第46話
二
そこには草が一面に生い茂っていた。
草の隙間から、焼け焦げた柱や、崩れた塀が覗いている。
やや開けた場所に土が盛り上がっている所があり、その上に一抱えもありそうな岩が置かれている。三郎太は時太郎を連れ、土盛りの前に並んだ。
「ここに、源二という男が眠っている……」
三郎太の表情は、厳粛なものだった。
「その源二という男が、お前とお前の母さんを、最後まで守ってくれたのだ。おれは、あいつのために、ここに墓を掘ってやった……」
一息ふーっと入れて、いつにないほどの真顔を作り、三郎太は時太郎に向き直った。
「お前は、ここで生まれた……。お前の母親の名前は時姫。
時太郎は口の中で、三郎太の口にした母親の名前を繰り返した。
「母さんは、どんな人だったの? 綺麗だった?」
三郎太は遠くを見るような目になった。
「不思議な娘だったな……。もちろん、綺麗な娘だったが、それよりは、不思議な娘という感じが強い。〈聞こえ〉の
「その〈聞こえ〉の能力だけど、何を聞くんだろう?」
三郎太は首を振った。
「判らない……。あれは、おれに説明してくれたが、結局のところ何が言いたかったのか、今でも謎だよ」
三郎太の手は、ふらふらとさ迷った。
苦笑いをして時太郎を見る。
「しかしまあ、お前にも母さんと同じ〈聞こえ〉の能力があるのだろうから、いずれ判るときが訪れるんじゃないのか?」
山並みに顔を向けた。
二人が立っているところは、やや高台になっていて、木々の隙間から遠く霞がかって、山並みが連なっている。
三郎太は指さした。
「
「父さんは天狗に会ったこと、ある?」
「昔のことだが……まだ、お前が生まれていないころ、母さんとも会う前、おれは河童淵以外のところに河童がいないものかと、あちこち旅していた。その時、天狗の住処にも立ち寄ったよ。馬鹿な真似をしたもんだ。このなりで会おうとしたんだからな」
三郎太は苦笑した。三郎太は普通の河童と同じ、下帯一丁の姿である。
「あとで人間から着物を借りて、ようやく会ってもらえた。だが、あまり収穫は無かったな。しかし、天狗たちというのは変わっているな」
時太郎は「どういうこと?」というように、眉を上げて見せた。三郎太は肩をすくめた。その所作は、人間たちがよくやる仕草で、河童は絶対やらない。「あちこち旅を」してきたせいで、人間の癖が移っているのか?
「まあ、行ってみれば判る」
三郎太は、悪戯っぽく笑った。
さてと、とでも言うように、三郎太は腰に手を当てた。
「それじゃ、時太郎。行って来い! 旅の無事を祈っているぞ。首尾よく天狗の協力が得られたら、母さんを探しに京の都へ行くんだ。そうだ、お前に渡しておくものがあった」
三郎太は時太郎に櫛と、砂金が入った袋を渡した。
「この櫛は、母さんがいつも持っていたものだ。京で母さんの行方を訪ねるとき、見せるがいい。ただし! 滅多な相手に見せるんじゃないぞ。信用できる、とお前が判断した相手だけに見せるんだ。それと、この袋の砂金は、旅の費用に当てろ。全部を見せるなよ。人間は途轍もなく欲深い。ほんのすこし、一粒二粒を渡して、反応を見るんだ。とにかく、油断するな!」
時太郎は三郎太からそれらを受け取り「ありがとう」と礼を言った。懐にしまいこみ、小川に沿って歩き出す。
最後に振り返り、叫んだ。
「行ってくるよ! 父さん!」
三郎太は深くうなずいて、手を振った。
手を振り返し、時太郎は歩き出した。
それいり、もう振り返らない。
大股で歩きながら、時太郎は大きく息を吸い込んだ。
なんだか気分が晴々としてくる。時太郎は前途に希望を感じていた。
苦楽魔へ!
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