RPL~ロール・プレイング・ライフ~

むつらぼし

準備期間

HR(ホームルーム) 新学期

 ピピピッ ピピピッ ピp…

 朝が来たことを伝える一度目の報せが鳴り響く。

 止めるときには体が動くのに、いざ鳴り止むと脳が動きたくないと本能に呼びかける。あぁ、布団の魔力は絶大だ。あと5分…。

 ...zzZ......zzZZZ


剣斗けんとぉー!さっさと起きなさーいっ!」


 5分きっかり経ったところで、母親による二度目の報せ。

 以前計ったことがあるのだが、本当に5分ピッタリなのだ。そこらの時計よりも余程正確だ。

 気になるのは、俺の“あと5分”が如何にして伝わっているかだが、そこは未だに不明である。

 さて、この程度で起きるのならば目覚まし時計など必要ない。


 ――ピンポーン


 家のチャイムが鳴り響く。

 ここまで来ると、さすがに起きなければと思ってしまう。

 ……思うだけだが。


「おはようございます、麗子れいこさん」

「あら、今日は早いのね、弓奈ゆんなちゃん」


 麗子とは俺の母親の名だ。

 息子の俺が言うのも何だが、母さんは近所でも評判の美人で、飾らない性格も相まって、この辺りではちょっとした人気者だ。

 そして、母親と話しているのは、俺の幼馴染の弦矢つるや弓奈ゆんな

 黒髪ポニテが似合うスレンダーな女の子だ。間違っても貧乳と言ってはいけない。


「今日から新学期ですからね。初日に遅刻はしたくないですし」

「ふふっ、そこまで言うなら置いていけばいいのに」


 さらっとひどいことを言うなぁ、母よ……


「なんていうか、もう日課になってますからね。置いて行くのもなんか悪いですし。では、剣斗を起こして来ますね」

「はいは~い、お願いねぇ~♪」


 二階にある俺の部屋に向かわんと、階段を上がっていく音がする。

 弓奈さんは優しいなぁ…しみじみ


 ――コンコンコン


「剣斗、起きてる?」


 部屋の戸をノックする音に続き、凛としていて透き通った声が響く。弓奈の声だ。


「あぁ、起きてるよ」


 三度四度みたびよたびも起こされれば、さすがの俺でも目が覚める。

 俺が返事をしたのを聞くと、ドアを開けて弓奈が入ってきた。


「今日は珍しく早起きなんだね。いつもだったらまだ寝てるのに」

「たまにはそういうときがあってもいいだろ?」

「学校ある日は毎日そうだったら、私も楽なんだけどなぁ…」

「弓奈に起こされるのが楽しみだから、ちかたないね!」

「はいはい。それじゃあ、早く着替えて降りてきてね」


 苦笑いしながら答え、部屋を出ていく弓奈。


「その内ちゃんとお礼しないとなぁ…」


 そんなことを呟きながら、家を出る準備をするのだった。




「じゃあ、気をつけて行ってらっしゃいね」

「んー、いってくる」

「弓奈ちゃん、また今日から剣斗のことよろしくねっ」

「はい、お任せください!」

「俺は子供かっ!」


 そんなやり取りをしつつ、わざわざ見送りに来た母親を背に家を出る。

 休みの大半を家で過ごしていたせいか、太陽が目に痛い。


「体が溶けそうだ…」

「剣斗は吸血鬼じゃなくてひと族でしょ。変なこと言ってないで、早く行くよ」

「へーい」


 気怠けだるい体に鞭を打ち、弓奈と並んで歩き始める。

 今日も幼馴染のうなじは、とても綺麗だ。グッジョブ。





 先の会話で、吸血鬼とか何ぞや?と思った人もいるかもしれない。

 そう、この世界には五つの種族が存在するのだ。

 人間の代表格である“ひと族”

 吸血鬼や悪魔などの“魔人まじん族”

 エルフや妖精などの“妖人ようじん族”

 ドワーフや小人などの“矮人わいじん族”

 人狼や人魚などの“獣人じゅうじん族”

 この五つの種族をまとめて、人間―ニンゲン―と呼称しているのだ。

 だが、近年では他種族間の婚姻による混血化が進み、種族名は血統ではなく見た目の名称として用いられるようになった。

 人族同士が結婚し子供ができたら、その子の頭に猫耳が生えているとかは普通にある光景だ。A型とB型の両親からO型の子供ができても不思議じゃないのと同じような感覚で考えてくれればいい。

