二時間目 入学式
今日ほど、幼馴染の有難みを知った日はないだろう。
今日は入学式。
ほとんどの生徒は休校日だ。弓奈を始め、いつもつるんでるやつらも例外ではない。
そんな中、俺は入学式の手伝いがある為登校日なのだが、
「で、出口が見えない…」
絶賛森で迷子中だった。
「やばいやばいやばい。弓奈が来ないからって、母さんに叩き起こされて早く出なかったら、確実に遅刻コースだった…いや、このままだと遅刻確定だけども!」
誰もいない森の中、動揺からやたらデカい独り言を叫びつつ、
「ど、どどど、どうすればばばばば」
そんな絶望に浸っていると、不意に女性に話しかけられた。
「あら御劒君。こんなところで珍しいわね」
「あ、
声を掛けてくれたのは、上級生の
深い青色のロングヘアと切れ長の吊り目が特徴的なクールビューティーで、ぱっと見冷たい印象を受けるが、その実とっても面倒見のいい性格をしている。
本人曰く、気に入った相手にしか興味がないそうなのだが、とてもそうだとは思えないのが俺の正直な感想である。
今もこうして声掛けてくれてるし。それとも俺に興味が…いや、変な考えはよそう……
「あら、いつもの彼女は…って、今日は一般生徒は休校日だったわね」
「そうなんですよ。それで案の定…」
「道に迷ってしまった、というわけね」
「その通りです…」
「でも、よかったわね。あたしが登校途中で」
「ほんと助かりました。危うく遅刻するところでしたよ…」
「そうね。早く行きましょ、本当に遅刻してしまうわ」
「はい!」
先輩には情けないところを見せてしまったが、本当に助かった…
俺は歩きながら、ふと疑問に思ったことを口にする。
「そういえば、先輩こそ珍しく登校時間遅いですね。いつもならもう着いてる頃でしょうに」
「あたしだって、登校時間が遅くになるときだってあるわ。今日は休校日だし、特にね」
「あぁ、なるほど。授業があるわけでもないし、時間に余裕もありますもんね」
「そういうことよ」
ふむふむ、時間に厳しそうなイメージだったけど、案外そうでもないんだな。
まだまだ先輩について知らないことばっかりだ。
そんなこんなで学校に到着。
先輩がいなければ、あと何分かかっていたか…
何はともあれ、無事について良かった良かった。
玄関を抜け靴を上履きに履き替え、入学式を行う講堂に向かう途中、準備に来ていたのであろう生徒会役員の一人が声を掛けてきた。
「あ、おはよう御劒君。会長はおかえり。忘れ物は見つかったかい?」
ん?おかえり?忘れ物…?
「えぇ、見つかったわ。準備中に抜け出してしまってごめんなさいね」
「いやいや、いいんだよ。“忘れ物を取りに行く生徒会長”っていう珍しいものも見れたしね」
役員の生徒はそう冗談を言って笑い、そのまま立ち去っていった。
「先輩、忘れ物って…?」
「御劒君が気にすることではないわ」
「でも先輩、さっき登校途中だって…」
「登校とは学校へ行くことを指すの。何も間違ってはいないわ」
「うん?うん…まあ、そうだけど…」
なんか腑に落ちない。
先輩にしてはやっぱり何かおかしいと思い再度声を掛けようとして、俺はやめた。
先輩のいつもは白くて綺麗な肌は、
うちの学校では、入学式も学科ごとに会場が分かれている。
無駄にデカい講堂には座席が設置されているし、紅白の横断幕を張るわけでもない。
つまり、入学式の準備と言っても生徒たちがやることはさしてあるわけではないのだ。
受け付けをするための台や、新入生に渡す祝いの品と胸に付けさせる花飾りを置くための台の設置、駐車場の案内や誘導の仕方、受け付け作業の確認ぐらいだろうか。
俺は一通りの作業や確認を終え、一息
「ふぃ~。こっから忙しくなるのかぁ…っめてっ!」
突如首筋に走る冷たい感触。
