第3話 少女の決意
窓から射す朝日でソフィアは眼を覚ました。
眼を擦りながら、立ち上がり部屋を見渡す。
昨日までとは違う環境に違和感があった。
コンコンッ、と扉を叩く音が室内に響いた。
「お入りしても宜しいでしょうか?」
「あ・・・はい」
「失礼致します」と一礼をして、部屋へと入ってくる。
「おはようございます。よく寝られましたでしょうか?」
「え~と、その・・・」
「そうですか・・・。もし何かありましたら、何なりとお申し付けください。それと、朝食のご用意が出来ましたが如何致しましょうか」
「はい、頂きます。準備をしたら向かいます」
「それではこちらを」
エリーはソフィアに洋服を手渡した。
「私の昔のもので恐縮ですが、ソフィア様に合うものがこれしか・・・。もし、お嫌でしたら時間は掛かりますが別なのをご用意致しますが・・・」
「いえ、そんな!ありがとうございます。これで大丈夫です」
「いえ、良かったです。それでは私は先にリビングでお待ちしております」
エリーは軽く頭を下げ、部屋を後にした。
ソフィアは手にした洋服を見てみる。
このような綺麗でマトモなものを着た記憶がなく、袖を通すのに躊躇していた。
それでも袖を通し、部屋にある鏡に移った自分を見て、心が少し踊る。
しかし、それと同時に洋服とは似合わない顔のアザが目に入り、ソフィアは複雑な気持ちになりながらも部屋を出た。
リビングのテーブルには昨夜と違い、同じ量の料理が並んでいた。
「おはようございます」
挨拶をするが、扉の近くにソフィアが立ち尽くしてしまう。
客人としての振舞い方が分からないので仕方がないことだった。
既にアズマは椅子に座り、エリーはその近くで立っている。
「おはよう。とりあえず座ったらどうだい?」
「あ、はい。失礼します」
昨夜と同じ椅子へと座る。
「エリーも一緒に食べよう」
「畏まりました。それでは食事を運んできますので、お先にお召し上がり下さい」
エリーは二人に1礼をし、離れた。
「エリーに聞いたけど、眠れなかったみたいだけど大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。慣れていますから」
「急に環境が変わったんだ、ゆっくり慣れていけば良いさ。困ったこととか欲しいものがあったらいつでも言いなさい」
「ありがとうございます。色々と気に掛けてもらって・・・」
「子供が気にすることじゃない。それより朝ご飯を食べよう。冷めてしまう」
「いただきます」と手を合わせたと、料理を口へと運ぶ。
アズマの真似をして、手を合わせた後にソフィアも食べ始める。
「それはそうと、その服、似合っているな」
アズマはニッと笑う
「え・・・?あっ・・・!」
ソフィアは、何だか気恥ずかしくなり顔を俯かせてしまう。
「お待たせ致しました」と、料理を持ったエリーが現れ、アズマの隣へと座る。
食事も終わり、三人で雑談をしていると電話のベル音が鳴り響いた。
エリーがすかさず受話器を取り、丁寧な応対を行う。
「アズマ様、アレン様からお電話です」
「分かった。ありがとう」と言って受話器を受け取った。
「ああ」や「わかった」と短い返事をした後、「すぐそっちに向かう」と伝え受話器を置いた。
「エリー、ソフィア。ちょっと出掛けてくる」
「わかりました。お気を付けていってらっしゃいませ」
「あとは頼む」そう言って、アズマはリビングを後にした。
「ソフィア様、この後お時間を少々よろしいでしょうか?」
「は、はい。どうしましたか?」
「ソフィア様のお召し物がございませんので、買ってくるようアズマ様から申しつけられております」
「いえ、そんな私の着るものなんて・・・その、大丈夫です」
「大変申し訳ないのですが、ソフィア様に合うお召し物は、その一着しかございません。それではあまりにも・・・。
それにアズマ様も気を悪くされると思います」
「わ、わかりました」
「それでは準備をしてまいりますので、お部屋でお待ち下さい。後でお迎えにあがります」
エリーは頭を下げ、先にリビングを後にした。
ソフィアは自分に対する対応に戸惑いの表情を作りながら、客室へと向かった。
アズマは街の中心にある酒場の扉の前にいた。
扉を開き中に入ると、日は高いのに室内は暗く、酒の匂いが鼻をつく。
中にはチラホラと客がおり、各々好きに酒を飲んでいた。
「悪い、待たせた」
カウンターで酒を飲んでいるアレンへと声を掛けた。
アレンは茶色の短髪で、年齢はアズマとさほど変わらないように見える。
「いや、楽しく飲んでいたから別にいいよ」
「そうか」と頷き、アレンの隣へと座る。
アズマも一杯注文すると、店員は素早い手付きで酒を作る。
アズマは酒を受け取ると、アレンにグラスを近づけ乾杯をする。
「今回はどこに?」
アズマは酒を飲みながら尋ねた。
「西の方だな」と短く答えた。
「そうか・・・。大変だな」
「まぁ、仕事だしな。それにお前も元同業者だし、分かってるだろ」
「まぁな」と小さく呟き、酒を口に含んだ。
「それはそうと、依頼料だ。渡せる内に渡しておきたいからな」
アズマは封筒をアレンへと手渡す。
アレンは受け取り、中身を確認せずにバッグの中へと入れる。
「それとこっちも受け取ってくれ」
別な封筒を取り出し、アレンへと向ける。
アレンはその封筒を見ながら、怪訝な表情を作った。
「別に変なものじゃない。別料金だ。いつも格安で依頼を聞いてくれているからな。そのお詫びみたいなものだ」
アズマの言葉にアレンが少し笑う。
