第2話 これから

アズマとソフィア二人が夜道を歩く。


周りには中流、上流階級の人間が住むような建物がチラホラと建っている。


「あそこだ」


アズマが指さしたのは周りの建物より若干古かった。


二階建ての建物には明かりがついており、家の主の帰りを待っているようだった。


アズマが建物の扉を開けると、女性が姿勢正しく立っていた。


女性はスラっとした体型であり、気品を感じさせる顔立ちをしている。


「お帰りなさいませ、アズマ様。そろそろだと思っていました」


女性は深くお辞儀をした後、肩まである茶色の髪を直す。


「ただいま。まだ寝てなかったのか」


「はい。そちらの方は?」


「ああ、客人だ」


アズマはソフィアの背中を押す。


「あの・・・ソフィアです」


おずおずとした口調で自己紹介をした。


「この家の使用人をやらせて頂いてますエリーと申します」


エリーは再び、お辞儀をする。


「エリー、風呂の用意は出来てるか?」


「はい」


「それじゃ、ソフィア。お風呂に入っておいで。夜道を歩いて冷えただろうし」


ソフィアは驚いた顔をして、アズマとエリーを見る。


「エリー、ソフィアを風呂場まで案内して。その後にご飯の用意を頼む。俺は客室を見てくる」


「畏まりました。ソフィア様こちらへ」


ソフィアは、おどおどとエリーに着いて行く。


アズマは客室へと向かい扉を開け、中へと入る。


客室の中は、質素ではあるが最低限なものは置かれていたが、アズマの私物と思われるものが置かれていた。


アズマはそれらを持ち、部屋から出た。




「変な人だな」


ソフィアはシャワーを浴びながら、小さく呟いた。


正面の鏡を見て、アズマのことを思い出していた。


変なことはしないと優しい表情で言っていたこと。


頭に置かれた手は、大きく分厚い手であったこと。


ソフィアは、心に不思議な熱いものが込み上げていた。


しかし、顔に付いた痣を見て、強く胸が締め付けられる。


目つきが悪いと言われ張り手をされたこと、その時の気分で腹を殴られたこと等を思い出した。


今日は良くされていても、明日は何をされるか分からない不安とアズマの言葉と表情を信じたいという、二つの気持ちがソフィアの胸を駆け巡る。


ソフィアは強く歯を食いしばった。


「ソフィア様」


扉の外からエリーの声が聞こえ、ソフィアは振り返る。


「タオルと寝間着をご用意しました」


「あ、ありがとうございます・・・」


「それでは失礼します」と言ってエリーはその場を離れた。


考えても仕方がない、今はこの先どうなるかは祈ろう。そう考え、ソフィアは風呂場から出る。




ソフィアがリビングへと来ると、テーブルの上には料理が用意されていた。


一般的な量の料理とスープだけの料理が向かい合うように置かれている。


エリーはアズマを呼びに行ったのか、誰もいない。


ソフィアはスープだけが置かれている方の椅子へと腰掛ける


「なんだソフィアもう居たのか」


アズマが声を掛けた。


後ろにはエリーも立っている。


「あ、申し訳ございません!アズマ様!」


ソフィアが急いで立ち上がる。


その姿を見て「気にするな」とアズマは微笑んだ。


「それとそっちは俺の飯だ。ソフィアはこっち」


もう片方の料理がある椅子をエリーが引く。


「え、でも・・・」と狼狽えているソフィアに、アズマが来るように促す。


少々不安気な表情のままソフィアは椅子へと腰を下ろす。


それに続きアズマも椅子へと腰を下ろす。


「エリーも、座ったらどうだ?」


「はい。お言葉に甘えさせて頂きます」


エリーはアズマの隣の椅子へと腰を下ろす。


「どうした?食べてないけど腹空いてなかったか?」


「お口に合いませんでしたか?」


「あ、いえ・・・本当に頂いて宜しかったでしょうか?私よりもアズマ様の方が少ないですし・・・」


「これはいいんだ。この歳になるとさ、夜遅くに沢山食べると太っちゃうからね」


アズマは「歳は取りたくないね」と軽く笑う。


「しかし、私はアズマ様の・・・その・・・」


「奴隷です」と言葉を発しようと思ったところでエリーを見て、ソフィアの言葉がどもる。