「今からそんな調子だと、あとから大変よ?」
俺の首に押し付けたであろう缶ジュースを差し出しながら、美狙楽先輩が隣に座る。
「あ、御馳走様です、先輩。にしてもびっくりしましたよ、いきなり…」
「ふふっ、なんか元気なさそうだったから」
「まあ、初めてのことで緊張してるってのはありますけど…」
「やってるうちに慣れるわ。御劒君は筋がいいもの」
「いやぁ、そんなこと」
「謙遜しすぎるのも良くないわ。褒められたときは素直に礼を言いなさい」
「…はい。ありがとうございます、先輩!」
「ええ」
そう言って買ってきた缶ジュースを開け、こくこくと飲む先輩。
ちなみに俺はメロンソーダ、先輩はりんごジュースだ。
好みを覚えててくれて嬉しく思う一方で、俺はりんごジュースという女の子っぽいチョイス(偏見)をした先輩に萌えていた。
クールビューティーがりんごジュースっていうギャップが可愛さのポイントだと思うんです。
「ん?どうしたの、こっちを見て。もしかして、こっちの方がよかったかしら?御劒君はメロンソーダが好みだと記憶していたのだけれど」
「あ、いやぁ、美狙楽先輩の飲んでる姿に
「…冗談はほどほどにしておきなさい」
「ははは、すいません。いただきまーす」
冗談めかして言ったからか、
反省しつつ、俺もメロンソーダを頂く。
…うん、やっぱりメロンソーダは無果汁に限るな!
果汁入りで旨かったのはTri Arrowで出してた期間限定品だけだったな。まだあるのか分からんけど。
そんなこんなで休憩は終わり、入学式の受け付けの時間が始まろうとしていた。
「お車はこちらにお止めくださーい!」
「受け付けはこちらから順にお並びくださーい!」
「ご入学おめでとうございます!」
い、忙しい…!
なんか、想像してたのと違う!
なんか、こう…式の前とかって、もっと落ち着いてるもんじゃないの!?
そんなことを思いながら、順番が来た生徒の名前を聞き、パソコンで検索をかけ、名簿にチェックを入れ、花飾りを渡し、祝い品を渡しながら祝いの言葉を述べてゆく。
むっちゃ大変だ…
あ、今の隣にいた子可愛かったな…いつかお近づきn
「
「息子ながらだらしないわね…」
…っは!
「お、おう、刀香!母さん!よく来たね!」
「よく来たも何も、刀香の入学式でしょう?」
「剣兄…あほ…」
「ひ、ひどい…ひどすぎる…」
そんな俺の母さんを伴って現れた毒舌少女は、俺の実の妹である御劒
俺と同じ黒髪で、耳よりも上の髪を後ろに
ぱっと見は人族だが、よく見ると腰の下の辺りから悪魔みたいな黒いしっぽが顔を覗かせている。ちなみに先っぽはスペード型だ。
ダウナーな感じの雰囲気に眠たそうな目、あまり積極的に会話しないことから勘違いされやすいが、なかなかアクティブな性格の持ち主だ。
ゲームソフトは通販では買わず店に買いに行ったり、人気のハードやソフトの発売日には徹夜組に参加したり、休日はゲーセンに遊びに行ったりしている。
あれ、おかしいな…ゲームの話しか出てこない。
まあ何はともあれ、好きなものに対する行動力は人一倍あるのだ。
母に呆れられ妹に毒を吐かれつつ、俺はパソコンに名前を打ち込みチェックを入れる。
「ほい、入学おめでと、刀香」
「ん…ありがと…」
刀香に花飾りを、母さんに祝い品を手渡す。
「保護者席では見れないけど、端っこで見てるから」
「えぇ、わかったわ。お歌、頑張ってね♪」
「あいよー」
「剣兄は…歌うのだけは上手…」
「“だけは”ってなんだよ、“だけは”って!」
「…いってくる」
「おう、頑張れよ」
兄妹でサムズアップ。
こういうところで血が繋がってるのを感じるな。
その後テキパキと受け付けを終わらせ、生徒間で不備などがないかを確認した
・・・ながい!