 ちなみに俺も弓奈も人族だ。はいここ、テストにでまーす。





 そんなこんなで、俺たちが住んでる住宅街―ちなみに俺と弓奈の家は隣同士―を抜け、いつもの通学路を進んでいく。

 駅周辺であるこの辺りは、いつもなら朝の通勤通学ラッシュで人も車も溢れ返るほどの賑わいを見せている。

 だが、早めに出発したからか車も人もまばらで、まだピークには至っていないようだ。


 その後、駅から離れるように10分ほど歩いていくと、森の入り口に着く。

 通称“迷いの森”。

 この迷いの森は、俺たちが通っている学校の周囲を囲むように木々が密生みっせいしており、枝葉えだはのせいで陽が射さないせいか仄暗ほのぐらく、人によっては不気味な印象を受けてしまうかもしれない。

 また、学校側が設置した魔法陣の効果により、正しい道順を辿たどらないと入口に戻されてしまうのだ。

 防犯対策だとか生徒用の初級ダンジョンだとか言われているが、面倒だと思うのが正直な感想だ。やれやれだぜ。

 さらに面倒なことにこの森は、毎年4月1日になると出口への道順が変わってしまうのだ。

 だが、近くに優秀なブレーントラストがいる俺が出す答えは一つで、


「恐れ多いことですが偉大なる竹馬の友である弓奈様、いやしいわたくしめを森の出口へとお導き下さいませ…」

「よかろう!我を崇めたまえ!」

「ははーっ!神様仏様弓奈様ぁ!」


 幼馴染を頼る、これ一択である。

 しかし、こんなアホなやり取りによく毎年付き合ってくれるものだ。感謝感謝。


「今年は何食べようかなぁ」

「別に食いもんじゃなくてもいいんだぞ?」


 俺は毎年、道を下調べしてきてくれる健気な幼馴染にお礼と称して、好きなものを一つ(高価なものは除く)プレゼントしているのだ。

 今までに甘味スイーツ以外を要求されたことないけど。


「ま、いつも通り帰りに決めよっかな」

「うい」

「ちゃんとはぐれないでついてきてね」

「仰せのままに」


 そんな他愛もない会話をしながら、弓奈とともに迷いの森を進んでいく。




 森を抜けると、高さが2mほどある煉瓦塀れんがべいに囲まれた建物が姿を見せる。

 一見すると少し塀の低い刑務所のような印象だ。

 この塀の中にあるのが、俺たちの通う学校だ。


“学校法人九魔ここのま学園 私立英禰えいでい学校”


 就学前教育しゅうがくぜんきょういくから始まり、初等教育、中等教育、高等教育又は職業教育が同敷地内で受けられる、いわゆる一貫校であり、校舎から塀、外周を一回りしている道路、果てには迷いの森までがこの学校の敷地だというのだから恐ろしい。

