけだったのと、好きな色がピンクだと言っていたからであって、今どんな生地で何色のパンツを穿いてるのかを把握していたわけではない。断じてない。


 さて、話は足払いを極めた辺りだったか。




 片膝立ちで刃を受け止めていた先輩は、立てていた足を払われ90度回転し仰向けに倒れ込む。

 とどめを刺そうと心臓目掛け突きを繰り出すが、俺から離れるように転がりながら回避すると、持ち前の身体能力で体勢を立て直してしまった。


「うぉーすげぇー!」「御劒卑怯だぞぉ!」「ケモっ娘萌えぇ~」


 周囲から再び歓声が上がった。


「はぁ、はぁ…みっちー…さいてー…」

「パンチラに羞恥心を持ってくれて、俺はありがたいですよ」

「むぅ…後で仕返ししてやる」


 可愛い膨れっ面を見せたと思ったら、ウォーミングアップは終わったとばかりに一瞬で間合いを詰め、連撃を叩き込んでくる。


「ちょっ、はやっ」


 しなやかな四肢から放たれる猛攻を、躱し、弾き、なしてゆく。

 はたから見れば先輩が攻め切れていないようにも見えるが、防戦している身から言わせてもらえば、もう一杯一杯である。


「そろそろっ…降参したらっ、どう?みっちー!」

「ぐっ…男にはっ…負けられない戦いってのが、あるん…ですっ!」


 俺は少し大振りな蹴りを放った隙を見逃さず、後ろに下がりけたのちに鋭い突きを見舞う。

 同時に先輩は咄嗟に四本貫手しほんぬきてを放つ。


 しん――


 一瞬の静寂。

 俺の刃先は先輩の喉元に、先輩の指先は俺の喉元に当てられていた。


「――そこまで!両者、引き分けとする!」

「「「「「うぉぉぉぉおおおぉぉおぉおおぉおおおおおおおお!!!!」」」」」


 割れんばかりの拍手と歓声が、体育館中にとどろいた。


「やっぱ先輩は強いや」

「みっちーもやるぅ」


 俺は剣を鞘に納めると、右手を差し出す。

 先輩は俺の手を一瞥いちべつすると、猫のように少し長い犬歯を覗かせ不敵な笑みを浮かべる。


「いーやにゃ」

「へ?」


 え、俺の手汗ばんでた?とか見当違いなことを考えてると、先輩がいきなり俺にギュッ。

 胸に柔らかな感触。

 喧噪けんそうに包まれていたはずが、スピーカーの電源を落としたかのように一瞬で無音になった。

 だというのに、胸に感じる二つの鼓動だけがやけに大きく聞こえる。

 そんな感じに思考停止していると、首筋に何かが吸い付く感触を感じる。


「せっ、せせ、せんぴゃい!?」


 あたふたするしかない俺。

 先輩は俺から離れると、人差し指を口に当て、


「キスマーク、つけちゃったにゃ♥」


 なまめかしい猫撫で声、とでも言うべき声色こわいろで言い放った。


「えーでは以上で、対面式を終わります。新入生はそのまま待機し、在校生は順に教室に戻ってください」


 俺が呆けていると教頭が締めの言葉を述べ、先輩はクラスの列へと戻っていく。

 制服から覗かせている先輩の尻尾は、垂直にピンと立っていた。

 俺も少し遅れて列に戻ったが、女子の何人かが白い目を向けていたのはきっと気のせいだろう。




 対面式を終え教室に戻り、2時間目が始まるまでの休憩時間。

 みながテスト勉強に勤しんでいる中、俺は机に突っ伏していた。


「あの激戦のあとにテストとか…」

「ははは…確かに大変だろうけど、ここでもうひと踏ん張りすればお昼休みだからさ」

「きゅうちゃんは俺に希望を与えたいのか、絶望を与えたいのか…」


 テスト直前の復習はしない派のきゅうちゃんが、俺の独り言を拾って会話を始める。

 2時間目から順に、文系科目総合筆記試験、理系科目総合筆記試験、冒険系科目総合筆記試験とテストが三連荘で待っているので、三踏ん張りというわけだ。

 ちなみに俺の学力は、文系まあまあ、理系ぼちぼち、冒険系それなり、という具合である。


「希望だよ。テストなんだし、授業と違って寝てても怒られないんだから」

「それは一理あるな」


 俺もきゅうちゃんも、分かる部分だけをちゃちゃっと埋めて終わらせるタイプの人間だ。分かんないとこはいくら考えても分からんのだ。

 まあ、俺ときゅうちゃんじゃ空欄の数が全然違うんだけどさ。

 俺は赤点取らなきゃいいと思ってるので、全く問題ない。


 そんな話をしていると教室の戸がき、まもり姉が入ってきた。


「それでは最初に、文系科目総合筆記試験を行います。答案用紙を配りますので、机の中は空にし、上には筆記用具のみを置いてください」


 生徒たちは勉強道具を鞄に仕舞い、シャーペンや鉛筆、消しゴムだけが机に出ている状態を作る。

 答案用紙が配られると、学年、組、名前を書くよう指示される。

 生徒たちが概ね書き終えたのを見届けると、続けて問題用紙が裏向きに配られる。


「んじゃ、回収するときに爆睡してたら起こしてくれ」

「うん、わかった」


 俺はきゅうちゃんにモーニングコールをお願いすると、チャイムが鳴った。


「始めてください」


 まもり姉の合図とともに、クラスメートたちは一斉に問題用紙を表に返し、答案用紙に答えを書き込んでいく。

 俺もそれに倣って疲れた体に鞭を打ち、最初のテストに挑み始める。


 腰に差してた愛剣が、俺を励ますように淡く光った。





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