オヤジと少女

@ontama

第1話 出会い

コツッコツッと靴音を立てながら男はコンクリートの階段を慎重に降りていた。


 男は身長185センチほどでガッチリとした体格で、髪は短い。


 年齢は三十代後半くらいだろうか。


 階段を降り終えると、暗い色の頭巾を被った商人が複数おり、商品を棚に並べていた。


 見渡すと怪しい植物、見慣れない食べ物が並んでいる。また、少し離れたところにある開けた場所には

 檻がいくつもありその中を見たこともない獣が所狭しと暴れ回っている。


「いらっしゃい。またあんたかい?」


 一人の商人がしゃがれた声で男に話しかけた。


「しかし、あんたも好きだね。開始の時間までは少しあるよ」


 くくくっ、と商人は厭らしく笑う。


「会場で待たせてもらうことは可能か?」


 男は無表情で尚且つ無感情で商人に尋ねた。


「構わんよ。好きもんは早く来る。あんたみたいな人間は多いからね」


 商人は歩き出し、近くの扉を開け、男に入るよう促す。


 扉の先の部屋は薄暗く、奥の方と中心には舞台のようなものがあり、それを囲むように椅子が並べている。


 謂わばファンションショー会場、ストリップ劇場というところだ。


 椅子には数人がすでに座っており、男も適当な席に腰を掛け、舞台を見ながら時間が経つのを待っていた。




 それからすぐに会場の椅子は全て埋まり、壁沿いに人が立つほどに埋め尽くされた。


 ふっと照明が消え、舞台にスポットライトが当たる。


 舞台裾から背の低い黒頭巾を被った男が出てくる。


「皆さま、お待たせしました。愉快で楽しい楽しい〝お買い物〝の始まりです」


 黒頭巾の男の言葉に会場の人間たちは下卑た笑み、低い笑いを漏らす。


「最初の人形はこちらです」


 黒頭巾の男が舞台裾に手を向けると、成人女性が出てきた。


 女性は顔が整っており、長い黒髪は綺麗に櫛で梳かれているが薄いボロ衣一枚で体を隠していた。また両手は縄で縛られ、首に着けてある首輪に繋がられている。


 綺麗な顔に似合わない、死んだ眼をしていた。


 胸の部分には値段の書かれたプレートが付けている。


「こちらの商品、人形にしては珍しく字の読み書きが出来ます。何より若く美しく、そして男を知りません。

 大変お買い得の品でございます」





 そうここは奴隷市場であり、『闇市場』である。


 人を買えれば、麻薬等、なんでも買える場所。


 労働力、実験材料、玩具等、何に使用するかは購入者が決めることである。





 醜悪な面をした男が手を挙げる。


 黒頭巾の男は他に手が挙がっていないものを探し、きょろきょろと見渡す。


「では、そちらの男性の方がお買い上げと致します。それでは、お客様に人形をお渡す準備を致しますので

 部屋の外でお待ち下さいませ」


 醜悪な男は奴隷女性の全身を舐めるように見渡す。


「私を・・・お買い上げ頂き・・・いただき・・・」


 奴隷女性はその場にへたり込み、大きな声を挙げて泣いた。


 その姿を見て、周りの人間たちは笑い声を挙げた。


 奴隷女性の今後のこと考え蔑んだ笑い、泣き喚いた姿を見た笑い、様々な理由の笑い声が室内に響き渡る。


 醜悪な男は声を挙げながら部屋を退出し、奴隷女性は舞台裾から表れた黒ずくめの人間二人に抱えられ、

 舞台裾へと消えていった。


「それでは皆様、次の人形をお見せ致しましょう。この筋肉隆隆の男は、労働力にうってつけだよ」




 人身売買も中盤に差し掛かり、会場の客も最初の半分になっていた。


「次は・・・え~、なんと言いましょうか・・・少々変わった人形でございます」


 今までハキハキと喋っていた黒頭巾の男が言葉に詰まる。


 舞台裾から表れた奴隷は少女であった。


 身長は140センチから150センチの間程、長い黒髪はボサボサで、幼い顔と体は土で黒く汚れており、また痣が多く見られた。


 少女の眼は死んでおり、視線は宙を描いている。


「え~、その~、こちらの人形ですが。中古でございます。前の持ち主は痛めつけていたらしいのですが…いかんせん感情無く仕打ちを受けていた為、気味が悪くなり、私共に預けたものでございます。その為、他の人形と比べ幾分かお安くしております」