 その広さ故、この学校には四方にそれぞれ校門があり、俺たちが向かっているのは青龍門せいりゅうもん、教師や生徒からは東門ひがしもんと呼ばれているところだ。


 門をくぐると、目の前には校舎、講堂、体育館が立ち並び、右手には来客用の駐車場とグラウンド、左手には生徒用の駐輪場と教師用の駐車場がある。

 これぐらいの規模が東西南北にそれぞれ存在する。

 中央には黄龍こうりゅう広場と呼ばれる結構な面積を誇る場所があり、その広場だけで一つの街なのではないかと錯覚するほどだ。

 俺たちが校舎に向かっていると、入り口に掲げられた大きな張り紙が目に入った。


「お、クラス割張り出されてるな」

「ホントだ。今年も記録更新かなぁ」


 ふふっ、と弓奈が微笑む。


 俺と弓奈は保育所の頃から今までクラスが離れたことがない。よくある幼馴染補正というやつだな、きっと。


 張り出されているクラス割を見てみると、2年A組の欄に御劒みつるぎ剣斗と弦矢弓奈の名前があった。

 見事に記録更新だ。


「やった!また一緒だね、剣斗!」

「おう。今年もよろしくな!」


 パンッ、と軽快にハイタッチ with 幼馴染。リア充爆発しろ by 筆者(自重

 ギネス級の記録を叩き出した俺たちは、もう一度クラス割を確認してから校舎に入っていった。




 俺たちが教室に入り見知った顔に挨拶していると、


「新学期早々一緒に登校だなんて、仲の良さは相変わらずね」


 不意に向こうから褐色美人が声を掛けてきた。


「おっす、しのぶ。お前ともまた同じクラスだな」

「おはよう、剣斗さん。弓奈ちゃん。また同じクラスになれて嬉しいわ」

「お、おはよう…」


 どんな声と訊かれたら、妖艶な、と誰もが返すぐらいのあでやかな声で挨拶してくるのは、中等部から付き合いのある盗見ぬすみしのぶ

 手で搔き上げる白銀しろがねの髪、褐色の肌に映える桃色の唇、特徴的な尖った耳、淫魔サキュバスに勝るとも劣らない煽情的な身体つき。

 そう、彼女はエロフ、もといエルフなのだ。


「ふふっ、そんなに警戒しなくても変なことしないわよ。ねぇ、剣斗さん?」


 さっ、と俺の横に来て腕にしなかかる。

 右腕に感じる柔らかな感触。

 お嬢さん、いいものをお持ちで…

 だが、ここは男として注意せねばなるまい。

 男として注意せねばなるまい!(大事なことなので二回言いました)

 忍が気づいてない可能性もあるしな!


「ししっ、し、しのぶしゃん…なっ、なんか、その…あぁあ、あたってるんだけど…?」


 努めて冷静かつ真摯な態度で忍の不注意を教えてあげた。

 弓奈の視線が痛い。


「んふっ、あててるのよ」


 耳元で囁くように、かつ弓奈にも聞こえる感じの声音こわねで話す忍。

 正に教科書通りな受け答えに俺の理性は崩壊寸前だった。

 ありがとうございます!


「そ、そういうことするから警戒するの!」

「あら、でも剣斗さんは満更でもなさそうよ?」

「ぐへへ、おっぱい…」

「なっ…!」


 それは怒りかはたまた羞恥か、弓奈は顔を真っ赤にし硬直する。

 忍は忍で、なんか勝ち誇ったような顔をしてるし。

 ここは俺の出番だな。


「弓奈」

「っふぇ!?な、なにっ?」

「俺はおっぱいもちっぱいも、等しく好きだ。だから気にs

「・・・!!けんとのばかぁっ!」


 殴られた。顔、かばんで、思いっきり。

 それはもうガチの全力フルパワー、全身全霊の渾身の力で。

 これがアニメなら顔がへこむレベルだ。


 弓奈は俺をぶちのめすと、自分の席に一人でさっさと行ってしまった。

 ジョブは弓師のはずなのに、近接の威力高くないですか、弓奈さん…


「どうしましょう、ワタシじゃ治せないし…」

「こんな時こそ、ゆいの出番だねっ!」


 おぉ・・・元気一杯な天使の声が聞こえる・・・


「おはよう、癒衣ちゃん。ちょうどいいところに来てくれたわね」

「びっくりしたよ~、あいさつしようと思ったらけんとくんの顔がへんけいしてるんだもん!」


 そう言いながら俺に回復魔法をかけてくれているこの子は、復治ふくち癒衣ゆい

 癒衣とは高等部からの付き合いで、ツインテールにしている桃色の髪が可愛らしいドワーフの女の子だ。

 将来を感じさせる控えめな胸、こぢんまりとしつつも張りのあるお尻、平均身長な俺よりも二回りは小さい背丈。

 プリティーな見た目はどんなに甘く見積もっても中等部入りたてぐらいなのに、歳は俺たちと一緒なのだ。合法ロリ万歳!!


「ふぅ~。ありがとな、癒衣。」

「どういたしましてっ」


 俺が立ち上がって服をはたいてから礼を言うと、ニコッと笑って返す癒衣。

 持つべきものはジョブが僧侶のお友達ってな。

 


「あとでジュースでも奢るよ」

「ほんとに?ちょうど気になるやつあったんだー」

「あと、忍にはお仕置きっ」

「ぃたっ」


 忍の眉間にデコピンをお見舞いした。

 赤くなったところをさすりつつ、膨れっ面で抗議の眼差しを向けてくるが、悪い子にはお仕置きが必要だ。

 俺は被害者だからな!


 癒衣と忍と別れ、黒板に書かれている自分の席に着く。

 窓際の一番後ろか。

 春眠しゅんみんさんは今年もあかつきを覚えなさそうだ。寝るのは夜じゃなく昼だけど。

 覚えないのは暁じゃなくて授業内容ってか。やかましいわ!

