第48話

  四

 小川に沿って歩いていた時太郎は、不意に異変を感じて立ち止まった。

 尾けられている……!

 誰か判らない。だが、確かに後を尾けている相手がいる。微かな気配が、背中にまとわりついているのを感じていた。

「誰だ! 出てこい! 尾けてきているのは、判っているんだぞ!」

 がさがさ……と草が掻き分けられる音がして、ぴょこりと飛び出た相手の姿に時太郎は、ぱっくりと口を開けていた。

「お花……!」

 ようやく声が出た。

「くくっ!」と、お花は笑った。

「時太郎って、勘がいいのね! 気配は殺したつもりなんだけどなあ……」

「な、な、な……なんで……」

 あまりの驚きに、うまく言葉が出てこない。お花は、わざと顔をしかめて見せた。

「あんたが心配だったからよ! 今から行く所、知っているの?」

「知ってらあ! 天狗の住んでいる苦楽魔だ!」

「で、あんたは、天狗と会ったことあるの?」

 お花の質問に時太郎は押し黙った。が、気を取り直して、逆に聞き返す。

「お花のほうこそ、どうなんだ?」

 ふん、とお花は横を向く。

「そりゃ、あたしだって、会ったことないわよ。でも、あんた一人で天狗に会いに行って、それから先どうすんの?」

「そりゃ……」

 うぐっと言葉に詰まった。

「ほうらね!」と、お花は得意げに、時太郎の顔を覗きこんだ。

「あんた、のこのこ天狗の所へ出て行って、自分は河童淵から来た時太郎です。母親を探すため、仲間が必要なんですって、言うの?」

 立て続けに捲し立てられ、時太郎はたじたじとなった。お花がこうなると、いつも時太郎は言い負かすことなどできない。

「いけないか?」

「馬鹿ねえ……」

 お花は、ころころと、いよいよ可笑おかしそうに笑い転げた。

「いくらあんたが、河童の時太郎って威張ったって、相手は信じないわよ。誰がどう見たって、あんたは人間の男の子だもん」

「お花まで、そんなこと言うのか? おれは河童だぞ! 〝土掘り〟なんかじゃ……」

 かっとなった時太郎の唇に、不意にお花はなだめるように、指を押し当てた。

「そこまで! 何かあるとあんた、いっつも馬鹿の一つ覚えみたいに、同じこと言うんだから……! まあ、このお花ちゃんに任せなさい! 悪いようには絶対しないから」

「任せろって、どういうことだよ」

「あたしが、一緒に行くってことなの!」

 驚きに、時太郎は思わず仰け反った。腰を抜かしそうになる。

「お花!」

 ぐっと、お花は覆い被さるように近寄った。

「いいわね? 時太郎。とにかく、あんたはあたしが目を離すと何をするか判んないから、あたしが従いていってあげるって、言ってんのよ!」

 まるで小さな子供に言い聞かせるように、ひと言ひと言はっきり区切って話しかける。

 時太郎は言葉を失い、硫黄泉に茹で上げられた鯉のように、口をぱくぱくさせた。

 お花は、さっさと先に立って歩き出した。

 立ち止まり、半腰抜け状態で動けないでいる時太郎を振り返る。

「なに愚図愚図ぐずぐずしてんの? 苦楽魔に行くんでしょ?」

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