一時間目 始業式

 うちの学校の講堂はかなりデカい。

 一番小さい東側の講堂で、その席数、なんと1000席。

 冒険科に在籍している生徒の数はおよそ400人で、そこに教諭たちの数を入れたとしてもまだ余る。

 しかしここは学校。

 席が自由なわけもなく、出席番号順に隙間無く座らされ、後ろはがら空き。

 具合が悪くなった振りでもして後ろの席に座らせてもらおうかな…

 そんなつまらない考えも、照明が落ち、壇上に教頭が上がることで搔き消される。


「えーでは、これより、学校法人九魔ここのま学園英禰えいでい学校の始業式を執り行います。」


「国歌斉唱」



―何とあおそらか 何とあおき海か

 ふたつの青が混じり合ひ 我等が祖国をまぼたま

 何とひろ土地とちか 何と長きみや

 ふたつの果てに到るれば 我等が祖国は栄えなむ―



 古き良き歌謡曲のような伴奏とともに歌い上げてゆく。

 稀に歌わない主義の人や恥ずかしくて歌えない人もいるが、俺はしっかり声を出して歌う派だ。外人が自国の国歌を気合入れて歌ってるの見てると、かっこいいって思うし。

 あとは校歌に向けての声出しも兼ねてたり。

 この後の話が長いんだけどな…


「えーでは続きまして、理事長講話に移ります。ただいま準備をいたしますので、そのままお待ちください」


 校舎がいくつもあれば、当然講堂もいくつもあるわけで。

 理事長以下何名が影分身…できるわけもなく、各所で待機しているお偉いさん方の話している様子を中継するのだ。

 こちらから撮影班が向かうので、お偉いさん方は時間を空けておくだけで済み、こちらはお偉いさん方からありがた~いお話を頂戴できるわけだ。

 だからって、始業式と入学式2日連荘れんちゃんで出席させなくても、って思うのは俺だけじゃないはず…


 「お待たせいたしました。これより当学校の学校法人、九魔学園の理事長であります“九魔ここのま法浪ほなみ”理事長より、御高話を賜ります」


 うやうやしい挨拶ののち、照明が落とされ目の前の巨大スクリーンに理事長の姿が映し出された。


「皆さんごきげんよう。九魔学園理事長の九魔法浪です。まず初めに、皆さんが無事に進級できたこと、心からお祝い申し上げます」


 こちらを見つめる真っ直ぐな瞳は鳶色で、整った顔立ちは中性的。

 窓から射す光で煌めくだいだい色の髪は長めのボブカットで、その一房ひとふさは頭の横で結わえていない。つまりは長めのボブカットと呼ばれる髪型だ。

 その髪型と膨らんだ胸から、目の前の九魔法浪は女性であることが窺える。

 さらに特徴的なのは、頭の天辺てっぺんから生えている獣の耳。

 それは猫の耳よりも尖っていることから、恐らく狐のそれだろう。


 つまりは何が言いたいかというと、髪の一部を結わえていないこと以外、ほぼきゅうちゃん九魔法乃香と見た目が変わらないのだ。

 強いて言えば若干大人っぽいオーラを醸し出しているぐらいか…

 これで子持ちだと…嘘だろ…姉の間違いだろ…

 そんなことを考えながら、俺は必死に笑いをこらえていた。


「短い春休みでしたが、各々満喫できたでしょうか。大きな事故もなく、生徒の皆さんとまたこうして相見あいまみえたこと、とても幸せに思います」


 ダメだ…まだ耐えるんだ……


「さて、わたくしのお話ですが、後にお控えになっている方々もいらっしゃいますので、手短にお話いたします。まずは2年生の皆さん。慣れないまなで過ごして早1年、いよいよ後輩ができますね。先輩として、懸命に学ぼうとしている新入生の助けになってあげてください。ですが、先輩であることばかりを意識しすぎず、頼れる先輩方がいることを忘れないように」


 …………


「そして3年生の皆さん。皆さんには選択の時が迫っています。数多の道から、おのが進む道を選ばねばなりません。人生は一方通行、後戻りはできないものです。ですから、小さくてもいい、漠然としててもいい、しるべを見つけてください。最初はあやふやな導でも、経験を重ねることではっきりと見えてきます。その導があなたを導き、いずれは大きな夢となるでしょう。その夢を叶えられるような人間になってください」


