第116話

〈御舟〉は上昇を開始した。

 ごごごご──と辺りに重低音の轟音が響き渡り、からからから、と御所の瓦が風に吹き飛ばされるように舞い上がる。

 わさわさわさと木立が揺れ、木の葉が空へと吸い込まれた。〈御舟〉が飛び立つための重力制御が、あたりの引力を負の値にしているためだ。

 ついに〈御舟〉が地面から離れた!

 すらりとした紡錘形の塔が上昇し、四枚の羽根の先にある重力制御装置の下部から中性徴子ニュートリノが放射され、青白い智連瘤チェレンコフの光が発せられる。

 ぴかっ!

 雲海に稲光が閃光を発する。

 重力制御装置による局所的な引力減衰が、大気を上昇させる。その結果、局部的な低気圧を引き起こしため、季節外れの雷雲が発生したのだ。

 がらがらがら……

 ぴしゃんっ!

 雷光が強烈に〈御舟〉の外板を炙る。無論、〈御舟〉はそのような打撃にも構わず上昇する。


 うお~お~お~ん……


 その姿を見て〈御門〉が哀しげな声を上げた。その手から〈御舟〉がすり抜ける事態を察したのだ。

〈御門〉は、じんわりと身体を捻じ曲げ、それまで接近していた破槌城から御所へと戻り始めた。

 が、間に合うのか?

〈御門〉は身体を細長く引き伸ばした。一本の綱のようになって、〈御舟〉へと追いすがる。

 するすると細長い指先が宙を飛び、遂に先端が〈御舟〉に達した!

 その時……


 ばし──んっ!


 龍が降臨したかのような強大な電光が〈御舟〉を貫いた! 〈御舟〉に接していた〈御門〉の全体が、一本の電流の棒のように真っ白に燃え上がる。〈御門〉のもう一端が地面に接していたため、避雷針となって電流が走ったのだ。


 ぎゃあ~あ~あ~ん……!


 長々と〈御門〉は絶叫した。

〈御門〉の身体の極小構成単位ナノ・マシーン反復部分集合フラクタルが、強烈な電流により、構造を維持することが不可能になった。

 おりから吹き付ける強風を浴びて〈御門〉の身体は、ばらばらに散っていく。〈御門〉の最後であった。

〈御舟〉は、まるでそんな騒ぎを知らぬように上昇を続けていく。

 やがてその姿が雲に消えていった。

 よろり、と時太郎は身を起こし、空を見上げた。

 睡眠瓦斯の効果が切れたのだ。

「母さん……」

 時太郎は呟いた。

 ふらふらと時太郎に藤四郎が近寄ってくる。ほっと溜息をつく。

「やれやれ……どうやら助かったようじゃ。しかし〈御舟〉が空を飛ぶとは、信じられぬ……。しかし時太郎、そちはいったい、御所でなにを……?」

 時太郎は藤四郎の饒舌を煩く感じた。しかし何も言う気力もなく、ただ力なく項垂れる。

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