 そんなことを考えていると、


「ねえねえ。君って御劒剣斗君・・・で、合ってる?」


 不意に前の席の奴が話しかけてきた。


 こちらを見つめる真っ直ぐな瞳は鳶色で、整った顔立ちは中性的。

 窓から射す光で煌めくだいだい色の髪は長めのボブカットで、その一房ひとふさを頭の横で結わえている。いわゆるサイドテールやサイドポニーと呼ばれる髪型だ。

 その髪型と膨らんだ胸から、目の前の何某なにがしは女性であることが窺える。

 さらに特徴的なのは、頭の天辺てっぺんから生えている獣の耳。

 それは猫の耳よりも尖っていることから、恐らく狐のそれだろう。

 ここまで事細かに説明してはいるが、俺の知り合いにこんな可愛い子はいない。


 恐らくは俺のファンか何かかな!


「あぁ、そうだけど。君は?」

「っ・・・やっぱり覚えていない、か・・・」


 なんか無茶苦茶落ち込んでしまった。

 え?なんで?どっかで会ったことあったか・・・?

 これでも記憶力には自信があったんだがな・・・

 となると、会ったことはあるけど印象が違いすぎて、ってことか。

 そうだとすると、一人心当たりがいる。


「・・・もしかして、きゅうちゃん、なのか・・・?」

「!!?!?」


 パァーという効果音が流れてそうな満面の笑み。

 なんか無茶苦茶喜ばせてしまった。

 もふもふな尻尾がものすごい勢いで振られている。千切れてはしまわないか心配になるレベル。


「ま、まあ、君なら覚えているとボクは信じていたよ!」

「よく言うわ。さっきまで本気で落ち込んでたのはどこのどいつだよ」

「うぅぅ・・・だって本当に忘れてると思ったんだもん・・・」

「印象が違いすぎるんだよ。最後に会ったのが初等部入る前だぜ?今よりも髪が短くて男の子っぽい雰囲気だったろ?」

「た、たしかに・・・」


 そう言い、また落ち込むきゅうちゃん。


 きゅうちゃんこと九魔ここのま法乃香ほのかとは、弓奈の家とは反対の隣家りんかだった子で、初等部に入る前にきゅうちゃんが引っ越してしまうまでは、弓奈と一緒になってよく遊んでいた。

 狐耳と尻尾から分かるように、彼女は人狐じんこである。しかも九尾の狐の家系だそうだ。九尾は代々女系であり、人狐の婿を取りその血筋を守ってきた、近代稀に見る由緒ある一族なのである。

 渾名あだなのきゅうちゃんも、九尾の狐と九魔の姓からきている。

 ちなみに普段は尻尾を一本にし、邪魔にならないようにしているらしい。便利だな、九尾。

 

「というか、去年きゅうちゃんのこと見かけた覚えないんだけど」

「あぁ、それはね、ボク1年の時は普通科ふつうかにいたんだよ」



 俺たちが通う学校は四方の校舎にそれぞれ別の学科が割り振られている。

 きゅうちゃんが1年次に在籍していた“普通科ふつうか”。こちらには、初等教育と前期中等教育の校舎が併設されている。

 南北それぞれに位置する“工業科こうぎょうか”と“商業科しょうぎょうか”。南に職業教育、北に高等教育を施す校舎が併設されている。

 そして俺たちが在籍する“冒険科ぼうけんか”だ。こちらには校舎の代わりに、地下に続くダンジョンが併設されている。

 普通科、工業科、商業科は名前の通り。

 ここで見慣れないのが“冒険科”だろう。

 冒険科とは、この世界の至る所に存在する“ダンジョン”と呼ばれる場所で活動する探検家や学者、彼らを護衛する傭兵などの“冒険者アドベンチャラー”と、それらを統括するクランやギルドの構成員である“管理者アドミニストレイター”を養成することを目的とした学科だ。

 登校途中にあった迷いの森も広義で言えばダンジョンであり、この世界の地下鉄も、実はダンジョンの一部を改装してできたものだというのだから、この世界で如何にダンジョンというものが身近にあるのかが分かるだろう。

