第35話
上総ノ介
一
家来たちは無表情に口を噤み、板敷きに平伏している三人の山師たちを見つめていた。山師たちは、がたがたと恐怖に震え、頭を床に摩り付けんばかりにしている。
「河童の聖域じゃと! それで、おめおめと逃げ帰ってまいったのか!」
甲高い怒鳴り声が大広間を圧した。広間を照らす灯明皿の火明かりがふわりと揺れる。
三人は、その声に額を床に打ち付けんばかりに再び頭を下げた。
どすどすと荒々しい足音が近づき、三人の前に止まった。緒方上総ノ介の登場である。
かつての若者は、今や堂々たる国主となり、美々しい衣服を纏っているが、その性は今なお不羈不撓そのままで、癇癖はいよいよ強まっている。
上総ノ介は、この春ようやく、京に上洛を果たした。
放浪していた関白太政大臣の藤原義明を擁し、太政官を再建するという名目である。上総ノ介自身は、それ以前に橘氏を称しており、いずれは征夷大将軍の宣旨を受けようと企んでいる。
そのためには、多額の金が要る。
楽市楽座や、征服した各地に代官を置くことにより経済的には潤っていたが、御所に巣食う公卿たちを転ばすためには、それだけでは足りない。もっと必要だった。
山師を雇ったのも、その一環であった。
「なにがあった? 有り体に申せ!」
ははっ、と三人は這いつくばり、河童淵で起きた出来事を口々に、口角泡を飛ばして奏上した。
上総ノ介は、黙って耳を傾けている。
やがて口を開いた。口調は平常のものに戻っている。
「それで、その場所に金鉱はあると思われるか?」
中央に這いつくばっていた一人が顔を上げた。作蔵であった。
「それは、判りかねます」
むっ、と上総ノ介が不機嫌そうに額に皺を刻むのを見て、作蔵は慌てて言い重ねた。
「しかし、何かありそうだ、とは思われます。それが金なのか、銀なのか……それとも別の何かは判りかねますが……。お許し下され。手前ども、ここに金がありますぞと、上様をお騙しすることは簡単でござる。しかし我ら、確かなこと以外、口にすることは山師の道にもと悖ると思っておりますので」
ふむ、と上総ノ介は愁眉を開いた。作蔵の正直な態度に好感を持ったようである。
「あい判った! 大儀であった。後で褒美を取らせるゆえ、下がってよいぞ!」
へへーっ、と三人は這いつくばりつつ、その場を退出した。
どすどすと荒々しい足音を立て、上総ノ介は広間の壇に上がった。壇には緋毛氈が延べられている。どかりと座り込み、帯に挿した扇子を手にとり、ぱちりぱちりと開いたり閉じたりさせている。
脇息に凭れ、なにか考え事をしているようだ。
家来たちは身動きもしない。
「
「ははっ、ここに!」と声がして、一人の家来が膝を滑らせ、正面に座った。
かつて
正式な家来となった現在では、かつての遊び人風の風体は改め、月代はきちんと剃って、青々とした頭を見せている。
「今の報告、そちは何と見る?」
はっ、と甚左衛門は頭を下げ、ちょっと首をかしげた。
「やはり幻術かと……」
ぱちり、と上総ノ介の扇子が鳴った。
「そちは以前には、
「はて、幻術にも色々ございまして、それがしには、どのようなものか、ちと判別しかねます。しかし、幻術は幻術。打ち破ることはできましょう」
上総ノ介の顔が綻んだ。
「そちならば、河童の幻術を負かすことができると申すのだな? 面白い、では、そちに河童淵の探索を任そう。すぐに手勢をまとめ、河童淵に向かえ!」
はーっ、と甚左衛門は平伏した。
「では、早速に……」
膝を浮かし、退出する。
さっと上総ノ介は、手にした扇子をぱらりと開いた。
「者共、下がってよいぞ!」
その場にいた家来たちは次々と頭を下げ、退出していく。
「上様……」
上総ノ介は声の方向を見た。
貧相な顔つきの男が、上目がちに立っていた。細い顎。口元にはまば疎らな口髭を蓄え、唇からは、四角い前歯が覗いている。
「鼠か……何か申したいことがあるのか?」
その男は、まさに鼠そっくりな顔つきをしていた。髪の毛は若白髪に灰色に染まり、口元に蓄えた髭は、鼠のひげ髯のように疎らで、長い。
さらには、口元から覗いた四角い前歯が、さらに男の顔を鼠そのものに見せていた。木本藤四郎であった。
かつて啄木鳥の甚助を家来にしていたが、時姫の一件で出し抜かれる形になり、同格の侍大将となってからは、深く根に持っている。
「よろしいので、あのような
くくっ、と悪戯っぽい顔つきになって上総ノ介は笑った。
藤四郎の真面目くさったしたり顔を見ると、つい若い頃の癖が出る。
「そちは、これがそれほど重要なものと見るのか?」
主人の意外な言葉に、藤四郎は呆気にとられた。
「どういうことでござりましょう?」
「金鉱など、どうでもよい」
「えっ!」
「金鉱など、どうでもよいのだ。金が欲しければ、いくらでも方法はある」
「し、しかし、金鉱が見つかれば……」
「そう……、金鉱が見つかれば、確かに目出度い。しかし金鉱が見つかったとしてもじゃ、金を採掘して精錬するまで、手間暇がかかろう? その間、京の公卿どもは待ってくれぬわ! ま、将来のために金鉱を探すのは良い。じゃが、すぐにどうこうできるわけでもないからの」
「それなのに、なぜ、甚左衛門めに、あのような任務を?」
「余の憂慮するのは、いくら河童どもとは申せ、余の差し向けた山師を手玉に取ったということが問題なのじゃ。ま、ちと、彼奴らに懲らしめを与えるほどのことじゃ。甚左衛門には、うってつけであろう……」
藤四郎は笑顔になった。
「さようでございましたか! いや、この藤四郎、つくづく安堵いたしました!」
上総ノ介の懐から微かな呼び出し音が聞こえている。
懐から
「余じゃ! 例の物は、できておるか?」
相手の言葉に大きく頷いた。瞬時に上機嫌になる。
「さようか! では、見せて貰えるのじゃな? うむ、うむ……では地下室で……。これより参る。待っておれ!」
さっと立ち上がる。
大広間の階段を降りていき、地下室を目指した。ふと見ると、藤四郎が渋い表情を見せていた。
「なんじゃ、鼠。まだ何か言いたいことがあるのか?」
「今のは、あの男からでございますな?」
「そうじゃ。それが何か?」
「この藤四郎、あやつのことが、どうも信用なりませぬ」
かんらからっ、と上総ノ介は笑った。
「そちは、心配性じゃのう……。判った、今より地下へまいる。そちも従いてまいれ」
「よろしいので?」
「うむ」と、上総ノ介は鷹揚にうなずいた。
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