 …っぷ


「では、わたくしのお話は以上です。皆さん、良い学校生活を」


 そう最後の言葉で締め括り、理事長は講話を終えた。


 ダメだ、我慢できなかった…くくっ

 “ねこを借る狐(猫被りだけに)”とか言ったら無茶苦茶怒ってたしな…

 どこで見てるか分からないし、気をつけないと…


「九魔理事長、ありがとうございました。えーでは続きまして…」


 その後、次々とお偉いさん方がありがたいやたら長いお話を終わらせていく。

 町長の話ぐらいまではみなぐったりとしていたのに、最後の来賓講話である知事の話終盤には、活力を取り戻しソワソワしている。

 そう、この後休憩を挟み、皆が待ちに待った校歌の時間なのだ。


江良井えらい知事、ありがとうございました。えーではこれより、準備時間も兼ねた20分間の休憩を挟みまして、校歌に移りたいと思います。20分後には着席するようにしてください。」



―10分後―



 まだ休憩時間が10分も残っているにもかかわらず、生徒ほぼ全員が着席していた。着席していないのは、準備をしている軽音楽部と俺だけだ。



 英禰学校の校歌は、軽音楽部がライヴのような形で先導し、生徒と教職員が斉唱するというスタイルを取っている。

 他の学校と比べるとかなり異色なものだろう。

 楽曲は代々軽音楽部が継承しており、その歴史は結構古かったりするそうだ。



 その軽音楽部に交じって、俺が何をしているかというと…


「あー、あー、てす、てす…ちょっと響いてるから少し下げた方がいいかな?」

「オッケー、剣斗。ちょい控えめで、っと」


 ただいまマイクのテスト中、ってね。


「あー、あー、てす、てす…うん、いい感じ。んで、どっから合わせるんだっけ、かなで?」


 奏こと音尾おとおかなでは、軽音楽部部長で同い年の女の子だ。

 綺麗な亜麻色の髪を、ストレートのセミロングで整えている。

 話す度に表情がコロコロ変わる様子は、非常に活発で溌溂はつらつな印象を与えるだろう。

 身振り手振りも加わるもんだから、体の一部分が揺れに揺れてそれはもう…!