何が悲しくて二度もお偉いさん方のやたら長い話を聞かにゃならんのだ…
最初の法浪さんの話が短いのが救いだよ、ほんと。
「
や、やっとおわった・・・
っと、俺は準備せねばならんな。
そう思い移動しようとしたら、隣に座っていた美狙楽先輩に声を掛けられた。
「御劒君」
「はい、なんでしょう?」
「…頑張りなさい」
「…はい!精一杯やってきまっす!」
俺はビシッと敬礼し、駆け足で舞台袖に向かう。
やっぱ励ましの言葉っていいもんだなぁ。
「あ、剣斗おはよう!…って、何ニヤニヤしてんの…?」
「えぇえ~?別にそんな顔してないけどぉ~?」
「うわっ!きもっ!これからリハなんだから、シャキッとしなさいっ!」
そう言われながら、バシッ!っと背中を叩かれる。
「いってぇ!乳揉むぞ、こら!」
「いやぁ~ん、へんたぁ~い♥」
「おーい、そこの
「「誰が
「そういうとこじゃね?」「たしかに」「年季入ってるよな」
Bs.《ベース》、Dr.《ドラムス》、Ky.《キーボード》に、そう茶々を入れられる。
「まあ確かに、長い付き合いじゃないのに、ここまで気が合うやつは中々いないな」
「それはアタシも思ってた」
出会って1年足らずだというのに、なんとも不思議なことだ。
そんな会話をしつつ、俺たちは着々と準備を進めていく。
ふと気づくと、観客席側から眠たそうな視線を感じた。
「じー…」
「おう、どうした刀香?」
「この子、剣斗の知り合い?」
「あぁそうか、奏は初対面だもんな。俺の妹の刀香だ」
「妹の刀香です…兄がいつもお世話になってます…」
ぺこっとお辞儀しながら挨拶する刀香。
「あぁ、これはどうもご丁寧に。アタシは音尾奏!よろしくねっ、妹ちゃん!」
「……剣兄の…彼女…?」
「「ふぁっ!?」」
奏と揃って素っ頓狂な声をあげてしまった。
「頓狂な声すら同じとは」「ほんとこの夫婦感」「まじぱねーしょん」
「「うるさいっ!…はっ」」
「……夫婦漫才…」
奏と初対面の刀香にも言われてしまった…
「よ、よーし!お兄ちゃん、準備がんばっちゃおっかなー!」
「あ、ぁあ、あたしもー!」
逃げる is 恥 but 役に立つ、ってな。
これから熱くなんのに、今から熱くちゃ敵わないぜ…
そんなこんなで準備とリハを終え、あっという間に本番を迎えた。
「校歌斉唱。軽音楽部の皆さん、よろしくお願いします」
俺たちは舞台袖から揃って壇上へ躍り出た。
瞬間、大歓声に包まれる。
実はこの校歌斉唱、“
つまり、学校に通っていない人でも曲を聴いたり、コメントという形で参加出来たりできるのだ。
これが結構な再生数を誇る配信で、実際にこの動画がきっかけで、メジャーなプロダクションからお声が掛かった、なんても話もあったりするくらいだ。
「みんなーっ!今日は入学、おめでとーっ!」
「「「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!」」」
「そこは、ありがとーだろーっ!」
「「「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!」」」
奏による謎の掛け合いのおかげで、場の空気は最高潮だ。
「皆さん初めまして!軽音楽部部長の音尾奏です!新入生の皆さん、そして保護者の方々、ご入学おめでとうございます!」
パチパチと軽音部一同が拍手する。
「動画配信でご存知の方々もいらっしゃると思いますが、この場を借りて、改めて当学校の校歌斉唱について説明させていただきます。剣斗、よろしく~」
「はいよ。皆さん初めまして、軽音楽部準部員の御劒剣斗です。この度はご入学おめでとうございます。早速ですが、当学校の校歌斉唱についてご説明いたします」
一歩前に出てからそう前置きし、いわゆる“普通”の校歌斉唱との違いの説明を始める。
生徒自身は知っててもご両親が知らない、なんてことはままある。
「――以上で、当学校の校歌斉唱に関するご説明を終わります」
一礼し軽く拍手が上がる中、俺は元の位置に戻る。
「そんなわけで、歌詞をご存知の方もそうでない方も、目一杯楽しんでいただけたらと思います!」
正確に歌うことよりも、終始楽しむことを大事にするのが英禰流だ。
満面の笑みでそう説明する奏が、一番楽しそうに見える。
「では、校歌斉唱の前にメンバー紹介をさせてください!まずはベース!
