第47話
三
時太郎が見えなくなると、三郎太は溜息をついて、河童淵へ戻り始めた。
胸の中には心配と、後悔が嵐のように吹き荒れている。
たった一人で行かせるのは、身を切られるように辛かった。本当は、息子に同道したかったのである。
しかし、三郎太は絶対に河童淵を離れるわけにはいかなかった。
なぜそうなのか、その理由は三郎太自身にも判らない。ただ、離れるべきではないとだけ、本能的に強く思っていた。
三郎太は何かを待っているのだ。
その何かが、何であるかも現時点では判らない。ただ、その時が来たら判るのではないかと、うっすら思っているだけである。
形の無い疑問に三郎太の足は重い。
河童淵に近づくと、硫黄と熱気が感じられた。沼からの湯気で、あたりは靄が掛かっている。
と、沼からは、ばしゃばしゃと湯を撥ねかえす音と、談笑する声が聞こえてきた。
なんだろう? 三郎太は目を瞠った。
見ると湯気の立っている沼に、数人の河童がぷかぷかと浮いているのが見える。
みな弛緩した表情で、うっとりと薄目を
河童の中心にいるのは、長老だった!
ぎょっと驚いた三郎太に気付き、長老は湯の中から首だけだして声を掛けてきた。
「よう! 三郎太! お前も湯に入りに来たのかの?」
「長老さま、これはまた、どういうことで……?」
三郎太の問いかけに、長老は湯の中から、にっこりと笑った。
「いや、水虎さまから熱い湯が噴き出て、河童淵の沼に注ぎ込んだとき、これは大変な事態になったと思ったが、なんの! 湯に浸かるということは、実に気分が良いのう……ほれ、人間たちが湯治とやらをするそうでないか? わざわざ熱い湯に浸かるなど、沙汰の限りと思うていたが、実際やってみると、これは極楽じゃよ!」
長老は目を閉じ、ゆったりと全身から力を抜いた。
となりの太った河童が同意した。
「まったく、その通り! こうして湯に浸かっていると、なんだか体の芯がじんじんとしてきて、とろとろに溶けてしまいそうになりますわい……ああ、極楽、極楽!」
湯の中から首だけ出している太った河童は、河馬のような呑気な表情でいる。
「こいつは、水虎さまのお恵みじゃな!」
呆然と立ち尽くしていた三郎太だったが、ふと「ぷっ」と吹きだした。
「くっくくくぅ……!」と、笑いの発作が襲い、ついには大口を開けて笑い出した。途切れ途切れに声を上げる。
「まったく河童というのは、忘れっぽい……まさに、その通り!」
あっははは、と高笑いを続けた。
そんな三郎太を、河童たちはぼんやりとした表情で見上げている。
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