第36話

  二

 破槌城には、広大な地下室があった。

 普通、地下室は兵糧や武器を備蓄したり、あるいは敵の捕虜などを監禁するために存在する。それゆえ薄暗く、狭い。

 しかし、破槌城の地下室ばかりは破格の規模であった。

 天井は高く、広々としている。部屋の大きさは、大広間と比べて、少しもひけをとらない。

 その地下室には、奇妙な機械が鎮座していた。

 材質は木造で、移動させるための車輪と、操作するための棒が突き出している。太い木造の腕が突き出し、それには太い綱が幾重にも巻き付いていた。

 投石器であった。

 上総ノ介と藤四郎が姿をあらわすと、投石器の陰から一人の男が素早く立ち上がり、出迎えた。

 襞のついた襟飾り、長袖、襦袢のような下穿き。足には革靴を履いている。

 南蛮人であった。

 長い手足をした、痩せこけた男だった。現れた上総ノ介に対し、南蛮人はぎろりと視線を送る。

 鳶色に近い瞳は、地下室を照らす火明かりに猫の目のように光った。南蛮人は、狂弥斎きょうやさいと自称していた。それが本名なのかどうなのか判らない。

「これがそうか、そちの申しておった──」

 言いかけその名称を度忘れしたらしく、苛々した表情になる。それを見てとり、南蛮人は言い添えた。

回回フイフイ砲にてございます」

「妙な名前じゃの?」

「もともとはフイ族が発明いたしました攻城砲でございました。唐土もろこしでは、これを当地の呼び方に倣い、回々砲と呼びならわします」

「動かせるのか?」

 南蛮人は頭を下げた。肯定の仕草であろう。

「見たい! 動かしてみよ!」

「一人では無理です。傀儡くぐつがなければ」

「なぜじゃ?」

 上総ノ介は、見る見る不機嫌になる。

 傀儡は現在は出払っている。城の建造の時は、どこにでもいたのだが、今は領内の様々な工事に散らばっている。

「この投石器は強い力で岩や弾丸を打ち出しますが、あの腕を引くためには人間の膂力では動かせません。それに外に出すのにも、傀儡の力でなくては……」

 南蛮人は上総ノ介の機嫌を損なわないよう汗を掻いていた。急に狡猾な表情が浮かぶ。

「それに、もう一つ……上様のご提案にあった懸案でございますが……」

 上総ノ介の目が輝いた。

「できるのか?」

 狂弥斎はまた頭を下げる。

「見通しが立ちました。来月にはなんとか……」

「そうか、そうか!」

 上総ノ介は打って変わって上機嫌になった。投石器に近づき、ぺたぺたと平手で触る。

 ふっ、と南蛮人を見返り、口を開いた。

「それにしても、そちは妙な南蛮人じゃの。余は京で幾人も南蛮人を見かけたが、きゃつらは余の知識を求める要請に対し、にべもなく断ってきよった。きゃつらの申し状によると、それは規律に反するとか申す。何の規律かと尋ねると、それを教えることも反すると言って済ましておる。まことに怪しからぬ! じゃが、そちは……」

 面白がる表情になる。

「進んで余に近づき、余が天下布武をするに必要な方法を教えて進ぜると申す。あの楽市楽座、各地に代官を置くなど、いろいろ入れ知恵をしてくれたわ。おかげで余の天下布武は、大いに進んだ……さらに、このような武器も造ると申す。いったい、そちの狙いはなんじゃ?」

 狂弥斎は、うっすらと笑った。

「上様が天下統一をなされるのを見届けるのが、わたしの目的なのです。それ以外、存念はございません」

 木本藤四郎は口をへの字に曲げ、不審そうな目つきで投石器を見上げている。不意に南蛮人に顔を向け、口を開いた。

「わしが耳にしたところによると……そちら南蛮人は、いろいろな武器を持っているそうな。同期位相光束れーざー発射装置とか申したようじゃが……。それを上様に献上しようとは思わぬのか?」

 狂弥斎は大きく首を振った。

「そのような武器が戦場に使われたら、たちまち、わたしの介入が判ってしまいます。この投石器は、あなたがたの技術でも製作できるものなので、わたしの介入はバレません。上様にさまざまな知識を伝えることは、本来は禁じられているのですよ。それを重々お忘れなく」

 上総ノ介は悪戯っぽい顔つきになった。

「藤四郎、今、妙案を思いついた。そちは、この投石器を持って、明日、甚左衛門と共に河童淵へ向かえ! 最初の試し射ちを任せる」

 藤四郎は、ぎょっと腰を抜かしそうな表情になった。

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