「お前の依頼は俺からしたら特殊過ぎてな。フラフラしてる職柄、こなせるとは思えん。だからあまり取れんさ。まぁ、くれるっていうならありがたく頂くけどな」
アレンは封筒を受け取り、中身を確認する。
それなりの金額が入っており、目を丸くしてアズマの顔を見た。
「その金で酒を飲むなり、女を買うなり、好きに使ってくれ」
「気前がいいな。急にどうしたんだ?」
「いや、別に。なんとなくさ」そう言いながら、酒を口に運ぶ。
その姿を見て、アレンも酒の入ったグラスを飲み干し、違う酒を頼んだ。
「機嫌も良さそうだし、どうだ?一緒に女でも買いに行かないか?もちろん奢るぜ」
「お前の金だけどな!」と笑いながらアズマの肩を叩いた。
「悪くないけど、今回は遠慮しておく。ちょっと行くところもあるし」
「そうか。ここの金は俺が払っとくよ」
「すまない」そう言って、アズマはグラスの酒を飲み干して席を立つ
「次は、もっとゆっくりと喋ろうじゃないか」
アズマの言葉を聞いて、アレンがニッと笑う。
「だな。次に会う時は、じっくりと付き合ってくれよ」
アズマもニッと笑う。
眼尻に小じわが寄る顔を見て、互いに歳を取ったものだ、と思いながら店を後にした。
店を出ると、強い日差しが眩しかった。
少し街の中心を通ろう、もしかしたら二人に会えるのではないか。
そう考えながら、歩き始める。
ソフィアとエリーは買い物を終え、適当な店に入り、昼を食べ終えて一服していた。
結構な数を購入したのだろう。
エリーの隣の椅子の上には大きな紙袋が複数置いてある。
「さてソフィア様、他に必要なものはございますか?」
「いえ、大丈夫だと思います」
「もし、何かお困りごとがありましたら、お申し付けください」
「あの・・・それでしたらお願いがあるのですが」
ソフィアは伏し目がちにエリーを見る。
「はい?」と言いながら、首を傾げた。
「その口調を止めてもらえないかなと思って・・・」
「何か問題でもございましたか?」
エリーは申し訳ない表情を作り、顔を俯かせた。
「いえ、そうじゃないんです。私はそういう言葉を使われるような人間ではないですし・・・。なんだか慣れなくて・・・」
その言葉にエリーは難しい顔をする。
少し考えた後「分かった」と声を出した。
「ソフィアがそう言うのなら気を付けるね。私も久しぶりだから言葉遣いが悪くなるかもしれないし・・・。それで気を悪くしたら言って。すぐに戻すから」
エリーが優しく微笑み、それを見たソフィアも少し微笑んだ。
「いえ、畏まった態度ですと緊張してしまうので、そちらの方がありがたいです」
ソフィアとエリーがお互いにお茶を飲み干す。
「さ、そろそろ行きましょうか。アズマ様がお屋敷に帰られているかもしれないし」
「はい」とソフィアは答え、エリーと共に席を立った。
二人は荷物を持ち、会計を済まして外へと出る。
「ここにいたのか」
二人が声の方へと振り向くと、アズマがいた。
少々つばが大きい帽子を手に持っていた。
その帽子をソフィアへと渡す。
「ちょっと、どういうのが良いのか分からないから適当に買ってきたんだ」
「あの…これは?」
「ああ、顔の痣を隠すのにどうかなって思って」
『痣だらけの醜悪な顔で街を歩くな』そう言われた気がして、ソフィアは顔を俯かせる。
「あと、こっちも」
塗り薬を手渡す。
「痣に効くらしい。せっかく可愛い顔をしてるんだ。早く治さないとな」
アズマが優しく微笑む。
その言葉にソフィアは恥ずかしくなり、帽子を深く被り、視線を落とす。
「エリーは・・・その・・・すまん。思いつかなかった。何か欲しいとか必要なものがあったら言ってくれ」
「いえ、私は結構です」
「それは、どうも俺の気が済まないな・・・。まだ、日が高いし、ちょっとぶらついて何か買おう」
「あの、ほ、本当に大丈夫ですから・・・」
「いいから、いいから」そう言いながら、アズマは二人の荷物を持つ。
「さて、どこから回ろうか」
アズマは周りを見渡す。
「アズマさん。私、やりたいことを見つかりました」
その言葉にアズマはホッとしたよう、寂しくなるような感情が沸き上がった。
「それは・・・よかった。何がしたいんだ」
「私を・・・お屋敷で働かせて下さい」
ソフィアの言葉に、二人は目を丸くした。
「ご迷惑でしたか・・・?」
「いや、迷惑じゃないが・・・本当にいいのか?他にも色々ある。世の中は広いんだぞ?」
「あの暗く冷たい絶望しかない世界から、アズマさんは救い出してくれました。暖かい食事、毛布を与えてくれました。アズマさんに少しでも恩を返したいんです」
ソフィアは、今まで見せたことないほど強い眼差しをアズマに向ける。
アズマは、少々考えた後、頷いた。
「分かった。もし途中で別なやりたいことが見つかったら教えてくれ。その時は応援する」
その言葉に、ソフィアは眼に涙が浮かぶ。
「宜しくお願いします」とソフィアは二人に頭を下げる。
「こちらこそ、宜しくね」
「それじゃ、ソフィアの仕事着を買おうか。それと今日の晩御飯は豪勢にいこう。エリー、いつも以上に宜しく頼む」
「はい、任せて下さい」
アズマとエリーは「ソフィアにはどういう服が良いだろう」「夜は何を食べよう」という話をしながら歩き出す。
ソフィアはこれからの生活に小さな不安を抱えつつも、今までに感じたこと明るい未来を想像し、二人を追いかけた。
オヤジと少女 @ontama
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