第34話

  八

 鋤を揮う手を止め、三人は顔を上げた。

 なにか異常を感じる。感じるが、それがなにか判らない。

 ただ、不安だけが胸に込み上げてくる。

「なんだか、妙じゃの……」

 呟くと顔を仰向け辺りを見回す。

 ぎくり、と表情がこわばる。辺りに、濃密な霧が立ち込めていた。

「い、いつの間に……?」

 滝壺は滝の水飛沫で水蒸気が過飽和にあった。その水蒸気は、河童の低周波音によって凝結し、霧と化したのである。

 ぽとり、と手にした鋤を取り落とした。がちゃん、と鋤は地面に転がる。

 と、その鋤が地面の上でびりびりと細かく震動していた。

「な、なんじゃ!」

 三人は、あまりの異常に、衝動的に飛びのいた。

 さっと脇差を抜き放ち、身構えた。

「な、なんだか、腹が妙じゃ……」

 一人が自分の鳩尾あたりを撫で擦った。腹部の柔らかな脂肪がぶるぶると震えて、腸が捻れるような感覚が伝わってきた。

「うっ!」

 もう一人は脇差を取り落とし、両手で耳を押さえた。

 ぃいぃいん……。

 河童たちは今度は高周波域を使ってきた。

 もちろん、人間には聞き取れない。しかし、その影響は、確実に三人を襲っていた。

「わあっ!」

 一人が目を真ん丸に見開き、無茶苦茶に手にした剣を振り回した。

「やめんか! 危ない……」

 言いかけた当の本人も、同じく目を見開き、剣を握りしめ、何も存在しない空間に切りかかる。

「わあっ! く、来るな……! た、助けてくれえ……!」

 顔中を口にして、声を限りに叫んでいた。

 三人とも、幻を目にしていた。河童の音による攻撃である。各々の目にしている幻は、それぞれ心の奥深くに潜む恐怖そのものであった。

 ──ここは、水虎さまの聖域じゃ……。

 霧の向こうから声が伝わってくる。

 汗を滴らせた顔を上げ、三人は青ざめた顔を見合わせた。

「今の声を聞いたか?」

 三人とも、がくがくと頷きあった。

「に……逃げろっ!」

 ひいっ、と悲鳴を上げ、三人は恥も外聞もなく、足を舞わして走り出した。

 手にした道具は、そのまま放置し、ともかくこの場から離れること、それだけを念頭に駆けていく。

 あはははは……。

 追い討ちをかけるように、遠くから河童の笑い声が響いていた。

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