4つの弦で奏でる重低音が体を揺らす。体の芯を貫くようなこの感じは、音というよりも“波動”に近い。
「続いてドラムス!
高中低、様々な響きが目まぐるしく移ろう。四肢を巧みに操り、演じ、奏でる様は、もはや“一人管弦楽団”って感じだ。
「そしてキーボード!
その
「隣に
マイクしか持ってないので、とりあえず手を振っておいた。
奏を紹介するために、一時的に司会を代わる。
「隣に居りまするはボーカル&ギター!我らが部長、音尾ぉーっ!」
得意の速弾きを披露する奏。
日頃欠かさず練習をしている
奏はマイクの近くに戻り、進行を再開する。
「それではいきます。英禰学校校歌、“Addict”――」
その後、入学式は滞りなく終了し、今は後片付けをしている。
校歌斉唱は大盛況…という言い方もおかしいが、新入生及び保護者の方々には好評だったように見えた。
ちなみに、今回の盛り上がり方や動画の閲覧、再生数の如何で、軽音楽部に特別ボーナスが出るとかでないとか。
wktkしながら待つとしよう。
「そちらの進捗状況はどうかしら、御劒君」
「あ、先輩。こっちももうすぐ終わりますよ」
「そう」
自分のところの作業が終わったらしい美狙楽先輩が声を掛けてきた。
もうすぐ終わると言ったにもかかわらず、俺の残りの作業を手伝ってくれる美狙楽先輩マジ天使。
「ところで御劒君。あの話については考えてくれたかしら?」
「あぁ、あの話ですか…」
「そう、生徒会に入らないかどうか」
「うーん……」
何を隠そう(隠せてない)的当美狙楽先輩は、英禰学校の生徒会長なのだ。
うちの学校の生徒会は全指名制で決められており、現生徒会長が卒業するまでに次期生徒会長を指名し、その次期生徒会長が副会長、書記、会計、監査、そして任意で“秘書”を指名する。
俺が先輩に持ちかけられているのは、その任意で指名できるという秘書の席だ。
これまでの生徒会長のほとんどが指名してこなかった秘書の席。これは秘書としての仕事のほとんどを、副会長が行っているからだ。
任意で指名という強制力の無さも相まって、わざわざ指名する意味が無いというのが現状だ。
だというのに先輩は、会長に指名されたその日から俺のことを秘書に指名してきたのだ。副会長以下の役職の指名を後回しにして…
しかし、生徒会長からの指名も強制ではない。嫌ならば嫌と言って断ることもできる……のだが、2月の終わりに前会長からの指名を受けた美狙楽先輩が、俺を秘書に指名してから今の今まで、俺はこの話を保留にしている。
確かに、こんな美人な
今一つ踏ん切りがつかないというか、何というか……
「焦ることはないわ。あたしはいつでも待ってるから」
「はい、ありがとうございます…」
先輩は優しい。他の人にはどうなのか分からないけど、少なくても俺には優しくしてくれる。
その優しさに俺は…甘えてしまっている。
近いうちにちゃんと答え出さないとな…
でも、なんで俺を秘書にしたいんだろ?
正直に言ってしまうと、先輩には秘書なんかいなくてもスケジュール管理とかできそうなイメージだけど…
「御劒君。あたしの顔ばかり見てないで、手を動かしなさい」
「あ、す、すいません!」
いかん。考えすぎてガン見してたようだ。
先輩が手伝ってくれてるんだし、ちゃんとやらないと…!
