第42話
三
髭を
「水虎さまが、のう……」
つぶやく。
巨大な海岸紅杉の森に、急ごしらえの長老の小屋が掛けられていた。その内部に枯れ草を積み上げ、長老が胡坐をかいている。
背後には数人の河童が、疑いの目で三郎太と時太郎の二人の背中を見つめていた。
「長老さま。三郎太はともかく、時太郎が水虎さまの〝お告げ〟を耳にしたとは、とうてい信じられませんな」
一人が、いかにも不快そうに声を上げた。声には、ありありと不審の心情が滲んでいる。もう一人が、それに同意した。
「そうじゃ! こんな半人前……いや〝土掘り〟の童っぱに、われらの守り神の水虎さまが直々に声をお掛けになるとは、夢にも考えられぬことじゃ! おそらく、その〝土掘り〟めの作り事じゃろうて!」
時太郎とは呼ばずわざと〝土掘り〟と呼びかけている。
あれから河童たちの、時太郎に対する態度は、ぎすぎすしたものとなっていた。皆、ふとしたことでも時太郎に辛く当たるようになっている。
長老の前に座る時太郎は、強いて河童たちの敵意に満ちた視線を無視していた。
──おれは河童だ! 〝土掘り〟なんて呼ぶな!
大声で叫びたい。だが、必死に我慢している。
長老は杖にすがって立ち上がった。
「ともかく、水虎さまの〝声〟を確かめてみなくてはなるまいて……」
その言葉に集まっている河童たちは、一様に驚きの表情を見せた。
「長老さま、そやつの言葉を、お信じになられるので?」
「信じる、信じないはともかく、確かめてみよう、ということじゃ。そう先回りするでない」
よちよちと長老は森の中を歩き出す。その後をぞろぞろと河童たちが続き、
ふと気配を感じて横を見ると、お花が並んで歩いている。
お花は時太郎の顔を悪戯っぽく覗きこんだ。
「時太郎、あんた、水虎さまの声を聞いたんだって?」
時太郎は無言でうなずく。
へええ……と、お花は顔を近づけた。
「あんたがねえ……! それで水虎さまは、なんて仰ったの?」
「母さんを探せって……」
「母さんっ! あんた、母さんがいたの?」
時太郎はむっとなってお花を睨んだ。
「当たり前だろう。おれを何だと思っているんだ」
お花は、しゅんとなった。
「ごめん……でも、考えもしなかったな。あんたに母さんがいるなんて……」
お花の言葉に、時太郎は「実は、自分もそうなのだ」と言いたかった。
今まで一度も母親のことなど、考えもしなかった。
時太郎の視線に、お花は「なあに?」と首をかしげる。
慌てて、時太郎は視線を外す。
まだ見たことのない母親は、お花に似ているのだろうか?
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