 黒頭巾は周りを見渡すが、誰も手を挙げておらず、当然か、という顔をする。


「頂こう」


 男はそう言って手を挙げた。


「え?本当に買うのかい?」


「売らないのであれば、結構だが?」


「いやいや、とんでもございません!お買い上げありがとうございます」


 無事、買い手がついて黒頭巾の男は顔をほころばせた。


 男は人身売買が続く部屋を尻目に退出し、近くの椅子へと腰掛ける。


「あんた、また変な買い物したね」


 初めに男に話しかけた、頭巾の男が尋ねた。


「以前は、一番高い女、その前はひ弱で労働力にもならなそうな男。で、今回は安物の中古…。あんたの欲しがるものが読めないね」


「金は払ってるんだ。あんたらに何か迷惑でも?」


 男は表情こそ変わりはないが、声色は怒っているように感じる。


「いいや、変なこと聞いて悪いね。ただ、気になっただけさ」


「そうかい。じゃ悪いがどっかに行ってくれないか?疲れてるんで」


 そりゃ失礼、と一礼をして頭巾の男がそそくさと男から離れていった。


 頭巾の男と入れ替わりに、黒ずくめの男が少女を連れてきた。


 他の奴隷同様、手首を縄で縛られ、首輪へと繋がられている。また、首輪には別な長い縄が付けていて、黒ずくめの男はその縄を持っていた。


 まるで犬の散歩のような姿だった。


 男は金を黒ずくめの男に渡す。


「それでは、こちらの縄をお持ちください。逃げられても我々は一切責任を負いかねます」


 黒ずくめの男は縄を男に渡そうとするが、男は首を横に振る。


「縄は結構。全部外してくれ」


 黒ずくめの男は怪訝そうな表情を浮かべながらも、少女の縄と首輪を外す。


「ありがとう。それでは失礼する」


 男は少女に外を歩く用の靴を渡した後、階段を上がった。


 少女も何も言わず、少しの距離を取って男について行き、市場を後にした




 外はすでに夜が更けていた


 男と少女は、市場を後にしても一言も交わさず歩き続けていた。


 暗い夜道を暫く歩き続け、街外れまで歩くと男は歩みを止めた。


 少女も歩みを止め、男を見上げる。


「すまんな、歩き疲れたろう?」


 男の顔と声は穏やかだった。


 先ほどの市場での、男の顔とは似ても似つかないほどだった。


 少女は首を横に振る


「ここからは、君に選んでもらう。このまま進めば俺の家へと着く。もう一つは振り返って街に戻り

 生きていく。もちろん、暫くは暮らせる金は渡そう」


 少女は驚いた表情を作るも、顔を俯かせる。


「わ・・・分かりません。私には選べません」


「どうしてだい?」


 少女は小さい手をぐっと握りしめる。


「私はご主人様に買われました。なので選べません」


「では、そのご主人が命令として聞いたことにしよう」


 男は意地が悪いと自分では感じたが、咄嗟に言葉が出てしまった。


 少女の手はさらに強く拳を作り、顔はさらに俯いた。


「申し訳ございません。私は選べません。ただ…どんな仕打ちも受けます。どんなことでもします」


 少女の声が震える


「だから・・・私を捨てないで下さい」


 少女は小さく、絞り出したよう声で訴えた。


「なるほど・・・」


 男は少女に近づき、ボサボサの髪に手を置き、屈んで目線を合わせた。


「ごめんな。変なこと聞いて。とりあえず俺の家に行こうか。今日は疲れたし。大丈夫、変なことはしない」


「申し訳ございません。ご主人様の命令が聞けずに・・・。それに懇願してしまいました」


「気にするな。それと『ご主人様』と言うのはやめなさい。俺の名前は『アズマ』だ」


「あ・・・分かりました。ごしゅ・・・アズマ様」


「んー、まぁいいか。様っていうほどの人間ではないが。君の名前は?」


「『ソフィア』・・・です」


「それじゃソフィア、帰ろうか」


 ソフィアは小さく頷く。


 アズマは、それを確認すると立ち上がりソフィアと並んで帰路についた。

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