第15話

 縁側に碁盤が出されている。

 源二は黒石を一つ手にし、ぱちりと井目せいもくに置いた。三郎太も白石を手に打った。

 ひとしきり、ぱちり、ぱちり……と二人の碁の勝負が続いた。

 庫裏で見つけた碁盤に、源二は喜んだ。京の都にいたころは、さんざん打ったものである。

 しかし、ここでは相手になる者がいないと嘆いていたが、なんと三郎太が心得があると言ってきた。つくづく妙な河童であると、源二は思っていた。

 時姫が源二に五加皮うこぎ茶を淹れて持ってきた。三郎太には湯冷ましを出した。

 河童は熱いものは口にできぬと言うので、時姫は湯冷ましを用意するようになってきている。

 時姫から湯冷ましを満たしたぐい飲みを受け取ると、三郎太は礼も言わず、ごくりと飲み干す。そんな三郎太を、時姫はじっと見つめていた。堪らず源二は声を掛ける。

「姫さまも、一つお飲みになられますか?」

「はい、頂きましょう」と時姫は、熱い茶を満たした湯呑みを手に持った。

 口元に近づけたその時、姫の顔色がすうっと青ざめた。

 ころりと湯呑みが板敷きに転がり、中身の茶が零れて染みを作る。

 はっ、と源二が見ているうち、時姫はうっと口を押さえ立ち上がった。早足で裏手に駆け込むと、その場で蹲った。

「どうしたのかしら……なんだか、お茶の香りに、込み上げて……」

 弱々しく笑う。

 源二の胸の氷が、一層の厚みを増した。

 かつて源二は妻を持っていた時期があった。その期間は短かったが、源二の唯一の甘い想い出であった。

 その妻は身篭り、やがて月満ちたが、子供は死産だった。妻もまた子供と運命を共にした。それ以来、源二のなにかが喪われたのである。

 その記憶が蘇ってくる。

 悪阻つわりではないか……。

 源二の胸のうちに、ずっしりと氷は居座っていた。

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