第37話

  膺懲ようちょう

  一

 投石器の周りを独楽鼠こまねずみのように素早く回りながら、藤四郎は汗を掻いて傀儡くぐつ師に指示を出している。

「そらっ! 右が傾いた……違う、違う! そっちじゃない! ええい、鈍い奴らめ!」

 傀儡たちは巨大な投石器に取り付き、えっちらおっちら、地面を運んでいる。

 投石器に付けられた巨大な車輪がごろごろと音を立て、その背後から二輪車うまにうち跨った木戸甚左衛門が、からかうような眼差しで藤四郎の奮闘を眺めていた。

 翌日、緒方上総ノ介は、早くも二輪車を領内に飛ばし、傀儡と傀儡師たちを召集させた。そして破槌城の地下から投石器を引き出させ、河童淵へと向かわせたのである。

 軍勢は、およそ五十人。徒歩かちの者がほとんどで、みな揃いの軍装で手には槍、背には弓矢を担いでいる。

 木戸甚左衛門と木本藤四郎は大将であるので、当然、二輪車であった。ところが、投石器を任されている藤四郎は、のんびり二輪車に跨ることもできない。そこで、こうして汗を掻いて傀儡たちに指示を出しているというわけだ。

 藤四郎の二輪車は配下の足軽が押して歩いている。足の短い藤四郎に合わせた、座高の低い、簡便二輪車スクーターであった。

 傀儡たちの召集に手間取り、ようやく出立の用意が整ったのは、昼すぎであった。

 この分では河童淵に着くのは夕刻になるな、と藤四郎は憂鬱であった。そのような刻限に戦は、したくなかった。特に、幻術めくらましを相手にするとなると、昼間のほうが有利に思える。

 強い日差しに、むっとするほどの草いきれが立ち上る。青草の清々しい香りだけが、救いであった。

 藤四郎の横には、山師の作蔵が付き従っている。河童淵への道案内である。

 破槌城が見えなくなる辺りで、ようやく傀儡たちの息も合い始めた。藤四郎が息を弾ませて指示をしなくとも、どうやら順調に進むようになってきた。

 藤四郎は作蔵に話しかけた。

「そちは、河童を見たことがあるか?」

 作蔵は首を振った。

「いいえ、見たことはございません。しかし、あの辺りに河童が住んでいることは、地元の百姓たちには良く知られたことでございます。何年か前に、百姓と河童の間でなにやら揉め事がございましたようで、それ以来ずっと、河童淵の近くは結界となっているそうでございます」

 と、作蔵は、なにやら思い出した表情になった。

「そう申せば……あの辺りで山見立てをしていたとき、妙な小僧に出会いました。下帯一つの素っ裸で、髪もざんばらで、口調もぞんざいな小僧でしたな。最初、この辺りの百姓の息子かと思いましたが、そのような態度ではなかったように思います。目の隅に目立つ痣がございました……」

 二人の会話に、甚左衛門がなぜか興味を持ったようだった。

「目に痣とな? 幾つくらいに見えた、その小僧?」

 作蔵は背後の甚左衛門を振り返った。

「さよう……十五歳にはなっておりませぬかな……。そうそう、思い出しました。あの小僧、我らが声を掛けると逃げ出しましたが、その方向は河童淵を目指しておったようでございます」

 藤四郎はちら、と甚左衛門を見やった。

 甚左衛門は上の空で、藤四郎の視線には気付いていない。頬の傷跡がひくひくと動いている。藤四郎は甚左衛門のその表情が、なにか考え事をしているときの癖であることを知っていた。

 また何か、善からぬ企みをしているのであろう……。

 藤四郎は改めて「甚左衛門から目を離すまいぞ」と密かに思った。

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