 どこが、とは言わないけど。


「もう、さっきも説明したでしょ?とりあえずアタマから流しで合わせるの!剣斗は合図したら軽く歌ってくれればいいから」

「おけおけ」

「それじゃあ、リハ開始!」


 それを合図に、ドラムスがスティックを鳴らしリズムを取る。


♪♫♩🎶♬~


 ギター、ベース、ドラムス、キーボード、それぞれの音が見事に調和し、体の奥から熱が込み上げてくるような激しい音が講堂に鳴り響いた。

 まだリハーサルの段階なのに、生徒たちは皆立ち上がり片手を上げ、まるで練習してきたかのような一糸乱れぬ動きで曲に合わせている。


 Aメロが終わる頃に、奏がこちらを見て頷いた。

 これが合図なのだろう。俺は奏とともに、ウォーミングアップも兼ねて軽く歌い始める。

 リハも本番も、歌う歌わずも関係なく、ノってほしいところでノってくれる洗練された有志達の動きは、もはや一種の芸術だ。

 魅せる側としては、これ以上嬉しいことはないだろう。


 滞りなくリハーサルは終了した。

 奏がメンバーそれぞれに不備がないことを確認すると、生徒たちの方を向いた。


「みんなぁー!本番もこの調子でよろしくっ!せーいっぱいたのしもぉー!」


 生徒たちから歓声が上がった。

 本番前にこれだけ盛り上がって大丈夫か心配になるレベルだ。

 まあ去年もこんな感じだったけど…


「間もなく休憩時間が終了いたします。生徒、教諭の皆様は着席し、再開までしばらくお待ちください」


 教頭のアナウンスを受け、興奮冷めやらぬ中生徒たちは自分の席に、俺たちは舞台袖に戻り本番を待つ。

 少しすると教頭が壇上に上がり、司会進行を再開した。


「えー只今より、学校法人九魔学園英禰学校の始業式を再開いたします。」


 さてさて、


「校歌斉唱」


 ショータイムだ。


 照明が落ちる。

 講堂が揺らぐほどの歓声。

 俺たちが配置に就く。

 先よりも響く歓声。

 俺はマイクをゆっくりと持ち上げる。

 刹那、静けさが講堂を包み、そして、


「いくぞえーでーーーー!!!!!!」


 爆発した。


♪♫♩🎶♬~


 先程も流れた前奏。

 だがリハーサルの時とは比べものにならないほどの迫力。

 それを全身で感じながら、俺はマイクを強く握る。


―♠未知なるものを追い求め どデカいこの門を叩いた

 ♥この手に何を掴むのか 誰にも分かりはしない―


 ツインボーカルなので、奏と交互に歌っていく。

 カラオケで男女のデュエット曲を聞いたり歌ったことがある人は、上のマークの意味が分かるだろう。分からない人も、今ので分かったかもしれないが…


―♠俺達は ♥私達は ♠♥何を見つけ

 ♥何を感じ 何を思うのか

 ♥胸の鼓動 ♠熱い想い ♠♥止められないぜ!!

 ♠そう 今こそ 旅立ちの時… ♠♥冒険者たちよAdventurers


 ツインボーカル故に、ハモリまでやらねばならない。

 つ、釣られそう…

 だが、ここまで溜めてきた盛り上がりを壊すわけにはいかない…

 サビで一気に…爆ぜさせる!


―♠♥けんを振るえ! たらしを引け! 魔法を唱えろ!

 ♥この手で掴む夢が 最高なんだ!、と

 ♠♥槍で穿うがて! 盾で守れ! 撃鉄げきてつを起こせ!

 ♠やめられない とめられない ♠♥この冒険譚ぼうけんたんを…!

 ♠そのさまは ♠♥Addict―


♪♫♩🎶♬~


 後奏が流れる。

 一曲しか歌ってないのにみんな汗だくだ。

 それだけこの一曲に全力を懸けた証だろう。


 演奏が終わった。

 だが、これで終わりではない。

 ライヴ校歌斉唱には締めが付き物だ。


「オール・ハイル・―――」

「「「「「――アドベンチャー!!!!!」」」」」


 最高だった。

 聞く側もいいが、歌う側はもっと良い…

 練習の甲斐があったってものだ。

 生徒の皆もやり切った顔をしている。

 そんな中、教頭が汗をハンカチで拭いながら壇上に上がり、


「えーでは、以上で、学校法人九魔学園英禰学校の始業式を終わります。生徒の皆さんは、順に教室へお戻りください。」


 始業式を締め括った。




 俺たちは教室に戻り、帰りのホームルームの最中。

 明日は入学式なので生徒は休みなのだが、俺は手伝いに駆り出されるため出席しなければならない。めんどくせぇ。

 まあ、妹の入学式だから、どのみち学校には行くしいいっちゃいいんだけど…


「それでは帰りのホームルームは以上です。御劒君、号令をお願いします。」

「起立!…礼!」


 俺の号令が終わると同時に、久々の学校で疲れたクラスメートたちが各々労いの言葉を掛け合っている。

 あぁ、終わった終わった!

 そう思いながら鞄に手を掛けようとしたとき、


「あ、御劒君!理事長がお呼びだから、今から理事長室に行ってくれるかな?」


 なん…だと…?


「は、はい、わかりました…」


 WARNING! WARNING! WARNING!