そんな感じにグダりつつも、先輩のおかげで早めに片づけを終えることができた。
「ありがとうございました、美狙楽先輩!」
「どういたしまして。さあ、先生に報告しに行きましょう」
「はーい」
先輩と二人で先生に報告しに行き、残りの生徒を集めた
報酬は内申点ぐらいだろうと思ってたら、経験値とドロップ率アップのアイテムを貰えた。地味ながらもこれは嬉しい誤算だ。
「せっかくアイテムも貰えましたし、今度また一緒にダンジョン
「そうね。なるべく時間を作れるよう善処するわ」
「ありがとう、先輩。俺はいつでも空いてるんで、予定が分かったら教えてください」
「ええ、分かったわ」
美狙楽先輩が口にする「善処する」ほど信用の厚い善処もないよな、ほんと。
俺たちは話しながら外に出る。
校門に辿り着く前に先輩と別れ、俺は来客用の駐車場にぽつんと止まってる車に駆け寄った。
「ごめん、結構待たせちゃったね」
俺は車の後部座席に座り込みながら詫びを入れる。
「あら~、もう少し彼女さんとお話ししてればよかったのに♪」
「はっ!?い、いやっ、先輩にはただ良くしてもらってるだけっていうか、面倒見てもらってるっていうか!」
「…にぃに…話してるとき、顔…緩んでた……」
「ちょっ、ばっ、刀香っ!兄ちゃんがそんなだらしない顔するわけないだろ!?」
先輩と話してるときに限って、そんな顔をするはずが…
「母親としての贔屓目を抜きにしなくても、そんなことはないわねぇ」
「にぃには…大体だらしない顔…」
うわっ…俺の身内評価、低すぎ…?
「そんな…俺はっ、先輩に…ひたすら…だらしない顔で話してたって…言うのかよ……っ」
「にぃにには…手鏡を持たせるべき…」
「今度弓奈ちゃんに頼んでおこうかしら」
そんなことを言いながら、母さんは車を発進させる。
世の奥様方には敬遠されそうな割とゴツいSUV車を、まるで体に一部のように乗りこなしている。
「弓奈に頼むと可愛いのになりそうだな」
「ふふっ、それもそうね。今度一緒に見てらっしゃい」
「買うのは確定なのね…」
親子で他愛のない会話をしつつ、刀香は携帯ゲーム機でゲームをしつつ、俺たちは車でとある場所に向かった。
「とうちゃ~く♪」
「着いた着いた」
「・・・・・・」
目の前の店の看板には、でかでかと“焼肉”の文字と共に“食べ放題”の文字が。
刀香の入学(ついでに俺の進学)祝いに、刀香の大好物である焼き肉を食べに来たのだ。
刀香は食べる前から気合が入ってるのか、ふんす!と可愛らしい鼻息を発している。
店内に入ると、四方から漂ってくる炭の
これだけでもうお腹が空いてきて堪らない。
「御劒様、お待ちしておりました。ご案内いたします。ご予約のお客様ご来店でーす!」
「「「いらっしゃいませー!!」」」
客たちの
「こちらのお席でございます。いつもご利用下さりありがとうございます、御劒様」
行く機会が多いからか、店長に覚えられてしまっている。
嬉しいやら恥ずかしいやら、複雑な気分だ。
「いえいえ~。大変でしょうけど、よろしくお願いしますねぇ」
「はい!この日の為に、肉も人も揃えておりますので…!」
この辺で察する人は察するだろう。我が妹の凄さを…
「コースはいつものでお願いしますね。飲み放題の方も…」
「ええ、ソフトドリンクの飲み放題ですね」
「そうそう♪」
この店、“焼肉 ミートハウス”には3つの食べ放題コースがあり、下から1,500円、3,000円、4,500円(各税込み)となっており、うちでいつも頼んでいるのは一番高い4,500円のコースだ。
ソフドリ飲み放題500円を合わせて、一人5,000円である。なかなかのお値段。
