第13話
二
微かな踏み分け道を登ると、程なく三郎太の言う廃寺が見つかった。
やや開けた平らな場所に、まさに崩れ落ちそうになって小さな庵が結んである。柱は傾いて歪み、屋根は落ち、壁には大きな穴が穿たれていたが、それでも山寺であった。
裏手に回ると、以前の住持が耕していたらしき畑の後が残っている。これなら、なにか作物を育てることもできる……。源二は内心、ここに腰を据える覚悟を固めた。
わっ、という時姫の驚愕の声に、源二は振り向いた。源二──! と、時姫が興奮した声で呼んでいる。
何事かと表に回ると、姫が寺の縁側を指さしていた。指さしながらも、まるで小娘のようにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
源二は、呆れた。
まるで姫さま、ここに来られて童女のころにお戻りになられたようじゃ……。
「源二、あれ! あれを見て!」
指さしたのは笹の葉の上に置かれた数尾の魚である。鮎らしい。まだ獲れたてらしく、目は青々として、鱗が日差しに銀色に輝いていた。
魚の隣には袋があった。
持ち上げると、ずっしりと重い。袋の口を開けると、中には米が詰まっている。
「食べ物でござるな。魚と、米。これを食えという謎かけでござろうか?」
「あの三郎太が持ってきてくれたのでしょうか?」
嬉しげな姫の声に、源二はやや不機嫌にうなずいた。
「他にはござらん。あやつめ、我らに恩を売るつもりでござろう」
源二の声の調子に、時姫は眉を顰めた。
「どうしたのです? あの方の親切に、なぜそのような態度になるのです?」
源二は思わず恥じ入った。
そうだ、なにを自分はうじうじしているのだ。かつては北面の武士として武勇を鳴らした自分ではなかったか。
姫に振り返ったときには表情を緩め、いつもの自分に立ち返っていた。
「まさに、姫さまの仰られる通りでござった。さて、寺の中に調理できるような道具なりとも探しましょうず」
がたぴしと軋む戸を引き開け、中に踏み込むと床板に囲炉裏が切ってあった。部屋の片隅には様々な家財道具が積まれている。
鍋、鎌、鉈、鍬、鋤、包丁など、生活するうえで必ず欲しくなりそうな物が、あれこれ並べてある。
前の住持の持ち物であったのか。あるいは三郎太が気を利かして、ここに持ち込んだのか。多分、後者であろう。
二人は手分けして、ここに心地よく住めるよう、掃除を始めた。
源二が枯れ草を束ね、即席の箒を作る。時姫は腕まくりに裾を端折り上げ、掃き掃除を始める。
主従の生活が始まった。
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