 頭の中で警鐘が鳴り響く。

 今一番会いたくない人に呼ばれている…

 だが行かないと、何が起こるか分からない…


「い、行きたくない、しかし、行かねば、うぅ…」


 講演中に笑ったことに対する話じゃない筈だという希望的観測のもと、こちらを見ていたきゅうちゃん、忍と癒衣(弓奈は目を逸らされた)に挨拶してから理事長室へと向かう。


 「あ、御劒君、終わったら職員室にも寄ってね」


 苦笑いしながらそう告げる先生。

 俺は生返事をし、重い足をりながら教室を出た。




 理事長室までは遠い。

 黄龍広場のど真ん中にある、通称“天へのきざはし”と呼ばれるやたら高い塔の最上階にあるのだ。


 黄龍広場までは近い。

 入るだけなら、校舎の裏手に回ればいいだけだから。

 だがそこからが長い。


 信じられないことに、黄龍広場には車が走っている。

 主に循環バスと広場で商いをしている人の業務用車だが、就学前教育の施設がこちらにあるため、親御さんの迎えの車も通ったりしてる。

 理事長室までは直通バスがあるのだが、それに乗って移動し高速エレベーターで昇っても10分はかかる。


 こちらから用事があるときはそれだけの時間をかけて行かなければいけないが、今回はお呼ばれしているので、校舎内の校長室の隣にある理事長室へと向かう。

 扉をノックし、「御劒です」と声を掛けると、「お入りください」と声が返ってきた。

 普段は魔法による施錠がされており開かないのだが、今は解除されていて何の問題もなく開く。

 失礼します、と一声掛け中に入る。

 扉が閉まると同時に魔方陣が浮かび上がり、再び施錠されたようだった。


「ふーん、ちゃんと一人で来たのね。まあ、一人で来ても来なくても、話す内容は変わらないのだけど」


 こちらに背を向けて座っているため表情は窺えないが、刃物を首に突き付けられたような殺気と冷たさを感じる。


が何で呼んだか、分かるかしら?」


 椅子ごとゆっくりとこちらに振り向くと、そこには微笑びしょうたたえた美人ママがいた。

 額に青筋浮かべてるけど。


「い、いやぁ、きゅうty…法乃香さんとこの度同じクラスになりましてぇ…えと、その、この学校に通ってたんだなぁ!…って……」

「あら、言ってなかったかしら?それは悪いことをしたわね。あの子には剣斗が通ってることは伝えてあったんだけどね」

「あっ、そっ、そうだったんですねぇ~!」


 な、なんだ、この重たい空気・・・!


「と・こ・ろ・で、話戻すけど、どうしてあたしが剣斗を呼んだか、全く、皆目、これっぽっちも、見当つかないかしら…?」

「あぁ…いやぁ…はは…なんでかなぁ…あはは……」


 正直、さっきから脂汗が止まりません…!


「そう…じゃあ、ヒントをあげるわ」

「ヒント…?」


 理事長改め、法浪さんがそう言うと、近くに備え付けられているテレビにリモコンでスイッチを入れた。

 すると、少しののあと、講堂で座っている俺が映し出された。


「・・・・・・」


 俺は後悔した。

 部屋に入った瞬間に土下座するべきだったと…


「私の講演中にぷるぷる震えて…トイレでも我慢してたのかしら…?」

「…イイエ、チガイマス……」

「あら、違ったの?…確かに、よく見れば、笑いを堪えてるようにも見え…あら、今吹き出さなかったかしら?」


 話してる間にも映像は流れ続け、遂に我慢できずに吹き出したところが映し出されてしまった。


「…ハイ、吹キ出シマシタ……」

「…何か言うことは?」

「すみませんでしたーっ!!!」


 それは見事なジャンピング土下座だった。

 普通の人がやるとまずひざを痛めるこの土下座。

 俺の場合はやることが多すぎてマスターしてしまったといっても過言ではない。


「どうか…お許しいただけないでしょうか…?」


 しかし如何せん、この方は天使ではなく大悪魔なのである。


「だ~めっ。二度目はないって…言ったものね…け・ん・と・君?」


 そう言い放った瞬間、凄まじい勢いで俺のズボンのベルトに手を掛ける。

 逃れようとする俺の体を腕で抑える。

 くっ…どこにこんな力が…!