 閑話休題、この学校は1年次に他の学科の授業内容にも触れるため、2年次に進級する際に学科を変更することができるのだ。



「なるほど、それなら見かけなくても不思議じゃないか」

「まあボクはけんくんを見かけたから、こっちに移ったんだけどね」

「まじ?」


 ちなみにけんくんとは俺のことだ。

 でも、どこで…

 そう聞こうとした時、チャイムと同時に担任の教師が教室に入ってきた。


「この話はまた今度ねっ」


 なんて言いながらパチッとウインクするきゅうちゃん。

 なかなか様になってるな…


 先生が入ってくるのに合わせて、歓談していたクラスメイト達が各々の席に着いていく。

 入ってきたのは女性だった。

 ウェーブのかかったミディアムヘアで、淡藤色の髪と目鼻の整った顔立ちは、少女のような可憐さと女性らしい色っぽさを見せている。

 この前聞いた新任の先生だ。

 先生は緊張した面持ちで教壇まで移動すると、持っていた出席簿を置きチョークに持ち替える。

 黒板の空いてるスペースに自分の名を書き終えると、自己紹介が始まった。


「皆さん、初めまして!この度2年A組の担任になりました、楯鑓たてやり真護まもりです。今年教師になったばかりの新米ですが、皆さんと歳が近いこともあり、他の先生方よりも気軽に接していけると思っています。未熟者の私ですが、時に皆さんを支え、時に皆さんに支えられながら共に成長し、皆さんが楽しく充実した学校生活を過ごせるよう努めて参ります。今日から2年間、よろしくお願いします!」


 言い終えると同時に深々と礼。

 猛スピードで教壇に突き刺さる頭。

 おでこを押さえ震える先生。


「うわぁ…」「痛そぉ…」「ドジっ娘、萌えぇ~」

 教室中がどよめくほどの出来事だった。

 そのまま放置はさすがに可哀想だし、声かけるか…


「せんせー、おでこ大丈夫ですか?」

「ハイ、大丈夫デス…」


 全然大丈夫じゃなさそうな返事が返ってきたな…


 楯鑓先生は涙目になりつつも、おでこをさすりながら何とか顔を上げた。

 先生は一呼吸置くと、改めてクラスメイト達に向き合う。


「えぇっと、こんなドジな私ですが、改めてよろしくお願いします…」


 頬とおでこを赤くし、はにかみながら挨拶を終える。

 今度は勢い任せではない丁寧な礼だった。

 教室中から拍手喝采。

 衝撃的なデビューを飾った先生だが、彼女のそのドジっぷりと守りたくなるような潤んだ瞳のおかげか、クラスメイト達の心を掴むことは出来たようだ。

 静かに拍手をしていると、先生と目が合った。

 口パクで「ありがとぉ~」って言ってる。かわいい。


「では少し遅れましたが、HRホームルームを始めます。御劒君、号令をお願いしてもいいかな?」

「はい、わかりました」



※注意

 次の文章は号令です。

 号令が読者様がご存知のものとの差異があることが御座います。

 もし違和感を感じるようでしたら、読者様方お得意の脳内変換をお使いになり受け入れて下さいますようお願い申し上げます。

 以降この号令にいての注意書きは致しませんのでご容赦くださいませ。



「起立!…礼!…着席!」


「えぇ、まず初めに、皆さん進級おめでとうございます。皆さんが無事進級できたのは、皆さん自身のたゆまぬ努力の成果です。そのことに誇りを持ち、されどおごることなく、新入生の模範となれるような生徒になることを願っています」


 落ち着いていて、しかしはっきりとした口調で激励の言葉を述べる。

 さっきのドジっ娘は緊張から来るもので、本来はこうした落ち着きのある性格なのだ。

 凛とした大人の雰囲気を呈している。


「では、本日の予定を説明します」


 楯鑓先生の説明を要約すると、時間割はHR始業式HRで日程は午前中で終わるらしい。

 だがしかし、うちの学校の始業式は無駄にお偉い方々の挨拶が多いのだ。

 この学校で一番のお偉いさんである理事長を初め、校長、PTA会長、各学科の教頭、俺たちが住んでいる町の町長、終いには知事までもが始業式に出席し挨拶していく。

 学校側からすれば名誉なことなのだろうが、俺たち生徒からすれば有難迷惑ありがためいわく以外の何物でもない。

 まあそんな苦行も、最後に行われる校歌でお釣りが来るけど。


「それでは皆さん、廊下に整列してください」


 楯鑓先生の号令でクラスメイト達が動き出した。






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