第33話
七
河童淵の沼に注ぎ込んでいる川の上流には滝があった。その滝壺の付近に、水虎さまの塑像がある。というより、滝そのものが水虎さまの石像であった。
岩が偶然その形に固まったのか、あるいは誰かが滝の飛沫にもめげず、
日差しは傾き、山の背に橙色の残照が燃え上がっている。滝壺はとっぷりと山陰に入っていた。
「いるぜ……、あの三人だ!」
時太郎は岩陰に隠れ、お花に小声で囁いた。お花は時太郎の側に立って、唾を飲み込み頷く。
滝壺の、水虎さまの像の近くの岩壁に、三人が取りついて作業をしている。例の組み立て式の鋤を振るい、熱意を込めて土を掘り返していく。
ざくっ、ざくっという音が、滝の轟音に混じって聞こえていた。
時太郎の背後には、河童淵から集まった河童たちが集合していた。時太郎と同じように岩陰から顔を突き出し、滝壺の様子を見守っていた。
三人の姿に、河童たちの怒りに火が点いた。
長老は杖を手に、すっくと立っている。眉が険しく、表情は厳しい。
「長老さま、いかがいたしましょうか? あのままでは……」
「うむ」と長老は頷いた。
河童たちに振り向き、にやりと笑いかけた。
「〈水話〉を使えばよい……」
長老の言葉を聞いて、全員が笑い返した。一人が口を開き、賛意を表わす。
「それが宜しゅうございます……あの〝土掘り〟どもに、一泡をば噴かせてやりましょう!」
河童たちは、さっと散開した。足音を忍ばせ、滝壺を取り囲む形になる。
長老の脇には、三郎太が立っている。その三郎太に、長老が話しかけた。
「三郎太、お前が合図を出せ」
三郎太は一歩さっと前へ出ると、両手を喇叭の形にして口に当てた。
大きく息を吸い込む。
三郎太の喉から、人間の耳には聞き取れない、低周波の音が放たれた。これを聞き取れるのは、河童と時太郎だけである。
音は滝壺に真っ直ぐぶち当たり、岩壁に反射される。
周りを取り囲んでいる河童たちの喉からも、同じ低周波音が放たれる。
牟────ん!
牟────ん!
河童の嘴の内部は空洞になっている。空洞の内側には薄い膜があり、これは音を反射させるが、声帯から発せられた音はこの膜で反射をくり返し、位相が揃う。つまり
滝壺は、河童たちの低周波音波によって満たされた。
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