 そのままベルトごとズボンを一気に下げられ、俺は美人ママの前でけつ丸出しに。


「泣くまで、許さないから」

「ぎゃぁぁぁぁああああああぁぁぁああああああああああああ」


 俺の可愛い桃尻と可愛いママのてのひらで、鳴り止まぬ拍手かしわでが打たれた。




「うっ、えっぐ、ひっく…」


 百叩きの刑は、終わりを迎えた。


「まったく、こうされるって分かってんだから、少しは学習しなさいよ?」

「ばい゛、ずびばぜん゛でじだぁ゛!」


 年甲斐もなく号泣する俺。

 痛みよりも尊厳が失われるんだよな、おしりぺんぺん…


「でも、ちょっとだけ…気持ちいい…かも…」

「えぇ……」


 俺のウィットにんだギャグは、全力で引かれた。

 うん、気をつけよう…


「はぁ、ったく…あんたって子はいっつも…そろそろ本題に移るわよ」

「え、これがそうなんじゃないの!!?」

「そんなわけないでしょう?誰が息子のけつぱたくためだけにこんなところに呼び出すのよ」

「あんただ、あんた」


 殺気を放たれたので、全力で目を逸らす。

 幼い頃、法浪さんには実の息子のように可愛がってもらってたため、今現在もこんな感じでフランクな話し方をしている。

 お尻ぺんぺんだけはやめてほしいけど…


「で、なんか頼み事?」

「そうそう、あんたんとこの担任のことよ」

「あぁ、なるほど。まもり姉新任だから、身内の俺達でサポートしたれ、ってこと?」

「んふ、理解の早い子は助かるわ」


 まもり姉こと楯鑓真護は、俺の従姉弟なのだ。

 まもり姉の母親がうちの母さんの妹で、嫁ぎ先が楯鑓家だった。

 ちなみに、旧姓は魅惑みまどいだ。テストには出ないぞ!


「そんなことなら、言われなくたってするつもりだったよ。担任になることはまもり姉から聞いてたし」

「あら、杞憂だったわね」


 どことなく安心したような顔をする法浪さん。

 この学校に誘った身としては、心配だったところもあったのだろう。


「話終わりなら、そのまもり姉に呼ばれてるからそろそろ行くけど」

「えぇ、大丈夫よ。急に呼んで悪かったわね」

「いいってことよ。そんじゃ」


 うしで手を振り、扉に向かう。


「剣斗」

「ん?」


 不意に呼ばれ振り返る。


「いってらっしゃい」

「…おう、いってくる!」


 そこには微笑を湛えた美人ママがいた。




 魔法で繋がれた扉を閉めると、再び魔方陣により施錠された。


「この魔法、結構難しい部類のはずなんだけど、何のアクションもなく開け閉めしてるよな…」


 そんな独り言を零しながら、真向いの職員室の扉をノックする。


「失礼します。楯鑓先生はいらっしゃいますか?」

「はーい、今行きます」


 早歩きでこちらに向かうまもり姉。


「ちょっとこっちで話そうか」


 そう言って連れられたのは生徒指導室。

 はっ!い、イケない指導をしようってのか…!

 って、まもり姉に限ってそれはないな。


「ここなら誰にも聞かれないもんね…」ガチャ


 What's!?

 いや、指導する部屋だから、話聞かれないように防音が為されてたり内側からしか開閉できない鍵があるけれども。あるけれども!