ちなみに“円”とはこの世界の通貨の単位であり、“税込み”とは、物の取引の際に発生する“消費税”という税金が、値段の表記に含まれていることを指している。
日頃様々な小説を読まれる読者の方々なら、日本円とのレートもお察しがつくだろう。
「では、ご注文をお伺いいたします」
「俺はキムチ盛り合わせとナムル盛り合わせを1つずつ。あとライス特盛!飲み物はメロンソーダで」
「わたしは石焼ビビンバを頂こうかしら。あとサラマンドラのテールスープね。それからウーロン茶を」
「・・・・・・」
刀香はじっとメニューを
「特上カルビ上カルビミートハウス特製カルビ中落カルビ厚切りカルビネギ塩カルビ特上ハラミ上ハラミ牛ハラミ特上サガリ上サガリ牛サガリ厚切り牛タンネギ塩牛タン牛タン特上ロース上ロース牛ロース極旨サーロイン極旨リブロースサイコロステーキヒレステーキミスジカイノミランプ牛ホルモン牛レバー牛ハツ上ミノ豚カルビ豚ハラミ豚サガリ豚タン豚ローストントロ豚軟骨豚ホルモン丸ホルモン豚レバー鶏モモ鶏トロ鶏皮せせり鶏軟骨ヤゲン軟骨鶏レバー生ラム味付きジンギスカンワイバーン盛ミノタウロス盛コカトリス盛…を、2皿ずつ。味選べるやつはタレと塩1皿ずつで…」
うん、肉系メニュー全部言ったな。
「あと、ライスを…」
「はい、刀香様スペシャルですね」
こく、と静かに頷く刀香。
「飲み物は…オレンジ…」
「かしこまりました。お先にお飲み物をお持ちいたしますね」
失礼いたします、と一礼し店長が去っていく。
テーブルに乗らねぇんじゃね?と心配してくれた読者の方、ありがとう。だがご心配なく。今座ってるの3人なのに、このテーブルのサイズ10人掛けぐらいあるから…
テーブルに網が三つ設置されているのだが、使うのは一つだけ。
なので他二つの網の上には蓋をし、テーブルとして使えるように為されている。
いや、最初は普通に4人掛けのところ座ってたんですよ?オーダーも一辺にじゃなく、少しずつ頼んでたし。
だが、頼む総量が尋常じゃないので終わりが見えない、とは従業員たちの
見るに見かねた店長が、広い席を用意するから
少しすると、クーラーで冷やされたジョッキになみなみ入ってる飲み物が運ばれてきた。
「そんじゃ、刀香の入学を祝して――」
「「「――かんぱーいっ!!」」」
ジョッキに入っている液体を一気に飲み干す。
「っぷはーっ!すんません、メロンソーダお願いしまーす!」
「にぃに…相変わらずの飲みっぷり…」
「剣斗はいつも美味しそうに飲むわねぇ」
「今日は校歌歌ったから、特に喉が渇いててさ」
ステージの上は照明やみんなの熱気で意外に暑い。
歌って喉も使うので、とにかく喉が渇くのだ。
そうこうしてると、飲み物と一緒にキムチとナムル、そして肉(第一陣)が運ばれてきた。
「お待たせしましたー。こちらがキムチとナムルの盛り合わせですねー。こちらがライスの特盛と、刀香様スペシャルですー。それから牛カルビ全種、ハラミ全種、サガリ全種、タン全種、ロース全種、ホルモン全種、サーロイン以下七点の盛り合わせですー。後ほど豚と鶏、羊と他の盛り合わせもお持ちしますねー」
壮観だ…
カルビ系とかで皿が纏まってるとは言え、その品数故に皿がデカい。
そして肉の隣に鎮座する白い塊。その名も、ライス・刀香スペシャル。
ビビンバに使われる白い丼に、白米がこれでもかと詰め込まれている。
総重量1kg。誰だ、こんなバカなものを生み出してしまったのは…
俺と母さんは刀香の頼んだものから少しずつ貰い、各々が肉を焼いていく。
刀香曰く、カルビやロースなどの“赤肉”は手短に、ホルモンやサガリなどの“白肉”はよく焼いて食べるのが良いらしい。
特にカルビは薄く切られているので、10~20秒ぐらいで良いとのことだ。
