第2話
なんとか仕事をこなし1週間、10日と過ぎた。俺はちょっとづつペースを掴み、分からないながらもなんとか仕事をしている。
「真白さん、コーヒーここに置いときますね」
「ん」
しかしあれ以来真白さんとはまともな会話を出来ていない。喋るのは仕事の伝達事項がほとんど。しかもバカだのトロくさいだの悪口のおまけつきで。
でもそんなのも気にならない位見た目が可愛過ぎる。まぁ口を開けば悪態ばかりついてくるんだけど。
「おい、藤堂封筒」
「あっ、はいっ!」
真白さんは僕から封筒を受け取ると、その中に分厚い書類を入れた。
「沖田、出来たぞ」
「おっ、間に合ったか!流石真白だな。すぐ先方に持ってくよ」
「あぁ」
どうやら例の締め切り間近だった仕事が終わったらしい。真白さんは沖田さんに封筒を手渡すと、未だ眉間に皺を寄せたままコーヒーを飲んでいた。
「あ、あのー・・・」
「あ?なんだ」
「その・・・っ、お疲れ様です」
「あぁ。締め切り前は大抵こんな感じだ。くそ、疲れた・・・」
そう言うと真白さんは壁際に置かれたソファにダイブした。するといくらも経たずスースーという寝息が聞こえてくる。
ろくに寝ていなかったんだろう。こういう場合何か掛けてあげた方がいいんだろうか。辺りを見回すと奥の椅子にブランケットがかかっていることに気がついた。
物音を立てないようにブランケットを取り、真白さんの身体にそっとかける。その寝顔は相変わらず不機嫌そうに眉間にシワを寄せていた。
「まつ毛長っ。男でこの顔って絶対生まれてくる性別間違えてるよな。せっかくこんな可愛い顔してるのに台無しですよー」
そう小声で囁きながらしゃがみこみ、眉間のシワを摩る。真白さんは「んんっ」と小さく呻くとこちらに寝返りを打った。
ドサッ
「うわっ、あぶな・・・っ」
咄嗟に真白さんの身体を抱きとめる。あまりに突然の出来事に一瞬時間が止まった。
今僕の腕の中には徹夜明けで爆睡中の真白さんがいる。
やばい、この状況は非常にやばい。っていうかこの体勢でまだ寝るか?!まぁ起こしたらきっと死を覚悟しなきゃいけないんだろうけど。
真白さんを抱きしめたままゆっくりそーっと立ち上がる。それにしてもこの人軽すぎるだろ、ちゃんと食べてるのかな。体は薄いし腰は細いし、ってかそこら辺の女子より絶対細い。
僕が動く度に真白さんの髪がふわっと揺れ、その香りになんだか変な気分になる。これは疲れのせいだろうか。
くれぐれも起こさないように細部まで真剣を集中させながら再び無事ソファに下ろす。真白さんの寝息を確認して僕は静かに隣に腰掛け、大きくため息をついた。
「はぁぁぁー。心臓止まるかと思った・・・」
真白さんの香りと体温がまだ身体に残っている。心臓がバクバクとうるさい。
男相手にこんなドキドキするなんて僕はどうかしちゃったんだろうか。
真白さんの方を見ると、まるで何事もなかったかのようにスヤスヤ眠っていた。
「はぁ・・・、仕事しよ」
落ちたブランケットを掛け直し、自分のデスクに戻ると下半身に違和感を感じる。
「は・・・まじかよ」
そりゃ確かに最近はやってないし、1人でも抜いてないけど。いよいよ僕は本当におかしくなったらしい。いくら真白さんが女みたいに可愛いからって男相手に勃つなんて・・・あり得ないだろ。
人の気も知らない当の本人はスヤスヤ夢の中だ。まぁ当たり前だけど。僕は再び大きなため息を吐き、ただただコトが収まるまで机に突っ伏すしかなかった。
あれから3カ月、真白さんはあの締め切り前より幾分話しかけ易くなった。悪態にも大分慣れたし、あれはツンデレのツンの部分なんだと思えるようになった。
まぁデレたとこは未だに見たことないが。そして一番困ったことは真白さんを目で追ってしまう時間が増えた、ということだ。
「藤堂っ!この前の資料っ!それとこの企画書20部コピーして沖田に渡せ」
「はいっ!」
「あとコーヒーと今日来た画集まだかっ」
「はいっ!」
相変わらず人使いはめちゃめちゃ荒い。前の事務の人過労で倒れたんじゃないかと思う位に。
「おはよ~」
「おはようございます、四条さん」
「何がおはようだ!もう昼だぞ!」
「ごめんごめん白ちゃん」
そしてこの事務所にもう一人いると言っていた社員がこの人、四条 征太郎さん。年は20代後半位で緩くかかったパーマに端正な顔立ちをした二枚目な人だ。
いつもほわ~んとしていてマイペースというかゆっくりというか。真白さんの悪態にピクリともしないレアな人だ。
才能は真白さんと同じ様にピカイチなデザイナーなんだけど、唯一の欠点はマイペース過ぎて毎日きちんとは出社してこないこと。なんでこの会社はまともな人がいないんだ。
「四条さんも何か飲みますか?」
「あっ、じゃあココアがいいなぁ~」
「はい」
四条さんにココアを渡しながら真白さんにコーヒーを手渡す。
「はい、あと栄養ドリンクの摂り過ぎは体に毒ですよ」
「うるさい、これがないと集中力が切れる」
「もー、あとそこら辺に空き瓶を捨てないで下さい」
「俺に指図するな」
「はいはい」
この人の悪態は子犬がキャンキャン吠えてる感じっていうか、虚勢を張ってるだけというか。暴言吐いたあとにこっそりこちらの様子を見てる姿とか超可愛いんだよなぁ。
そんなことを考えながらデスクの上に転がった茶色の空き瓶たちを拾い集める。
「あっ、おにぎり買ってきたんで食べて下さいね」
「昆布じゃないと食わん」
「分かってますよ。あとから揚げですよね」
ビニールの袋からコンビニのおにぎりとから揚げを差し出す。すっかりこの人の好みも把握してしまった。
「藤堂君はすっかり真白のお母さんだね~」
「いえ、僕は別に」
「そうだ、こんなのが母親だったら煩くてかなわない」
「ははは~・・・」
こんなので悪かったですね、と喉元まで出て引っ込める。反論したらこの人はぷいっと機嫌を損ねてしまうから。
それに沖田さんにそう言われるのは別に嫌な気分はしなかった。それは真白さんが大分僕に慣れてくれたんじゃないかという勝手な過信もあるのだけど。
午後7時、いつもならみんな真っ直ぐ帰るのだが今日は違う。なんと今日は僕の歓迎会をしてくれるらしいのだ。
真白さんは渋々参加してくれるらしいが、それでもこの会社の一員と思って貰えてるのかな、と考えると正直嬉しい。
支度を済ませ会社を出ると、そのままみんなで駅前の居酒屋に向かった。
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