「うぅ…けんちゃぁん……」


 …はっ、これは…


「やぁらぁかぁしぃたぁぁあああああああ」


 甘えモードか。

 椅子に座らされた俺の腰に両腕を回し、お腹の辺りに顔をうずめる。


「おぉ、よしよし…まもり姉は何もやらかしてなかとよ~」


 似非博多弁で優しい雰囲気を醸し出しつつ、慰めてやる。


「だってぇ、だってぇ、おでこぉ、おでこばごぉんってぇ!」

「大丈夫、みんな可愛いって言ってたよ」

「…ほんとにぃ?」

「ほーんと」


 教室での凛々しさはどこへやら。

 今やただの泣きじゃくる子供みたいだ。


「んん、頭なでてぇ…」

「はいはい」


 いつもはしっかりした頼もしい姉ちゃんなのに、たまにこうやって甘えてくる。

 いつも気を張ってると、甘えたくなるものなのだろうか…

 そんなことを考えてると、


「よし!お姉ちゃん復活!」

「お、戻った」

「ごめんねぇ、けんちゃん。迷惑かけちゃったね…」


 申し訳なさそうにこちらの顔を覗き込む。


「なんも気にすることないよ。法浪さんが気ぃ利かせて俺らがいるクラスにしてくれたんだし、一緒にがんばろ?」

「はぁぁ…こんな弟いたら甘えちゃうに決まってるよぉ」


 今度は首の後ろに両腕を回してハグ。

 お姉さん、いいものをお持ちで…


「さて、ゆんちゃんたちを待たせちゃってるし、お姉さんは仕事に戻ります!」

「うん、頑張ってね、まもり姉」

「けんちゃんもね」


 そう言ってまもり姉は俺から離れ、指導室の扉を開ける。

 ちなみに“ゆんちゃん”とは弓奈のことだ。


 まもり姉と別れ、俺は自分の教室へと戻る。


「あ、けんとくんかえってきたぁー!」


 癒衣がとてとてと歩いてくる。

 癒衣の声に反応して弓奈がこっちを見たが、すぐにそっぽを向いてしまう。


「おかえりけんとくん!」

「おかえりなさい剣斗さん」

「お疲れ様けんくん」

「ただいま、みんな」


 まるで長旅から戻ってきた仲間を迎え入れるように皆が集まってくる。


「弓奈も、ただいま!」

「・・・・・・」


 むむ、まだお怒りでいらっしゃる…


「剣斗さん、ワタシお花を摘みに行ってくるから、少しお話でもして待っててくれる?」

「おはなをつみに…?」

「お手洗いに行くってことだよ(コソコソ」

「! ゆいもいこーっと!」

「じゃあ、ボクも行こうかな」

「おう、いてらー」


 あいつら、気ぃ利かせやがって…

 まあ、いつまでもこじれさせるわけにもいかないしな…


「…弓奈」

「…なに?」

「あぁ、えっと…」

「・・・・・・」

「…ごめん!」

「…っ」

「ああいう話、あんまり得意じゃないのに…でも、俺もだらしなくして…」

「…うん」

「なんていうか…こんなこと正直に言っていいもんか分かんないんだけど…」

「……うん」

「…弓奈の、その…スレンダーな体“も”、好きだからっ!」

「…っっ!“も”ってなによ、“も”って!」

「えっ!?い、いや、だって、忍を否定しちゃうのも、なんか悪いし…」

「むぅう、剣斗はそうやって、いっつもみんなに優しくするんだからっ!」


 そうやって、俺の胸板をポカポカする。

 全然痛くない。きっと加減してくれてるのだろう。

 何度か叩いてると、俺の胸に寄り掛かってきた。


「でも…そこが剣斗のいいところだと思う…」

「…ありがとな、弓奈」


 ぽんっ、と弓奈の頭に手を置く。

 弓奈は一瞬驚いたようだが、すぐにされるがままになった。

 しばらく弓奈の頭をなでなでしてから、


「さって、そろそろ入ってきたらどうだ?」


 さっきから扉の隙間からこっちをがん見している3人組に声を掛ける。


「へ?」

「あーあ、気づいてたんだー」

「ふふっ、やっぱり剣斗さんにはシーフの素質があるわね」

「だからやめようって言ったのに…」


 ぞろぞろと入ってくるお花を摘みに行ったはずの3人。

 いるのは気づいてたけど、せっかくの機会を逃すわけにはいかないもんな。


「え…3人とも…いつから、そこに…?」

「ん~?さいしょっからだよー」

「…へ?」

「あっ、癒衣ちゃん!それ言っちゃダメだよ!」

「あ、そうだった!」

「癒衣さんに隠し事は無理ね…」

「てへぺろ(・ω<)」


 某女性お笑い芸人、もとい女性声優さんのギャグを可愛く披露する。

 当の弓奈は顔を真っ赤にしてうつむいている。

 まあ、色々聞かれてたわけだしな…


「さーて、駅前のケーキバイキングにでも行くかー!」

「お!けんとくんのおごりー?」

「…けーき」

「ばっか!そんな金ねぇよ!」

「あら、春休みに近場のダンジョンにもぐって一稼ぎしたとかしてないとか…」

「!?」

「学校管轄のダンジョンに潜ったのが間違いだったね」

「法浪さん経由か…!ていうか、お前ら仲良くなんの早いな、おい!」

「好みがいっしょだからね!」

「お、そうなのか?」

「ちょっちょちょ、ゆ、癒衣ちゃん!!?」

「ふふふ、大きな秘密を握られたわね、法乃香さん?」

「し、忍ちゃんまでぇ~!」

「これは聞いちゃいけないやつだな。で、弓奈、お前も行くだろ?」

「うん…あ、でも、近所の和菓子屋さんにも気になるのが…」

「そっちは“森”の分で奢るからさ」

「…うん!で、こっちも奢ってくれるんだよね?」

「あぁ…わかったわかった!新学期記念で奢ってやらぁ!」

「わーい!けんとくんだいすきぃー!」

「さすがは剣斗さんね」

「悪いね、けんくん」

「ありがとっ、剣斗!」

「おっしゃー、いくぞーおまえらー!」

「「「「はーい!」」」」


 鞄を手に取り、大所帯で移動を開始する。


 可愛い女の子の笑った顔が見れるんなら、ケーキバイキングぐらい安いもんか…



 ……近々またダンジョン探索しないとな……





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る