そんな訳で、俺はお腹も空いているのでカルビを拝借。
刀香も同じ考えなのか、カルビを並べつつ、焼けるのに時間がかかるホルモンを配置。
母さんは色んな肉を少しずつ焼いている。
ジュージューという美味しそうな音と共に、香ばしい匂いが辺りを包む。
刀香の教えの通り、さっと火を通し頃合いとなったカルビ。
肉汁でキラキラと光るカルビをタレに付け、それをすぐに口には運ばずご飯にワンクッション。
適度にタレがご飯に付いたところで口に運ぶ。
「んん~!」
口に入れた瞬間、口腔を満たさんと広がる肉汁。
味蕾をこれでもかと刺激する肉の旨味とタレのコク。
鼻に抜ける
余韻がある内に白米を一口。
肉とタレの濃厚さと白米の淡白ながらも確かに感じる
「…うまいっ!」
「ほんと、ここはいつ来ても美味しいわよね~」
母さんも焼けた肉を美味しそうに食べている。
一方、刀香はと言うと…
「んっ、んふっ、んふふ~~♪♪」
すっごくだらしないほどに顔を綻ばせ、口いっぱいに肉とご飯を頬張っていた。
いつものダウナーな感じはどこへやら、ふにゃっとした笑みで頬を紅潮させ、この世の天国をこれでもかと味わっている。
「ほら、刀香。ご飯粒付いてんぞ」
小さな口の横に付いているご飯粒を取ってやり、口に運ぶ。
「んふ~、ありがとぉにぃに~」
むはぁー、かわいいぃーっ!これだから兄貴はやめられないぜぇ!
「兄妹揃ってだらしない顔してるわねぇ…」
母さんが何か言ってる気がするが、きっと気のせいだろう。
「お待たせしましたー。残りのお肉と石焼ビビンバ、サラマンドラのテールスープお持ちしましたー。石焼ビビンバは器の部分が大変お熱くなってますので、お気をつけくださいー」
とうとう10人掛けのテーブルが埋まってしまった。
「んふふ、これを食べなきゃここに来た感じがしないのよね~」
そう言って、石焼ビビンバにサラマンドラのテールスープを
焼肉とはまた違った焼き音と、コチュジャンや肉味噌、ナムルとご飯が混ざり仄かに焦げていく
一方、サラマンドラのテールスープだが…
「そういえば、今日はいつものわかめスープじゃないんだね…って、これ冷めてない?」
やや白みを帯びた黄色い脂の塊が、スープの表面に浮き出ている。
というか、湯気が全く立っていないのだ。
「あぁ、剣斗は見るの初めてだったわね。このスープはね、時間が経つと熱くなってくるのよ」
「え?熱く?」
「そうなの。サラマンドラって炎の精霊でしょ?そのしっぽにはまだまだ熱を宿していて、冷めたスープも徐々に温まるぐらいの力があるみたいよ」
「へぇ~。死してなお凄い力だな」
そう話してるうちにも徐々に脂が溶け出し、少しずつ湯気も出てきている。
「あんまり放っておくと沸いちゃうから、タイミング見て別皿に移さないといけないんだけどね」
「なるほどなぁ」
「はむっ はふはふっ、はふっ‼」
母さんの隣では謎の擬音を立てながら肉とご飯を搔っ込む妹。
「肉は旨いか、妹よ」
「ぅん~、ワイバーンは鶏肉のようでいて適度なサシが入ってて
「うむ、説明ありがとう」
刀香もご満悦なようで何よりだ。
その後、時間制限いっぱいまで休むことなく刀香は食べ続け、先に腹いっぱいになった俺たちはその様子を温かく見守った。
「本日もありがとうございました、御劒様。またのご来店を心よりお待ちしております」
「は~い、ごちそうさまでしたぁ」
「ご馳走様でした!」
「ごちそうさま…」
会計を済ませ、俺たちは車に乗り込む。
ここに来る前と違うところは、俺たちの腹の具合と、
「…すぅ……すぅ……んん………」
可愛い妹が俺に寄り掛かって寝てるとこかな。
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