「気にしないで食べなさい。まぁ、食べたくないなら別にいいさ」


ソフィアは目の前に並べている料理を見る。


自然と喉が鳴った。


前の主から与えられた食事は、とても人が食べるようなものではなかったからだ。


ソフィアは料理を少量、口へと運ぶ。


ゆっくりと味わい、飲み込む。


また一口、また一口と段々と勢い良く次から次へと口に運んだ。


その姿を見てアズマとエリーが微笑んだ。


二人の視線に気づいたのか、ソフィアが手を止め、気恥ずかしそうに顔を俯かした。


「ソフィア、ちょっといいかな」


「はい。なんでございましょうか?アズマ様」


「その口調を辞めてくれないか?」


「あの、私はアズマ様の・・・」


「俺は君のことを奴隷にしようなんて思ってない。というより主人と奴隷って関係は嫌いでさ」


「それは・・・私は要らないということでしょうか?」


「そうは言ってない。家に来た時に言った様に、俺は君のことをお客さんだと思ってる。それと

俺が君に聞いた選択肢は覚えてる?」


「あの…家に来るか、街へと戻るかというのですか?」


「そうだ。今回は成り行きで家へと来たけど、君の答えじゃない。俺は君に答えを選んで答えてほしいんだ」


「アズマ様、聞きたいことがあるんですが」


「どうした?」


「家に来るというのは、その・・・結婚するということですか?」


ソフィアの問いにアズマが笑い、エリーは驚いた顔でアズマを凝視する。


「違う違う。俺の表現が悪かったね、ごめん。この家でしたいことがあれば見つけなさいということ。

例えば街で職を見つけ、ここから通うみたいなことかな。それに俺のようなオヤジが君ぐらいの子に手を出したら犯罪だしね」


「そ、そうだったんですか。申し訳ございませんでした」


「話を戻すと君が答えを出すまでは俺のお客さんとして居てもらいたいのさ。だからさっきも言ったけど主人と奴隷というのは無し。俺のことを『様』付けで呼ぶことも、堅苦しい敬語も無し。どうかな?」


「ア、アズマさ・・・んが宜しいのであればお願い・・・します」


ソフィアは恐る恐るアズマの顔を見た後、頭を下げた。


「うん。こちらこそ宜しく」


アズマとエリー、二人も続いて頭を下げる。


「食事の邪魔をして悪かったね。もう夜も遅いから食べ終えたらゆっくりしてくれ」


ソフィアは不安と安堵が混ざった表情を作り、食事を続けた。





「では、こちらがお客様のお部屋となっております。お好きにお使い下さいませ」


「あ、は・・・はい。ありがとうございます」


「それではごゆっくりして下さいませ」


「あ、あの・・・お休みなさい」


「ええ、お休みなさい」


エリーは優しい笑みを作り、客室を後にした。


ソフィアはベットへと腰掛け、シーツをさすった。


それと同時に以前の主から与えられた部屋を思い出していた。


暗いく冷たい石壁と床、重い鉄の扉。


部屋というよりは牢獄のような場所。


主が部屋から居なくなれば、照明が消え、周りが見えなくなる。


手探りで部屋の中にある、ボロ衣を羽織、足を抱えて眼を瞑る。


最初の頃は泣いたり痛がったりすればするほど、殴られた。


しかしある時、そういった素振りをしなくなれば、変な顔をされ乱暴される時間が短くなっていくことに気が付いた。


それからは、眠りにつくまではどうすれば我慢できる、どうすれば顔に出なくなるか。


そんなことことばかり考えていた。


気が付くとシーツを強く握り締めていた。


シーツを離して、床の上に座り膝を抱える。


「やっぱり変な人」と、小さく呟いた。


あの人は自分に何をしようとしているのだろうか、今は良い思いをさせておいて、朝になったら殴られるか。


それともこのまま、人間らしい扱いをしてくれるのか。


そんなことを考えていると、ソフィアが小さな欠伸をした。


今までない立派な食事をして、お腹が膨れていたからだ。


ソフィアはこれからどうなってしまうのだろうという不安と僅かな希望を胸に、眼を瞑り、眠りについた。

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