第119話

  二

「どうやら、えらいことになっているようだな……」

 円形の台に閉じ込められた甚左衛門は呟き、立ち上がった。それでも強がりなのか、頬に皮肉な笑みを浮かべるのは忘れない。

「時姫! 時姫! おおい、おれだ! 答えてくれ! 聞こえているのだろう?」

 顔を上げ、精一杯の声を張り上げる。

 二度、三度と、執拗に繰り返す。

 と、台の正面に時姫が姿を表した。立体映像である。

「なんです、甚左衛門殿? 妾は忙しいのですよ」

 時姫は静かな表情である。その胸にどのような思いが渦巻いていようとも、毛ほども感じさせない平静さだ。

 甚左衛門は時姫を見て、ぐいと片方の眉を上げた。

「時姫、一体全体なにがどうなっているんだ? どうやらヤバそうじゃないか」

 時姫は頷いた。

「そなたの言葉はよく判りませぬが、非常に危険な状態にはあります。つまり〝ヤバ〟いことですね」

 甚左衛門は「へっ!」と感嘆の声を上げた。

「つまりは、おれを道連れに、あんた死ぬつもりなんだろう? え、そういうことか!」

 時姫は今度はゆっくりと頷き、表情に微かな憂慮を浮かべる。

「そなたには済まぬことと思います。が、妾の世界に破滅が招来される事態を、何としても防がねばなりませぬゆえ、諦めてたもれ」

 甚左衛門は肩を竦めた。

「判っていたさ。おれは、あんたにとっちゃ、源二の仇ってわけだ。尽くせぬ恨みは当然だ! おれは、じたばたするのは嫌いだ。今さら命乞いしようなどとは思わない。が、最後に頼みがある」

 甚左衛門は、まともに時姫を見つめた。もう、その頬に皮肉な笑みは浮かんでいない。

「おれに外の景色を見せてくれ! おれは星の世界に行きたかった。今〈御舟〉は、星の世界に一番近いところにいるのだろう?」

 時姫は目を見開いた。それが時姫の驚きを表している。やがて頷く。

「そなたの最期の頼み、聞き届けましょう」

 時姫は、ちょっと横を向き、何か話しかけるかのように口許が動く。甚左衛門には見えない検非違使に話しかけているのだろう。

 再び時姫は、甚左衛門に向き直った。

「そなたを取り巻いている力場は、今、消えました。検非違使に訊ねれば、妾の居る操舵室へ案内してくれましょう。どうぞ、いらしてたもれ」

 その言葉が終わると同時に、時姫の姿は掻き消えた。

 甚左衛門は用心深く一歩、前へ踏み出す。

 力場の衝撃を覚悟していたが、何も起きない。表情が緩んだ。

「星の世界か……」

 呟いた。

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