第25話
四
闇の中から現れた甚助の姿に、源二は立ち止まった。背後の時姫を守って、立ちはだかる。
「甚助!」
怒りをこめ、叫んだ。
「おぬし、何が狙いだ?」
「そのお姫さまだよ」
ゆっくりと甚助は近づいてくる。わざと隙だらけのように見せかけているが、実はその目は油断無く動いている。両手はだらりと体の両側に垂らしていた。
遠くから、わあわあと源二が撒き散らした銭を取り合うならず者どもの声が聞こえている。
じりっ、じりっと、二人の距離が詰まった。
すらり、と源二は腰の刀を抜き放った。
肉厚の刃で、反りは少なく、直刀に近い。刃は幅広で、切れ味より、多少は打ち合っても折れない強さを求めた形だ。
甚助も自分の刀を抜いた。こちらは三尺近い長さの業物で、反りが強い。細身で、軽く扱いやすいが、相手と切り結ぶような目的では作られていない。
源二は刀の背を自分の左肩に押し当てるようにして構えた。甚助は源二に正面に向き合い、斜に構える。
轟っ、と屋根の炎が熱風を巻き上げる。細かな火玉が、辺りに点々と転がった。
むん! と無言の気合を込め、源二がおおきく跳躍した。肩に担ぎ上げた刃を真っ向から振り下ろす。
さっと仰け反るような姿勢で、甚助は寸前で躱す。刀で受けるような馬鹿な真似は絶対しない。細身の刀は、源二の肉厚の刃を受け止めたら、一撃で砕かれてしまうからだ。
さっと源二は横に薙ぎ払った。
す、す、と甚助は軽やかに動いて紙一重に見切って避けていた。
「やるのう……」
源二の額からは大粒の汗が噴き出していた。
へらっ、と甚助は笑った。
「こう見えても、剣術は得意でね。今度はこちらから行くぜ!」
無造作にずかずかと歩み寄り、腕を伸ばして突きを入れた。
うっ、と源二は一歩後ろへ飛んだ。そこに甚助の第二の突きが殺到した! 辛うじて躱した源二だったが、甚助の突きは三度あった。一瞬にして甚助は突きを三回入れていたのだ。
源二の目が大きく見開かれた。自分の
むおっ、と源二は大きく喚くと、手にした刀を跳ね上げた。
きいーんっ!
歯の浮くような金属音がして、甚助の刀が真ん中から真っ二つに折れていた。甚助は刀の
くそっ、と甚助は毒づいた。
源二の着物の胸辺りが、大きく切り開かれている。中から鎖帷子が覗いていた。確かに突きは入ったが、鎖帷子に阻まれ、致命傷ではなかった。
折れた刀を投げ捨てると、甚助は一歩下がった。
源二の刀を見つめる。源二の刀は、刀というよりは、鉄の棒である。敵の刀を折ることを目的として鍛えられている。
そろそろと甚助は自分の着物の懐に手を入れた。用意の手裏剣が手に触れた。
その時、甚助は源二の様子に気付いた。
ふーっ、ふーっと肩で息をしている。
致命傷ではなかったが、傷は深い。顔色は真っ青で、大量の汗が額から顎に伝い、ぽたぽたと垂れていた。
「歳だな、源二。諦めろ、お姫様はおれが京の都へ連れて行ってやるよ」
うるさい、と源二はつぶやいた。刀を両手で捧げ持つように構える。切っ先が細かく震えている。
時姫が源二の背中にすがりつくようにしている。目が大きく見開かれ、甚助をひた、と見つめていた。
ほう……、と甚助は微かに声を上げた。
なるほど、確かに美しい。
「甚助、そやつか?」
闇の中から仲間の声が響く。目の隅でちら、と数人の男たちがやってくるのを、甚助は認めていた。
「ほう、それが時子とかいうお姫様かい? こりゃ別嬪じゃねえか!」
どかどかと無遠慮に集まってきて、男たちは値踏みするような視線を時姫にあてた。時姫は、きっと男たちの目を見返した。
「無礼者! 下がりや!」
どっと男たちの間に笑い声が上がった。
どお……、と背後の山寺が焼け落ちる。
火の粉がぱっと撒き散らされ、いくつかが男たちの肌にくっついたのか、あちち……という声が上がった。
「おれに任せろ!」
一人が大身の槍を構え、突進した。
穂先を源二は薙ぎ払った。
ぐわん、と槍があさっての方向を向き、突きを入れた男はその勢いに足もとを掬われるようにして倒れこむ。
わっ、と前のめりになるそいつを、源二は真っ向から切り下げた。
がつ、といやな音がして、男はうめき声を上げて地面に腹ばいになった。
悶絶している。どこかの骨が折れたのだろう。
源二の驚異の手並みに、男たちの間に怯みが走った。が、それでも多数を恃み、取り囲んだ。
男たちの間に素早い目配せが交わされた。気を揃え、一斉に槍が繰り出される。
どすっ、どすっと鈍い音がして、無数の槍の穂先が源二の身体に食い込んだ!
「源二!」
時姫が悲鳴を上げた。
ぐぶっ、と源二の口元から血が溢れた。
くくくく……、とそれでも地面を踏みしめていたが、やがてどう──と倒れこむ。
「源二──!」
時姫の声が長々と後を引く。地面に倒れた源二に取りすがり、激しく泣いている。
甚助はふらりと近寄った。
きっと時姫が顔を上げ、甚助の顔を憎々しげに見上げる。
ふっと甚助は視線を外した。その視線が杉木立の闇に向かっている。
気になるのは、襲撃の前に聞こえた赤ん坊の泣き声であった。
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