香織

 あたしが部屋に入ると、いっくんはベッドで寝ていた。顔色は少し悪くて、やっぱり辛そうだった。心配になったからそっと近付いて、いっくんの右手を握った。

「ん……」

 あ、起こしちゃった?でも、目を開けたのは一瞬で、すぐにまた目を閉じちゃった。

 お見舞いに来たけれど、こんな感じだったら、帰った方がいいのかな?

「……右手…………封印……解け……」

「いっくん、何?」

 ぼそぼそといっくんが何か言ったけど、うまく聞き取れなくて聞き返すけれど、何も答えてはくれない。

 右手?封印?どういうこと?もしかして、またいつもの妄想?こんなときにまでそんなこと、しなくてもいいのに。でも、そんなんだからこそ、いっくんだよね。

 甘い感情が胸を満たしてくる。

 その時、握っていた右手にわずかに力が込められた。両手で包み込むように握り直して、いっくんにそっと囁いた。

「いっくん、早く元気になってね」

 この言葉で安心してくれたのか、寝息をたて始めた。あたしはそのまましばらくの間、横でいっくんの寝顔を眺めていた。

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