第120話
三
操舵室に足を踏み込み、甚左衛門は驚きに身を硬直させた。
こんなところとは、夢にも思っても見なかった。
あたりに無数の装置が
部屋の中央の椅子に時姫が腰掛けている。
甚左衛門は時姫に近づき、声を掛けた。
「外が見えねえな。ここは操舵室ってことだが……」
「操舵には外の景色は見えなくとも構わないのです。総ては受像機に示されますゆえ」
甚左衛門に振り返ることもなく、時姫は真っ直ぐ前を向いたまま答える。甚左衛門は受像機を見て「ふん」と鼻を鳴らした。
「ちっとも判らねえ! ただ数字だの、記号が、ぞろぞろ流れているだけじゃねえか!」
時姫は検非違使に命令した。
「展望窓を開け!」
甚左衛門は「おーっ!」と少し仰け反った。時姫の命令に、操舵室の前方が静々と開き始めたのである。
そこに藍月が浮かんでいる。が、地上から見上げる姿とは違い、まるで手で触れそうに近い。表面の窪み、亀裂などが近々と見えている。
「成る程……確かにおれは
甚左衛門の口調は、うっとりとなっていた。
その時、操舵室全体が「ずしん」と揺れた。甚左衛門は慌てて手近の手すりを掴む。
検非違使の動きが慌しくなった。
「重力制御装置の限界です! このままでは船内に特異点が発生します! 重力崩壊まで、あと三分!」
時姫が素早く質問する。
「藍月の状況は?」
「依然、軌道変化続行!」
「作業を継続せよ! 状態が安定するまで続ける」
甚左衛門の額に、ふつふつと汗が噴き出す。
「時姫……おれたちは死ぬのかね?」
時姫は前を向いたまま無言で頷いた。甚左衛門は肩を落とした。
「そうか……。最後に、
ごくりと唾を呑みこんだ。
「おれは、あんたを最初に見たときから惚れていたぜ……」
時姫は甚左衛門を振り返る。頬が赤らみ、怒りの表情になっている。
「何を馬鹿なことを!」
「本気だ……。一目惚れだった。誰にもこの気持ちは報せていないがね。あんたとこうして死ぬことができて、おれは本望さ」
ひくひくと唇が動き、笑いを浮かべようとする。だが、うまくいかない。甚左衛門は自分は今、泣きだしそうな表情を浮かべているのではないかと思った。
時姫は無言である。
さっと前方に向き直る。
「
検非違使が冷静に報告した。
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